02 予言の子/幼少時代
【アーサノア帝国】
世界最大の国家であり、大陸の中心に位置する大帝国。
その礼拝堂には身分の高い者がテーブルを囲んでいた。
ドーム型の高い天井には壁画がいくつも描かれており、人間賛美をテーマにした絢爛な様式を作り出している。そして広い室内にて厳かな空気の漂う謁見が行われていた。
「‥‥以上が報告となります」
「機械技術の発展がここまで経済を急速に成長させるとはな」
「うむ、新産業がもたらす恩恵は大きい。新たな制度と共に、新たな秩序も必要となろう」
帝国の大臣が集結するこの会議では各国の情勢と今後の国政について話されていた。
蒸気機関の開発により工業革命が起きた事で、飛躍的に伸びた綿織物の生産量向上や製鉄業の成長は、他大陸との成長競争に圧倒的な差を生み出すものとなり、帝国が世界の覇権を持つ道へとさらに進もうとしていた。
「最後に‥‥大事な報告がございます」
「なんだ、申してみよ」
景気の良い報告で会議が終わりに差し掛かろうとしたにも関わらず、新たな議題を差し込む者がいた。
その者の風貌から、決して良い報告ではないだろうという憶測が飛び交う。呪詛の書かれたローブに身を包んだ怪しげな身なりの者である。
魔術文化遺産担当アズウェール。
普段は顔にまで及ぶ呪字をフードで隠しているが、帝王の手前でそれは外しておりその禍々しい素顔をさらしている。
「新たな予言視がございました」
「予言だと?魔力をなくした世界でなぜそのような事をしているのだ?」
ありえないという表情で間に入って口を出した大臣は、ローブの男に問い詰めた。
やらないのではなく出来ないはず、という認識でいたためであった。
それに返す形でローブの預言者はその手に持つ宝石のような石を皆の前に見せる。
「魔力が込められた石です。もちろんご存知かと思いますが‥‥」
「それは魔石だろう?そんな事は知っている!それは枯渇した資源であり希少な文化遺産であろう。まさかそれを利用したのか?」
預言者の隣にいた同国の大臣は懐の中に手を差し込み、さらにいくつもの魔石をテーブルへと並べた。
ジャラジャラと粒ぞろいの魔石が広げられ、大臣達みなその光景に驚いた。
「なっ!?」
「こんな大量に‥‥一体どこで!」
「どれも高品質な魔石でございます。非公式でありますがいくつかの領地で新たな採掘方法が確立致しました。我が国ではこれに対し新たな管理体制を早急に敷いております‥‥。しかし本題はそれではありません」
動揺する周りの大臣とは違い、終始落ち着いた態度の報告者。
帝王も顔色は変えずに頬杖をついて報告者を見据えているが、いつも預言者からは不安定な情勢に繋がる話しか出てこないため、またかと肩を落とした。
報告の続きを促すが、その内容を聞くには心の準備を伴うものである。
「魔法を排した時代に、魔力資源が発掘された‥‥それ以上に重大な報告とは一体なんなのだ?」
ローブの預言者は、自身が見た光景を口にする。
「この魔石を媒体にして『未来千里眼』を行いました。そしてこの国の光景が見えたのです」
「何が見えた?」
「妖精達の反逆と‥‥それを先導する黒髪の者です」
「黒髪だと?‥‥まさか‥‥転移勇者共の謀反か?」
「いえ、私達の知る勇者達ではありませんでした。しかし勇者の意思と‥‥そして賢者の知識を有する者です」
「勇者ではない黒髪‥‥では黒妖精どもか?」
「滅亡の道を辿る種族が我らに対抗するとは‥‥」
「いえ。黒髪ではありましたが、人間でございました。勇者特有の膨大な力も持っていないようです。かわりにその背には未知の武器を背負っておりました」
「‥‥妖精族が何かを画策しているという事に変わりはないだろう。悪評の流布では生ぬるい。至急に妖精族への対策を練る必要があるのではないか?」
「まずは予言の解像度を上げる必要があるだろう。アズウェール、出来るか?」
「さらなる魔石が必要となります」
かつての魔王討伐時代において帝国拠点を守り抜いたアズウェール、当時の予言魔法使いとしての実績がこの地位へとかけ上がらせており、中央議会における権限を持つにまで至っていた。
「財務大臣、採掘組織の編成予算を制定しましょう」
「うむ、同時に魔石課税制度も進めて行くのがよいだろう。新たな封建社会において魔石資源は無用な混乱に繋がる。管理が必要だ」
「特に妖精族の手に渡ってしまえば統制も乱れるだろう。それこそ予言の通りになりかねん」
「では対策部を設立して早急に規制案を立てましょう」
次回の優先議題が立って帝王は中央会議を終わらせたのち、伏せていた顔を上に向けて遠くを見るような目をした。
