全員に無視をされ続けている僕はどうすればいいんですか?
蒼木 空
1. disregard
僕は最近、いじめられている。
正確には無視されている。
物を殴られたり、壊されたりはしない。
ただ、ずっと無視されている。
どんなに名前を呼んだって、振り向くことさえしてくれない。
一度は死んでやろうかとも思った。
そうすれば父さん、母さん、それから弟の元へ行けるから。
けれど、登校するのを今日を最後にしようと思っていた日だった。
僕はいつものように誰もいない寂しい家を出た。
毎日使っていた正門から入る多くの生徒たちから微かに聞こえる声が自分に対することと感じてしまって怖くなり、ほとんど人が通らない裏門から入ることのできる遠回りの通学路を使っている。
その道中には腐った木のベンチが一つだけ置いてある、一般家屋の2つ分くらいの小さい公園がある。
学校に行くのが辛くなった時、いつもそのベンチに座った。
ほんの少しの黒に沢山の白色を混ぜた石灰色の空は太陽の光を遮って、通り過ぎる人々は口から白い息を吐いている。
だが、今日はそんなに寒くはないような?
そして、通学路の半分まで来た時、あの人に出会った。
「……くん!」
後ろから不意にした女の声に最初は僕は振り返らず下を向き続けた。
これもどうせ、その辺を歩いている別の誰かを呼んだ声なのだろうから。
振り向いて違う人だったら?
恥をかきたくない。
「あれ、君だよ、下向いている君」
他に人がいない事に気付いた。
「ねえって」
僕は半信半疑でぎこちなく振り返った。
「そう、君」
少し離れたところに僕と同じくらいの身長の女子が僕を見ていた。
肩まで伸ばした、日本人にしては珍しい栗色の髪。
首には濃い赤と濃い緑の長いマフラーを太く、ロールケーキのように巻いている。
薄い灰色のコートの下に僕が通う学校と同じ制服を着ていた。こんな女子いたっけ?
第一印象は普通、と誰もが言うだろう。僕もそう思った。
可愛いと言えば可愛いし、どこにでもいそうな感じ。
「な、なんでもいいじゃん別に」
久しぶりの会話で戸惑ってしまった。こんなのただのコミュ障じゃないか。
「ふーん」
つまらなそうに答えたその女子は、その場に立ち止まった。
「僕を無視しないの?」
「え? して欲しいの?」
僕の意味の分からない質問にその女子は戸惑った表情を浮かべた。
「い、いや、ありがとう」
その場の空気に耐えられず逃げ出そうとした瞬間。
「ねえ、やっぱり……」
「えっ?」
「……ううん、なんでもない」
女子は僕の横を風のように通り過ぎ、その姿はすぐに見えなくなった。
なんだかよくわからないけど。
正直飛び跳ねそうなくらい嬉しかった。というか、数分の間心が飛び跳ねていた。
僕を無視しない人がいてくれたなんて!
だが、学校では無視をされ続けた。
しかも、学校のどこを探してもあの女子は見つけられなかった。
次に彼女に会えたのは三日後の朝の通学路だった。
「ねえ」
僕はその声にすぐ振り返った。
「久しぶり。今日も一人なの?」
「まあ、うん」
「丁度良かった!」
「え?」
「私、通学途中の話し相手欲しかったんだよね」
「へ、へぇー」
「…………」
じっと見つめられた。
「な、何?」
「いや、なんでも? 私、陽子。君は?」
「……蓮」
「よろしく!」
陽子さんはポケットに突っ込んでいた手を僕の前に差し出した。
僕は握手だと頭でわかっていたのに、体が動かなかった。恥ずかしかった。
「あ、握手はしない系だったっけ?」
その手をまたポケットに突っ込みながら陽子さんは言った。
違う。そうじゃない。
ギクシャクしてしまった僕の動きに陽子さんはもう片方の手で口を押さえて小さく笑った。
白い息が溢れる。
今日はそんなに寒いか?
「とりあえず、歩こ?」
「う、うん」
陽子さんは僕の隣に歩き始めた。
人とまともに話すのさえ久しぶりなのに、さらに女子ともなると、息が詰まる。
どんな会話をすればいいんだろう?
