異世界からのイタズラ電話

 秋の満月の夜だった。コンビニでいつもの好物を買い、家へと向かう帰り道、俺は夜空を見上げた。もうすぐ日付が変わる。


 真夜中の田舎のコンビニは、まるで砂漠の中のオアシスみたいだ。暗闇の中で煌々こうこうと光っているそれは、明らかに場違いなのに、誘蛾灯ゆうがとうのように人を引きつける。俺もそんな真夜中のの一人。そこへ行って何かが変わるわけじゃないのに。生きていく上で必要な品物を全てギュッと凝縮ぎょうしゅくしているような空間は、ただ居るだけで世界に許されているような錯覚を俺に与えてくれる。

 特別な何かを待っているこんな夜は、コンビニの強い光がどうしても欲しくなる。俺は無意識のうちに靴を履き、玄関の扉を開けて歩き出していた。


 背後から大型のトラックがやってきて、俺のすぐ横を通り過ぎた。背中を押してくれるような風が後からやってきた。ふと妹と幼馴染の顔が浮かんだ。俺のことをすぐ近くで応援してくれている二人の女の子。彼女達に支えてもらったからこそ、俺は今まで頑張ってこれた。でもそれと同時に、期待に応えなきゃいけないという心の圧力から、逃げ出したくなる夜もあった。今日はそんな夜だった。


 考え事は自然と足取りを重くさせた。でも俺はこれから家に帰らないといけない。そして世界が俺を認めてくれたかどうかを確認しないといけない。



 ポケットの中で握っていた携帯が震えた。立ち止まって見た画面には『ミーナ』という見慣れない名前が映し出されていた。美奈?水奈?美菜?クラスメイトにミーナなんていうあだ名の子はいなかったはず。違うクラス?思い当たる節がない。中学の頃の友達?。いやいない。残る可能性はイタズラ電話。

 取らない方がいいよな、五分もすれば諦めるだろ。それに本当に大切な用事ならかけ直してくるはずだ、その時出ればいい。そう思って俺は電話を無視して再び歩き出した。


 この時の俺の判断は正しかった。そのままにしておけばよかったんだ。そうすれば、将来にちょっとばかし思い悩む平凡な高二男子としての人生を続けていくことが出来た。

 俺は電話をとってしまった。名前が表示されるってことは、電話帳に登録されている誰かってことだ。つまり自分が過去に置き忘れてきた古い友達。そう考えた。


 中学生ぐらいの、ほんわかした女の子の声だった。

「あっ、つながった。もすもーす」

 甘ったるい喋りも相まって、耳元がくすぐったく感じた。

「あ、はい。もしもし」

「お名前は何ですか?」

村上むらかみ拓海たくみ、です。えーっと、ミーナ…さん?」

「はい、そうです。あれ?何で私の名前分かるんだろう…おかしいなー…」

「いや、だって画面に名前表示されてたし…」

「へー…そっちの世界の電話って面白いんですね」

 この電話何かおかしい。

 いきなり名前を聞いてきた時点で妙な違和感があった。相手は俺のことを全く知らずに電話をかけている。やっぱりイタズラ電話なのか。まずいな、馬鹿正直に本名を答えちまったぞ俺。可愛らしい声にうまいこと警戒心を緩まされた。


 電話の向こう側からペラペラと本をめくるような音が微かに聞こえてくる。

「近くに人は居ないみたいですね。あ、靴履いてる。左手に持ってる白い袋の中身は。食べ物と飲み物?じゃあ、送っても大丈夫かな」

 言葉の意味を噛み砕いた直後に背筋が凍った。見られてる。今こいつに。とっさに振り返るが、そこは周りを枯れた畑に囲まれた一本道。車のヘッドランプも一切見えない。あるのは暗闇の中にポツンと立つ電柱と街灯だけ。

 この電話、切らないとまずい。そう思い携帯のボタンを押そうとした。


 ギュイイイイイイイイイイ!!!!!


 突然、耳にドリルを突っ込まれたような馬鹿でかい音が頭の奥で響いた。同時に足の裏から体全体に激しい電流が駆け巡った。俺は声をあげることもできず膝から崩れ落ち、その場に倒れこんだ。指先一つ動かせなくなった。落っことした携帯電話と、アスファルトの割れ目から生えた雑草がすぐ目の前にあった。

 死ぬ。確実にそう思えるほどの衝撃だった。


 突如、頭の中を掻き回していた暴力的な音がブツンと途切れ、目の前の景色が真っ白に変わった。



 俺の人生ここで終わっちまうのか。待ってくれ。あと一日、いや一時間でいい。俺を家に帰らせてくれ…。



 意識が途絶える直前、ぼやける視界の中で何かが見えた。木。茶色いブーツ。黒いニーソックス。女の子の足のようだった。その先は、見えなかった。

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