「勇者と妖精族か‥‥我ら人間族を救った彼らは果たして、この世界に何を残していくのだろうか‥‥」
暗黒時代の爪あとも消えていき、人々の頭からも悲惨な記憶が薄まっていく中、議会はこれから先も清算されていない負の遺産と向き合っていく事となっていた。
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【カルザスト王国辺境地、トトノア村】
新帝紀元年に生まれてから7年。
赤ん坊だった司は7歳になり、この世界の言語を早々に習得していた。
黒髪のコンプレックスを抱きながらも、彼は知的な少年として成長しており、今日も手を油で汚しながら台所へと入ってくる。
「母さーん、頼まれてた掛け時計の修理終わらせておいたよ!」
「あら、もう?早いわね。修理は難しかったんじゃないの?」
「ううん、思ったより構造がシンプルだったから。でも楽しかった。あ、老朽化してた部品も交換しておいたからこの先も長持ちすると思う」
「すごいじゃない、理解が早いのね。じゃあまた似たような依頼が来たらお願いするわね」
司の前世は機械いじりが好きな青年であり、よく父親のバイクをいじったり電子工作もしていた。
そのためか今世でも物の構造の理解が早く、手先が器用な事もあり機匠師としての才覚を伸ばしていた。
生活費に余裕のある家であったが、機械技能の仕事があれば母に引き受けてもらって構造を勉強しながら修理して過ごしている。
「じゃあ修理も終わったし外に出かけてくるね」
「ええ、いってらっしゃい。今日お母さんは遅くなるから、夕食はテーブルの上のものを食べてなさいね」
「あれ?王都にいくの?」
「ええ、私の研究成果を見に古い知り合いが遠くから来るのよ」
「それって技術話?僕も研究所に行きたい!」
「何にでも興味持つコね。でも今日の客はとても大事な人なの。悪いけどお留守番していてね」
母親の克美は地球では理工学を専攻していた学生であったため、異世界でもその技能を活用していた。
それはこの世界における独特の化学現象を機械化する試みへと繋がった。
「‥‥わかったよ。今度でいいから母さんの研究の事をみせてね」
「ええ、約束するわ」
そう言って司は遊びに出た。
聞き分けの良い子供に育った司は、転生した子供特有の知能の高さを無闇に表に出す事をせず普通の子供のように過ごしていく。
異世界の言語も、年相応に理解していったため、子育てをする側もなんら違和感なく教育をしていく事が出来ていた。
母親はそんな司をよく連れ出しては、これまで異世界にある様々なダンジョンや、まだ生存している妖精族、地下に潜む魔物などを見せてまわっていた。
戦友である獣人や勇者達の事を絵本のかわりにおとぎ話として聞かせていたりもした。
それは司の身体に備わる少年心を刺激していき、この異世界の事をもっと知りたいという好奇心を高めさせていた。
今日も散歩と称して遠くまで走り、不思議なものを探そうとする。
木材を平板に削り出して、シャフトと小型の車輪を取り付けたお手製のスケートボードに乗って坂道を下る。
司の住む村は王国街から少し離れた農村地帯。
そこにはどこまでも続く麦畑が広がっていた。
地球にはない品種の穀物で、新鮮なものほど透明な実をみのらせる植物であった。
そのため、収穫の時期になると麦の穂が日の光をうけてキラキラと一面に反射し、まるで世界の全てが輝いているかのように思えていた。
前世の記憶が残る司であるが、当時は都心部で過ごしていたため、コンクリートジャングルとは違うこの自然の広がる景色が好きで目を奪われていた。
「やっぱり綺麗だなこの世界。光の眩しさでいろんなものが輝いて見えるみたいだ」
少し大人びた雰囲気を出す少年ではあったが幼少な身体年齢が精神に定着し、年を重ねるごとに逆に幼児化するような感覚もあった。
7歳になるともう子供的な感情の方が強まってきており、感受性も一層高まる年頃になっていた。
それがゆえに髪色をからかわれたりしただけで、酷く落ち込んでしまう事もある。
その原因となっているガキ大将達が、今も目の前に立ちはだかろうとしていた。
「おい黒いの!止まれ!」
「止まれーー!!」
突然、脇道から子供たちが現れて、疾走する司を横からどついて転がされた。
「うわっ!!」
勢いがついていたのでゴロゴロと転がる司をよそに村のガキ大将達3人は雑に声をかける。
「あははははは」
「止まれっていったのに止まらないからだぞ」
ギリギリで受身をとった司。
それでも身体は土まみれになってしまった。
「‥‥いったー。急に止まれるワケないよ」