「何年生なんですか?」
僕は喉の奥から絞り出すように聞いた。そのせいで声がしゃがれてしまった。
陽子さんは一瞬キョトンとして、その後小さく笑った。
「なんで敬語ー? 2年だよ。蓮君もでしょ?」
「お、おう」
2年、高校2年だ。
「学校好き?」
「最悪」
「だよね」
その後も学校に着くまでに陽子さんは花が好きだったりと、いくつか会話をしたが、その中の一つは大きな功績だった。
陽子さんのいるクラスは8組ということだ。ちなみに僕は1組。
確かに8組は深く探していなかった気がする。
それにしても、陽子さんは僕みたいな陰キャに話しかけてくれるなんて、良い人なんだろうな。
その日も僕は皆に無視をされた。
6限が終わった後8組に行ったが、陽子さんの姿は無かった。先に帰ってしまったのだろうか。
なんだか陽子さんに会ってから、彼女のことしか考えていないような気がする。
好きになってしまった?
いやいやいや、ないないないない。
確かに可愛いとは思うけれども、ないないないない。
でも、好きだとかの話以前に、陽子さんとは何処かで会ったことがあるような……
気のせいだろう。
次に会ったのはまた三日後の通学路だった。
しかし、冬だと言うのにあまり寒くない。
「おはよっ!」
下を向いて歩いていた僕の目の前に突然飛び出してきた陽子さんは手を額に当てた。
僕はその動作に驚きはしなかったが、意識するようになってからは驚きではない別の何かに胸を締め付けられるようになっていた。
「お、おはよう陽子さん」
「おはよっ……んー、あのさぁ……」
僕を見つめた一瞬の沈黙に、僕は怒られるのかと体を少し強張らせる。
「陽子さん、じゃなくて陽子でいいって言ったよね」
陽子さん……いや陽子は笑って言った。
「な、なんだ、そんなことか」
僕の大きく何回も暴れて張り裂けそうな心臓を感じて、今分かった。
僕はこの人のことが好きになったんだ。
そう意識し始めた瞬間、その僕を見つめる目を見る事が出来なくなった。
「私も蓮って呼んでいいよね?」
「もちろん」
「ありがと」
僕はふと、聞きたくなった。
「ちょっと、聞いて欲しい事があるんだけどさ……」
「ん? 何?」
「僕、最近学校で無視されてるんだよね……でも、心当たりはないし……その、どうしたらいいか分からなくて」
陽子は立ち止まったが、別に驚きはしなかった。
「そうなの?」
「うん……」
「えっ、そ、それはつまり、いじめられてるってこと?」
「うん」
「ごめん私、こういう時に気の利くこととか言えなくて……で、でも! 私に出来ることならなんでも言って! 話だけでも聞くから」
陽子はまだ信じられないと言った顔で首に巻いた赤緑のマフラーを右手で握った。
それもそうだ、会って数日の人からいきなりいじめられているだなんて相談されたら困るのも当然の反応だ。
「ありがとう……」
「わ、私も色々聞いてみるね」
その後は何も話さずに学校まで歩いた。
なんだよ、これ。
今日は過去最悪のいじめだった。
教室に入ると、僕の机と椅子が無くなっていた。僕がいた事なんてみんな忘れたように。
なんとなくだが、皆、僕を意識して空気が淀んでいるように感じた。
……最悪だ。
……このまま死んでしまおうか。
教室を出た瞬間後ろから声をかけられた気がしたが、全力で駆け出した。
バッグは放り捨て、来た場所は通学路にある公園。空はやっぱり石灰色に染まっていた。
腐ったベンチに座り、軋んだ音を聞いた瞬間、僕自身が情けなくなって目から大粒の暖かい涙が溢れ出した。
それは上を向いて拭っても拭っても止まらなかった。
「なんで……なんでなんだよ……」
僕が何をしたって言うんだよ!
