問題児と忍び寄る影
今日も今日とて、暁里を防衛省へと送り届……いや、防衛省まで護衛し、自身の職場で書類を捲る。
「さて、どうしたもんかねえ……」
日々、潰した組織内の情報が入って来る。
だが、アメリカにある支部は壊滅させたものの、本部組織と日本支部の場所が特定できていないのだ。何の情報も入って来ないせいか、少なからずそのことに周囲は苛立っていた。
そして何の進展もないまま二ヶ月たった。新年を迎え、相変わらず下手な尾行を続けているヤツらを撒いたり、暁里の護衛をしながら食事や買い物に付き合ったりしている。
妹の籐子も一月の半ばに無事に出産した。お袋が生きていれば喜んだかも知れないが、鬼籍に入ってもうじき六年になる。
俺と兄貴の籐矢の子供を抱き上げ、兄貴夫婦と仲良く暮らせたのはよかったと思うが、俺が離婚し警察官という職業に着いたせいで、さんざん心配させたとは思うと心が痛い。……まあ、今さらだが。
そんな中、ヨーロッパ組が落ち着いたのか、秘密裏にアメリカと日本に来て、極秘捜査をするらしい。人数や誰が来るのかは情報漏洩を防ぐために知らされてはいないが、確実に一人……いや、無理を言ってでも来るヤツが二人いる。
正直奴らには会いたくはないが、探し物が得意な奴らだから、もしかしたら日本に来る時にそのお宝を持って来るかも知れん。しかもアメリカ回りで来るってんだから、多少なりとも期待したくもなる。
その日から一ヶ月後、進展があった。ここ二週間ほど尾行がないと思っていたら、渡米して秘密裏にお宝を探っていた連中がそれを発見してそこにいた連中を全員逮捕か射殺し、建物を含めて完膚なきまでに本部を綺麗さっぱり更地にした、らしい。そのせいで内部は混乱し、尾行どころではなかったということか。
その情報を持って来たのが極秘捜査していた連中であり、会いたくなかった二人でもある。
『ハァイ! 久しぶりね、シノ!』
『やあ、シノ!』
フランス語で挨拶をしたそいつらが今、俺の目の前にいる。二人ともフランスにいた時の同僚であり、所謂問題児でもあるのだが、嫌な予感しかしない。つーか、聞いた話によると、既に問題起こしてやがるし。
『……相変わらず無駄に元気だな、クロエ、ミヒャエル』
『久しぶりに会ったのに、シノったら冷たいのね』
『俺は会いたくなんかなかったぞ、問題児ども』
『問題児どもってなんだよ?』
『そうよ? 何かやったかしら?』
不思議そうな顔をしながら首を傾げる二人に、俺達の会話を聞いていたらしい周りの連中が殺気だつ。
『無自覚ってこえぇよな』
『しかも、命令違反の自覚無しとか』
『だよな』
日本語じゃなくわざとフランス語で言うあたり、奴らは相当お冠だ。
『……どういうこと?』
『ミヒャエル、クロエ。お前ら、捕獲命令が出てたやつらを殺ったんだってな』
『……は?』
『しかも、殺っていいヤツを捕獲したんだってな』
『…………え?』
『おかげで、知り得たはずの情報が得られなかったんだって?』
超イイ笑顔で言ってやると、サーッと青ざめていく二人。周りも超イイ笑顔で二人を見ている。
『な、なんでそれを……?!』
狼狽える二人に別の場所から声がかかる。
『こっちに通達されているからだ。また失敗されたら、本部もこっちもたまったもんじゃないだろう?』
意地悪くそう言ったのは我らが上司。そしてその隣にはミヒャエルとクロエの上司が、これまた額に青筋を浮かべたまま器用にも笑顔になっている。当然のことながら、二人とも目は全く笑っていない。
『ゲッ……!』
『ミヒャエル、クロエ。まだ未提出の書類があります。それが終わらない限り外へは一歩も出しませんからね?』
ギャアーーー! と叫ぶ二人をさっさと拘束し、まるで取り調べをするかの如く、二人は引き摺られて行った。
「相変わらず問題児なのかよ……」
「みたいですね」
「本部の連中も可哀想にな」
ホントだよなと内心頷いていたら他の連中もそう思っているのか、全員が小さく頷いていた。
――夕方近くまでコッテリ絞られ二人は、非常にゲッソリとした顔をしながらも『ご飯を食べに行って来る』と言って出て行った。
***
暁里を迎えに行った帰り道。良く知ってる足音と全く知らない足音が、俺たちを尾行している。
さて、どうしたもんかね……と考える。
良く知ってる足音が全く知らない足音の後ろから聞こえるということは、俺たちを尾行しているヤツを尾行しているってことだ。
暁里を尾行しているのか、邪魔な俺を排除しようとしているのかがわからないから、動きようがない。本気でどうするか考えようとしたところで、暁里に袖を引っ張られた。
「……どうした?」
「今、ピストルの引き金を引くような音がしたの」
「ピストルの引き金を引く音……? リロード音か? そんなの一体どこで聞いたんだ?」
「えっと……上司が行った陸上自衛隊の視察についていって、そこでちょっと……。いえ、そうじゃなくて」
日本に帰って来た日に偶然会った、年下の幼なじみの話を思い出しながら、暁里の話に頷く。
「わかってる。ちょっと先の路地を左に曲がるぞ。曲がったらできるだけ壁に背中を預けて耳を塞げ。いいな?」
「……はい」
暁里の耳の良さに、内心ある意味呆れつつも曲がるぞと言って彼女を促し、彼女が曲がった途端のことだった。
『シノ!』
そう、声があがる。俺自身も曲がって暁里を隠すように彼女の頭を抱えると、そのまま身体を捻って足を出し、駆け込んで来た人物の足を引っかけた。
「ぐあっ!」
もんどりうって転んだ人物の上に、さらに俺に声をかけた人物――クロエが転んだ人物の手を蹴って銃を転がしてから、その手を掴んで捻り上げる。ミヒャエルが追い討ちをかけるように、暴れる人物の足腰を押さえつけている間にクロエが手錠を嵌めると、暴れる人物の首筋に手刀を当てて気絶させ、転がした銃をハンカチでくるむように拾っていた。銃にはサイレンサーが付いていた。
『お見事』
『これくらいなら軽いよ』
『なんでそれが、アメリカで生かせなかったんだか……』
呆れたように返せば、二人は明後日の方向を向いて俺を見ないようにしていた。
『まあ、いい。あとを頼む。詳しい話は明日な』
『ええ』
それじゃ、と二人が気絶させた人物を引き摺るようにして路地から出て行く。それを見送って暁里を見ると、呆然としながらも俺のコートを握りしめて震えていた。
「暁里……大丈夫か?」
「だ、だいじょばない……っ」
日本語が大丈夫じゃねえよというのを飲み込むと、コートを掴んでいた指先をゆっくりと離し、コートで包むように抱き締める。
「……っ」
「大丈夫だ。俺たちが……俺が護ってやるから」
震える背中をゆっくりと撫でながら、暁里の震えが止まるまでしばらくそのままでいた。
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