13 神 千里の日常 -4-

「おかえり。」


「…おまえ、何でうちに。」


 家に帰ると、大部屋に千秋がいた。

 しかも…膝に咲華さくか華音かのんを座らせて。


「じーさんちで一緒になって。」


「アキちゃんに、くゆまでおくってもやったの!!」


 千秋の続きを咲華が張り切って答える。



 今日はバレンタインデー。

 知花は大量のチョコやその他を事務所で配った後、一旦帰ってじーさんちに行くと言っていた。

 車の免許を持ってない知花は、子供達を連れてバスでじーさんの家に行く。

 そして帰りは、篠田とじーさんが連れ立って送ってくれるんだが…



「よく篠田とじーさんが見送るだけで済んだな。」


 千秋の向かい側に座ると、咲華がテーブルの下をくぐって俺の膝に来た。


「すげー渋られた。」


「だろーな。」


「今度研究所建ててくれって、俺の代わりにお願いしてもらおう。」


「ははっ。マジで建てるからやめろよ。」



 千秋が子供を抱えてる事に驚いた。

 まあ…俺も子供嫌いだったから…こいつらの可愛さにほだされたのは分かる。

 それにしても…だ。



「しゃくね?アキちゃんと、とーしゃんまちあえたのよ~。」


 膝にいる咲華が俺を見上げて照れくさそうに言った。


「ん?そんなに似てるか?」


「こえ、おんなじよ~。」


 ああ…声で間違えたのか。

 それは仕方ねーな。

 五人兄弟の中で、俺と千秋は区別がつかないと言われるほど、声が似てる。

 見た目も…まあ、髪の色と長さが違うぐらいか。

 …頭脳に関しては天と地だが。



「みんなは?」


 咲華を抱えたまま、キッチンにいる知花の隣に並ぶ。

 空いた方の手で腰を抱き寄せて問いかけると。


ちかしうららは遅くなるみたい。母さんはさっきまでいたんだけど、千秋さんと話してたら何か閃いたみたいで…部屋かな?」


「ばーさんは?」


「中の間で掛け軸を換えてる。」


 親父さんは遅くなるんだろうし…

 そうか。

 ばーさんと義母さんだけか。


 千秋をみんなに紹介したかった俺は、少し残念に思った。

 俺の自慢の兄貴だ。



「千里、口開けて?」


「あ?」


 小声でそう言われて知花を見下ろすと。


「はい、あーん。」


「……」


 知花が、俺の口にチョコを差し入れた。


「千里のだけ、特別だよ?」


「……」


 ポリポリと味わいながら、チラリと千秋を振り返る。

 この距離なら聞こえてねーだろーけど…二人きりじゃない事が残念だった。


 いまだにキスだけで真っ赤になるクセに、知花は無意識にこんな可愛い事をしやがる…


 なんで二人の時にしねーんだよ…!!



「…美味しくない?」


 無言の俺に不安になったのか、知花が首を傾げて覗き込んでくる。


「…美味いに決まってんじゃん。」


 抱き寄せてる腰をさらに近付けて頭にキスすると…


「とーしゃん、しゃくにもちゅして~!!」


 咲華が思いの外、大声で言った。


「…そーだな。ほら。」


 額にキスをすると。


「ろんも~!!」


 足元に華音が走り寄って来た。


「…よし、あっちに行こう。」


 華音の頭にキスをして、二人を連れて再度千秋の向かい側に座る。

 千秋は呆れ顔で俺を見て。


「ごちそーさま。」


 首をすくめた。



 …この前…千幸ちゆきと三人で飯を食いに行って。

 酔っ払った千秋をホテルに送り届けた。

 あの時…


『…玲子…』


 千秋が…千幸の嫁さんの名前を口にした。

 それを聞いて、一瞬頭の中が真っ白になった。


 玲子さんは、千幸の大学の後輩で。

 すでに俺がバンドにのめり込んでる頃、しょっちゅう千幸と一緒にじーさんの家に遊びに来ていた。


 あの頃、留学先から帰って、俺と一緒にじーさんの家にいた千秋。

 確かに玲子さんとは仲が良かった。

 でも…呼び捨てになんてしてなかったよな…


 …誰も知らない所で、二人が…


 なんて事は、ねーよな。



「おままえ、じゃなくて、おなまえ、だ。」


 千秋の言葉に我に返る。

 気が付いたら、咲華が千秋に膝に座っていた。


「おままえ。」


「違うな。」


 子供相手に真顔の千秋に笑う。

 そう言えば、俺が小さい時も…言葉がおかしいって注意されてたっけな。



「俺以上に言葉が幼稚だろ。」


 テーブルに頬杖をついて言うと。


「そうだな。双子は喋り始めるのが遅いとは言われてるが、これだけの大人に囲まれて生活しているわりに、発音がなってないな。耳の検査にでも行ったらどうだ?」


 咲華に向けてた真顔を俺にも向けた。

 耳が悪いわけがない。

 特に華音は地獄耳だ。



「ま、その内成長するさ。」


「のんきだな。」


「今は元気でいればそれでいい。」



 俺と千秋がそんな会話をしていると。


「あっ、千里さん、おかえりなさい。」


 義母さんが小さな箱を手にやって来た。


「ただいまっす…」


 義母さんは…不思議な人だ。

 うちの電化製品が長持ちするのは、義母さんのおかげだと言われている。

 たぶん、千秋とは話が合うだろう。



「これなんだけど…」


「…これ、自作ですか?」


「うん。この端子をね…こう…」


「あー…なるほど。興味深いですね。お借りしても構いませんか?」


「えっ、こんなチープな物?」


「チープだなんて(笑)これにスライド機能が付いてるなんて、誰も気付きませんよ。」


 さっぱりわけの分からない二人の会話に首をすくめると、膝にいた華音も咲華に並んで千秋の膝に座ってしまった。


 …少し寂しい気もするが、子供達が千秋に懐くのは嬉しい。


 千秋は俺にとって…

 大事な兄貴だからな…。



 だからこそ。



 玲子さんとは、何もなければいいんだが…。

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