「こんな事になる前に死にたかった……」
声を上げて泣くのは久しぶりだった。だが最後に泣いたのがいつなのか分からない。
「もう、いっそ……」
「……待っ、て」
息を切らした断片的な声。
「ダメだよ!」
肩で息をしていた陽子だった。
口から顔が見えなくなるくらいの白い息が一定のリズムで溢れ出ている。
「…………」
泣いているのを見られたくなくて、陽子に背を向けた。
「いなくなっちゃダメだよ!」
「もう……耐えられないんだよ……!」
「……っ聞いて!」
「やめてよ」
「えっ?」
「もういいんだ。もう。無理して話しかけていてくれたのか知らないけど、この数日の間、話してくれてありがとう」
僕は涙が止まり始めたのを見計らって立ち上がり、陽子の隣を通り過ぎようとした。
「本当に、覚えていないの?」
通り過ぎる瞬間、微かにそう呟いた。
「え?」
「話を聞いて」
「なんで」
僕はもう何もかもどうでもよくなった顔で陽子を見た。
陽子と目が合うと、少し視線が揺らいだ。
「……全部話すから!」
陽子は首にマフラーを巻いていないのに、そこを握る動作をした。焦っているのだろうか、手も声も震えていた。
「蓮は、もう死んだの」
「……え?」
頭の中が真っ白になった。雪が降った訳ではない。何も、何も考えられなかった。
石灰色の空は十分白かったが、それ以上の純白に染まっていった。
--いじめられていた?
違う。
--無視されていた?
僕が見えないからだ。
「あ……そ……そんな……」
僕は足の震えが止まらなくなって、その場に崩れ落ちた。
地面に手を突くが、手のひらに小石や砂利の痛みを全く感じない。
今思えば、皆凍える寒さで白い息を吐いているのに、僕はこれっぽっちも寒くないし白い息も吐いていない。
死んでいるからだ。
僕は最初、いじめられていると知った時、この学校の奴らは全員クソ野郎だと思っていた。強いやつに巻かれて弱い奴をいじめる最低な奴ら。
だが違った。
本当はいい人達だったのかもしれない。
ゲームの話やアニメの話、好きな歌手の話で盛り上がるような。
陽子は泣いていた。
僕の死を悲しんでくれている……のとは少し違うようだ。
「ごめん……!」
悔しそうに僕を見た。
「なんで陽子が謝るんだよ!」
「違うの! 私、全部知ってた……数日前に会った時から!」
「なっ……」
「だって……私が殺してしまったようなものから……」
陽子は朝露で濡れた枯れた雑草の上に崩れ落ちた。
「……僕を、殺した?!」
「本当に覚えてないの?! 二週間前だよ?! 君の家に強盗が入って、家族全員を刺し殺したんだよ?!」
陽子は怒気を含んだ声で僕に真実を突き刺した。
悲しさより先に悔しさが僕を襲った。色んな意味を持ったナイフが僕の心をズタズタに引き裂いていく。
「蓮の部屋でそれを見てたの……! 咄嗟に蓮が私を隠してくれて! なのに! 怖くって気持ち悪くって体が全然動かなかった! 私がもっと早く助けられていれば生きてた……んだよ……」
陽子の声は段々と石灰色の雲に消えていき、代わりに嗚咽が聞こえた。
僕は声を出す力も無かった。
僕が、殺されたのを見ていた……
僕は陽子と知り合いだったのか……
「その償いをしようと思って……私に出来ることならなんでもするって言ったの! でも君は何も知らない顔してた! 全部覚えていないんでしょ!」
「私達が恋人同士だったことも!」
今まで聴いた中で一番大きい声は、もう枯れていた。
「どういう……こと」
「私達は、中学校の卒業式で付き合い始めた。高校に入学してからも毎日一緒に学校に登校した。でもどうせ覚えてないんでしょ」
嗚咽しながらも陽子は僕を嘲笑う口調だった。
こういう時、なんて言ったら良いんだろうか。
人とほとんど話さなくなった僕には全く分からないし思いつかない。
ただ、ふとある言葉を思いついた。
「僕は今も君が好きだよ」
何を言ってるんだ僕は。
陽子は、はっと驚いた顔を見せた。
だが素早く立ち上がると、怒っているのか泣いているのか悔しがっているのか分からない声で叫んだ。
「蓮と行った場所も、遊んだことも、私が花が好きだってことも全部覚えてなかったでしょ?!」
「……うん、ごめん……」
「いつものカフェで私がいつも頼む飲み物だって、私の好きな食べ物だって覚えてないんだろ!」