「ウソつけ!お前、後ろめたい事があるから通り過ぎようとしてたんだろ」
「そうだ、こんなモノ使って遊びやがって」
そう言って司の手作りのスケートボードを手にしてニヤついていた。
「なんだこれ。王国街で売ってるヤツなんじゃねーか?」
「あ、貴族が遊んでるのを見た事あるぜ。ヘヘ、いいじゃん。バツとしてコイツは没収だな」
「黒髪のヤツが持ってて良いモノじゃないよな」
スケボーを持っていかれそうになり司は青ざめた。
「ち‥‥違うよ。それは既製品じゃなくて実験物なんだ。危ないから返して!」
「うるせえ!いくぞ!」
「飽きた頃には返してやるよ。ヘヘ、いつになるかわからねえけどな」
そう言って早速スケートボードに乗って走りだして行った。
慣れないながらも一人がスケートボードに乗り込み、二人が手を添えて支えながら進んでいく。
「おっと、ヘヘ。中々楽しいじゃねえか」
「次オレね!」「あ、ずるいぞ。次オレだよ」
膝をすりむいた司はまだ立ち上がれずに追いついていけない。
せめて、という願いをこめて大声を張った。
「ぜ‥‥絶対にテールのボタンは押しちゃダメだからね!!」
しまった‥‥。と司は自分の発言をすぐに後悔した。
ダメだと言われればやりたくなるのが子供の
直後に3人の足元からはドガン!という爆音と共に煙が立ち上がった。
そして猛スピードでの暴走が始める。
「うわわわわわわわああああ!!」
「あっぶねえええ」
「ダル、おい何してるんだとまれえ!」
この時代の主動力となる蒸気の圧力を閉じ込めたタンクから高速の推進力が発せられる。
どこまでも突き進もうとする自走式のスケートボードは登り斜面の丘にまで差し掛かり、乗せていた者を後方に振り落としたあとボフッっと黒煙を上げて木にぶかった。
「イテテテ。な‥‥なんだよコレ‥‥!」
「ダルー!大丈夫かー」
「良かった‥‥みんな無事だね」
駆け寄ってくる司に村子供達が驚愕した。
「テ‥‥テメー!なんてもの渡してくるんだよ!」
「あぶねーじゃねえか!!」
「黒魔術だ!俺たちを葬り去ろうとしたんだよコイツ!」
都市部で主流となっていた動力ではあるが田舎の村にはまだ普及していない先端技術の動力である。
初めて見る者にとって魔術と認識されてしまった。
「違うって。あのボードには蒸気圧エネルギーを溜めたタンクを乗せてたんだよ。推進力にしてみようと取り付けたばかりの実験物だったんだから」
ドンと押されて司はまた転ばされた。
「いや、あれは絶対悪い魔術だったぞ!」
「そうだ!こいつは魔王と同じ黒髪なんだ、魔王の魔術に決まってる!!」
「痛ったた‥‥。あのねえ、これは街の工場で使われている動力なんだから魔術じゃないんだよ‥‥」
「違うね!オマエやっぱり黒妖精だ。みんなに言いつけてやろうぜ」
「コイツに近寄らない方がいいんだ。いくぞ!」
カラスのような黒色の髪に漆黒の黒目。
黒妖精と卑下しながら村の子供達は去っていった。
「‥‥僕だって魔法が使えるなら使いたいよ」
司は壊れかけたスケートボードを拾って丘の斜面に腰掛けた。
頬についた土を拭いながら蒸気機構を調べてみる。
「それにしても蒸気圧エネルギーは制御が難しいな。大規模圧力には向いているんだろうけど。小型向けの改良は時間がかかりそうだ‥‥」
研究に頭を回すことで、向けられた悪意を振り払ってはいるがしょぼくれている様子である。
この見た目のせいで村の中に友達と呼べる者はいなかった。
髪を染めてみてもすぐに落ちてしまうし、短髪にしても目の黒味は残ったままであるため半ば諦めている。
実質の精神年齢は高いため孤独には耐性があるものの、大人達からも村八分にされては気持ちの良いものではなかった。
「今は母さんがいるからいいけど、この世界で生きていくに僕は不利な存在なんだろうな‥‥」
自分の境遇を憂う日常が続いていた。
しかしこの日を境に、塞ぎこんで居た司にいくつもの出会いが起きる事となった。
遠くから長旅をしてきた様子の見知らぬ老人が丘の道を通ってきていた。
そして立ち止まって司に声をかけてきた。
「おや少年、そんな所で泣いていてどうしたのじゃ?」
とんがり帽子にひげを長く生やした老人は独特の雰囲気を醸し出していた。
初対面でもまるで昔から知ってくれているような大らかさを持つ声、自分の本質を根っこから見抜かれているような、とても深くて優しい目をしていた。
この世界の知識を深く、誰よりも長く追求し魔王討伐の第1部隊として先陣していた‥‥老人は自らを『賢者』と名乗った。
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