39 多治見カンナの策略 -8-

『明日の仕事、サボんなよ!!』


 全曲を終えて、そう叫んだちーちゃんに。

 会場からは『鬼!!』『悪魔!!』って声が飛び交った。

 すごく素敵なLIVEだったはずなのに、脱力してるあたしは…最初から最後まで、壁に華を添えてしまった事になる。



 千秋ちゃんはどこで見てたのかな。

 知花さんの妊娠を知って、あたし以上にへこんでないかな。

 …って、あたし、人の心配なんて出来るのね。

 成長したなあ…あはは…あは…あははは…



 心の中で渇いた笑いを繰り返してると。


『おーい、ナッキー。F'sだけで終わりか?』


 ギターの朝霧さんが、二階席を見ながら言った。


『あ?あ?うんうん。なんや、そっか。よし、ほな始めよか』


 二階からは何も聞こえなかったけど、朝霧さんは一人で納得したかと思うと。


『ゼブラとミツグがおらへんから、京介と臼井はそのまんま頼むで』


 ギターを弾き始めた。


『えー!!Deep Red!?』『わー!!本気で明日仕事になんないよー!!』って歓声が上がって。

 あたし、この盛り上がりには最初から全然似合ってないし…もう帰ろうかな…なんて思ってると…


「最後まで観て帰れよ。」


 いつの間にか、隣に千秋ちゃんがいた。


「…体のどこかが痛くない?」


「…何ともないかと聞かれると、そうでもない。でも、耐えられないほどじゃない。」


「……」


 ステージ上では、大歓声と共に現れた会長の高原さんがマイクを持ってて。

 ただそれだけなのに、会場はさっきよりもずっとテンションが高くて。

 ちーちゃんは、内心さぞかし腹立たしいんじゃないか…って思ったけど。


『おまえら、倒れんなよ!!』


 笑顔で客席を煽り始めた。


『ついでだから圭司と千里も手伝っていけ』


『うわ~、圧がすごい~(笑)』


『俺らがついでで手伝えるようなバンドじゃないって、分かって言ってます?』


『ははっ。まあ遠慮するな。俺の無理を聞いてくれたスタッフ達に、感謝をこめて一緒に歌おう』


『そういう事なら』



 ……

 ステージ上を不思議な気持ちで見つめた。

 あたしは…モデルクラブで誰かが自分より目立つと、面白くない。

 ライバルだもん。

 それが例え、仲のいい子であっても。

 ううん…仲が良ければなおさら面白くない。

 次は、次こそは。って、躍起にもなるけど…それ以前に悔しくてたまらない。


 あたしに何が足りなかったの?


「……」


 ふと、自分の気持ちが変わって来てる事に気が付いた。

 以前のあたしなら…自分に足りなかった物を考えたりしない。

『みんな見る目がない』って思ったはず。

 それが、自分を見つめ直したり、反省しようとしてるなんて…



「…おまえに、俺が一番ガキだって言われたの、ムカついたけど当たってるわ。」


 千秋ちゃんの静かな声に、俯いてた顔を上げる。

 それは、今まで偉そうに人を見下してるような目とは違って見えた。

 そして…思った。

 元々千秋ちゃんはそんな事なくて、あたしが曲がった気持ちで千秋ちゃんを見てただけなのかなあ…って。



「…すごく悔しい事には変わりないんだけど…」


 あたしはステージ上に居る人達に目を向けて。


「あたし、もしかしたら…進化してる所なのかも…」


 そうつぶやいた。

 それを聞いたであろう千秋ちゃんは、無言であたしの頭をくしゃくしゃっとして。


「…偉いな、おまえ。」


 って…

 小さく鼻で笑った。


 ちーちゃんを思わせたけど…





 千秋ちゃんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る