目に涙を溜めた陽子は、女子の口調とはかけ離れていたが、その声は僕の胸の傷をぐいぐいと広げた。
「うん……ごめん……でも、好きなんだ」
「くっ…………」
陽子は僕に肩で弱々しい体当たりをしてベンチにどさりと座り込んだ。
僕も帰ろうかと悩んだが結局恐る恐る隣に腰かけた。
その日、僕たちは公園のベンチで日が暮れるまで座った。
何も話さなかった。目も合わせなかった。手も繋がなかった。
ただ死んでいるのになぜか寒くて、ずっと寄り添っていた。
完全に日が暮れて、公園に隣接する家々の柔らかいオレンジ色の明かりが灯り始めた頃。
陽子が口火を切った。
「寒い」
「だね」
嘘だ。僕は寒くない。
今は否定する気分になれなかった。
けれど今の一言だけで、緊張して凍っていた僕の心は一瞬で溶かされた。
「ねえ」
「ん?」
「もし私が、もう一回付き合ってって言ったら付き合ってくれる?」
「えっ、僕達別れてたの?」
「ち、違うよ。でもその方がはっきりするじゃん」
「は、はっきり?」
「なんでもいいでしょ! それで! 付き合ってくれるの?」
「…………」
どうすれば。
「ごめん」
陽子は俯いて謝ってしまった。
あっ。
違う。
違うんだよ。
紫になりかけていた唇から出た陽子の感謝は小刻みに震えていた。
相当寒いのだろう。
「私、寒いから帰るよ。今日はごめんね。取り乱しちゃって」
いや違うんだよ。
「ううん、全然。僕の方こそごめん」
僕は何言ってんだよ。
違うよ。
陽子は僕の方を見て小さく首を振った。
「蓮も……いや、また明日ね」
待って。
「じゃあ」
待って!!
……完全に失敗した。
こういう時に声が出ないの、僕の悪いクセだ。積極性が足りない。
もう。
その日を境に僕は学校へ行かなくなった。
通学路にある誰もいない公園の腐ったベンチに一人でずっと座り込んでいる。
成績なんてもう関係無いし。
なぜ公園にいるかというとそれは、学校帰りの陽子が消えている理由がこの公園だったからだ。
彼女も何かしら悩みがあり、クラスメイトとあまり上手くいっていないらしい。
そんな時にこのベンチで考え事をしたり本を読んだりするのが好きだと言っていた。
僕は毎日、その公園で学校から帰る陽子を待つことにした。
公園の隅に立つ黒い柱に付けられた時計の針が4時30分を指すと、彼女は必ずやって来る。
約束、に近いかな。
今日も……ほら来た。
僕の隣に腰掛け、上を向いて大きなため息をついた。
「ど、どうしたの?」
「やっぱり友達と上手くいかなくてさ」
両足を前に突き出し、両手で顔を覆った。変な格好だ。
「喧嘩?」
「些細なことなんだけどねー。謝らなきゃって思ってるんだけど、なかなか……」
また一つため息。
「勇気を出して謝ってみなよ」
「蓮……女子はそんなにうまくいかないんだよ……?」
「そうなの?」
「うん」
これは仲直り出来たと言っていいんじゃないかな。
「蓮」
「え? 何?」
「明日学校休みだから、お出かけしようよ、お出かけ」
「い、いいの?」
「え? ダメなの?」
「いや、行こう」
「どこ行きたい?」
「思い出の場所、かな」
次の言葉が出かかっていたような顔をする陽子は、ベンチに座りなおすと小さく呟いた。
「そう、だね。何か思い出すかもしれないもんね」
悲しませてしまった……と思っていたら、急に僕を見て言った。
「じゃあ、あのカフェにしよう! 明日! 同じ時間にこのベンチ集合ね!」
この時間って、もうすぐ午後5時なんだけど。
まあいいか。
「帰ろ?」
僕は陽子の家が分からなかったので、陽子が前を歩く形で家まで送った。
「待った?」
「ううん、全然」
「じゃあ、行こっか」
空が熟れたオレンジと深海のグラデーションを作り出し始めた頃、薄茶色のコートとロングスカートに身を包んだ陽子が来た。
すぐさま僕達はカフェに向かった。
カフェへはあっという間だった。
「一人で」
僕は陽子の言葉に一瞬驚いたが、すぐ理解した。そうだった。
カウンターテーブルの、壁に接した席から一個空けて陽子が座ってくれたので僕がその間に座った。
気ばっかり使わせてしまって、本当に申し訳ない。
メニューを2、3ページ開き、そのページを僕の目の前に差し出してとあるパフェを指差した。
