3 桐生院知花の憂鬱 -2-
「
「…はい?」
事務所のロビーで声をかけられて振り返る。
するとそこには、見知らぬ男の人。
肩までの色素の薄い髪の毛。
丸い眼鏡が、なんとなくセンみたい。
でも…この顔、この声…
…もしかして。
「…千秋さん…ですか?」
「そう。はじめまして。」
千秋さん。
はじめてお目にかかる、神家の四男坊…千里のお兄さん。
ここで、神家五人兄弟を思い浮かべる。
長男、
奥さんの
千里曰く、努力の人。
幸太さんがいれば、お父様の会社は安泰だ。とも。
次男、
五人兄弟の中で一番社交的で人当たりのいい人。
あたし達の結婚指輪も、千里がそのお店で買ってくれた。
兄弟の中で一番みんなを気にしてるようで、よく連絡もくださる。
三男、
千里曰く…「インテリで情が薄い」だそうで…
デザイナーとしてフランスで活躍中。
一度、しかもちらっ…とだけお会いしたけど…
千里とは違う意味で…ナイフのようなイメージを持った。
そして、四男、
IQが高くて、千里に言わせると、それが元で少々ひねくれ気味。
…千里よりひねくれてたら、問題ありかも…なんて。
いつもフラッといなくなって音信不通になるものの、突然ニュースに名前が出たりして生存を確認するとか…
でも、千里にとっては刺激になる人みたい。
で…五男、
とても大切な人だけど…未だに、謎なところも多い。
不思議な、人…
「今いくつ?」
ふいに千秋さんに笑顔で問いかけられて…慌てる。
「あっ…に…21です。」
「わっけぇな。それで、もう子持ちなんて大変だろ。」
「そんなことないですけど…」
なんだか緊張しちゃう。
兄弟の中で、こんなに千里に似てる人なんて初めてだから…
「そんな緊張しなくていいよ。俺、案外普通だぜ?」
見抜かれたような気がして、肩をすくめる。
IQ200って、どう対処したらいいのかな…なんてちょっと思ってたから。
陸ちゃんもIQ高いけど、それは本当に頭脳に関してで。
話してると、あたしたちと同じようにふざけたり…笑ったり。
本当に普通の人だけど。
でも、千里のお兄さま。
ちょっと…「普通」とは繋がらない。
「…千秋?」
ふいに上から声が降って来て。
「おー、千里。元気かよ。」
千秋さんが、エスカレーターの上にいる千里に笑いかけた。
「何、いつ帰って来たんだよ。」
エスカレーターを降りてくる千里は、なんだか…いい顔。
それを見ると、ああ…やっぱり千里も兄弟に会うと嬉しいんだなあ…なんて、しみじみと思った。
「今朝。空港から直にここに来た。」
「どこ行ってたんだ?」
「インドの田舎の方、ウロウロしたり。」
「変わんないな。あ、これ嫁さん。」
千里が、思い出したようにあたしの頭をクシャクシャっとする。
「ああ。今話してたとこ。」
「そういえば、カンナも帰ってるんだぜ。」
「カンナが?久しぶりだな。」
話が、カンナさんの事になった途端…二人は同じような笑顔になった。
…そうよね。
二人とも、小さな頃から知ってる人だものね…
「千秋、しばらく日本にいんの?」
「ああ。適当にコンピューターでもいじって、金儲けでもすっかな。」
「相変わらずだな。どこに泊まるんだ?じーさんち?」
「あそこは行かねー。俺、規則正しい生活とか無理だわ。」
「あはは。今なら絶対篠田が張り切るぜ。」
「勘弁してくれ。」
二人の会話をほのぼのしながら聞いてると、事務所の外にカンナさんの姿が見えた。
…こんな事を思っちゃいけないのだけど…
何しに来てるのかな。
「あっ…千秋ちゃーんっ。」
千秋さんを見付けたカンナさんが、手を振りながら走ってやって来る。
それを見た千里と千秋さんは、指を差しながら小さく笑った。
「カンナ、久しぶり。」
「どうしたのー?うわあ…何だか全然変わってないね。」
「おまえは大人んなったな。」
「体だけだぜ。」
「んもうっ‼︎ちーちゃん!!見たような事言わないでよっ‼︎」
「自分で言ったんだろ?胸だけは6cm大きくなったっつって。」
「マジか。カンナ、胸は男のロマンだから、正しく保てよ。」
「何それ千秋ちゃん。頭良過ぎておかしくなっちゃったの?」
…三人の会話に入れない。
あたしが黙ったままでいると。
「あ、知花さん、いたんだ。」
カンナさんが、あたしを見下ろして、少しだけ笑いながら言った。
「…こんにちは…」
小声でそう言ったものの、それは誰の耳にも届かなかったようで…少しだけ下唇を噛んで俯いてしまった。
大した事じゃない。
そうなんだけど。
あたしは、少しだけムッとしてしまって。
「あたし、ミーティングがあるから…」
千里にそう言って、千秋さんに一礼すると、エスカレーターを駆け上がった。
…何よ。
千里のばか。
カンナさんが来ると、あたしなんて全然無視。
しかも…
「……」
あたしは自分の胸を見下ろす。
「胸は男のロマン…」
千秋さんの言葉を否定するどころか…千里、頷きながら聞いてたよね…
そっか。
千里も大きな胸が好きなんだ。
つい、深い溜息を吐いてしまう。
最近…情緒不安定なのかな…
感情の起伏が激しくて、なんだか落ち着かない…
「知花。」
エレベーターのボタンを押してると、陸ちゃんがエスカレーターから上がって来た。
「おはよ。」
「今、下にいた人、神さんの兄弟?」
「うん、すぐ上のお兄さん。」
「噂のIQ200?」
「そう。」
「神さんより、ひとクセありそうな人だな。」
陸ちゃんがニヤニヤしながらそう言うから、あたしも少し笑ってしまう。
ひとクセかあ。
あたし、緊張して喋れなかったからよく分からないけど、次に会う時には、千里の小さな頃の話でも聞いてみようかな。
「あ、陸ちゃん。」
「あ?」
ふと、あたしは思い出した事を陸ちゃんに問い掛ける。
「陸ちゃんがアメリカで買ったフラミンゴのキーホルダーって、手彫りでめったにないって言ってたよね?」
あたし達が渡米してた頃。
陸ちゃんはすごくアクティブにあちこち出掛けてて、その地で見付けた美味しい物や珍しい物を買って来ては、みんなとシェアしてくれてたのだけど。
その、噂のフラミンゴのキーホルダー。
あれだけは、どこに行っても見付からなかった。
「…どうだっけ?それが何。」
「
「……へぇ。」
「だから日本でも売ってるのかなと思って。」
「妹、どこで買ったって?」
「友達にもらったって言ってた。」
「…ふぅん…」
「色違いの欲しいなって思ってたの。」
「そーいや、聖子にもくれって何回も言われたな。」
陸ちゃんが前髪をかきあげながら苦笑いをする。
あたしはそんな陸ちゃんを見上げながら。
「…聖子にも?」
首を傾げた。
「…ああ。甥っ子にも織にも、くれって言われてたから。」
「そう言えば最近見ないけど、誰かにあげたの?」
「バイク乗って来なくなったからなー。」
「あ、そっか。」
別になんて事ない会話だけど、少しイライラが飛んだ。
陸ちゃんに感謝。
「……」
「何?」
あたしを見てニヤニヤする陸ちゃんに問いかけると。
「結婚して子供がいても、キーホルダー探してるなんて、可愛い事言うなと思って。」
陸ちゃんは、目を細めてあたしの頭をポンポンとしたのよ。
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