陽子の顔を見ると、僕を軽蔑するような目だった。
「これ、蓮が好きだった宇治抹茶クリームアンドイチゴ大福とイチゴスパイラルパフェ。よくこんなの食べられたよね」
そんな。美味しいから僕は食べてたんだろ? どれどれ。
「なっ……」
写真を見て吐き気がした。
これを見たら誰でもそうなるだろう。
宇治抹茶でどこかの宇宙人くらい真緑に染められたクリームの階層の間には、下から、半分にカットされ敷き詰められたイチゴそしてイチゴ大福のスパイラルが上まで繰り広げられている。
「流石にそれは嘘でしょ?」
「…………」
陽子はじっと、僕を軽蔑の目で見つめる。
「……お、美味しいんだよきっと」
「じゃあこれにするから」
「えっ」
他の客が2回程入れ替わった時、そのバケツが来た。
「お待たせいたしましたー。宇治抹茶クリーム、えっと…………はい、お持ちしました」
店員さん頑張って。
バケツは想像以上に大きく、大人の頭くらいあった。
そしてどこを見ても視界に入る緑。
「近くで見るとやばい」
陽子は置かれた時のパフェとは思えない音を気にせず、スプーンをバケツに差し込み、緑のクリームをごっそり口へ放り込んだ。
何かのウイルスに感染したのか右頬に緑が付いた。
「あっま!」
「どれどれ……」
死んではいるが、物は一応持てる。
だが、そんなことをしたらポルターガイストとそれを飼い慣らす魔女と間違われそうだ。
「あーん」
「えっ」
「あーん。恥ずかしいから早くして」
「ありがと……ごっ」
僕ら両方の頬が赤くなった。
初めてだ、女子のあーんなんて。
いや、生前あったのかもしれない。
しかし僕の方は喉にスプーンを押し込まれ、嗚咽した。
だが、甘さも辛さもしょっぱさも酸っぱさも苦さも何も感じない。
「あっま」
ごめん……陽子。
「だよね!」
その後、結局陽子は5回クリームを食べたが、その余りは僕が処理することになった。
「甘い……」
「私はもう無理だよ……」
2、3回口に入れるごとに、こんな味なんだろうなと想像しながらリアクションを作る。
「じゃあ、そろそろ出よっか」
「私が払わなきゃね」
「あっ、ごめん」
「いいよ、食い逃げするよりマシだよ」
それもそうか、と納得してしまった僕の頭はどうなんだろうか。
カフェを出るとすっかり日が暮れ、僕達を照らすのは街灯と家々の明かりだけになっていた。
そして向かった場所はやはりいつもの公園。
軋むベンチに偶然だが、同時に座った。
「冷たっ……あ、雪だ」
全てを吸い込みそうな白。
「今日はそんなに寒かったんだ」
「うん。そ、それより、今日はクリスマスだよ」
「えっ! 本当? もうそんな時期なの?」
「それくらいは覚えておいて欲しかったな……はいこれ、プレゼント」
「えっ、あっ、ありがとう。やっばい、何も用意してないや」
「いいよいいよ」
その困った微笑みもまた懐かしい顔だ。
どおりで街中はカップルだらけだったわけだ。
カフェのメニューにもクリスマスメニューと書いてあったような……?
陽子がくれたさっきのパフェを連想させる緑の箱にイチゴ色のリボンが結ばれた小さな箱を受け取った。
「開けていい?」
「もちのろん」
別に怖かったわけではないけれど、恐る恐る開けた。
中には、小さなクマのぬいぐるみが入っていた。軽く振ると小さく鈴の音がした。
「私、お裁縫好きじゃん? って覚えてないんだった。それで作ったの」
「すごい……細かいね」
「褒めてる?」
「も、もちろん! ありがとう」
「いいえー」
「僕も次は必ずプレゼント用意するよ」
「ありがとう」
「それで……」
「ん?」
「僕からもプレゼント、というか、なんていうのか、あるんだけど」
「おおー」
そのプレゼントとは言葉だった。
もう一度僕と付き合ってくれませんか、と。
喉まで出かかっているのに、最初の言葉すら出てこない。
何故だろう。
今なら絶対に言えるのに!!
言えよ。
「なに?」
「あ、うん、えっとね」
「ど、どうしたの?」
「ずっと言わなきゃって思ってたんだ!」
「わっ、びっくりした」
一瞬、吹いてすらいなかった風が強く陽子の髪を揺らし、雪と共に彼女の視界を奪った。
「僕と、もう一度、付き合っ」
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