近代魔術は幻想のために ~理系勇者の息子は魔導×理工学で滅びゆく妖精族を救いたい
@Nanarikuroko
01 世界の平和と新世の子
-----長く続いていた暗黒の時代に光は差込み、そして世界には平和が訪れた-----
まるで終幕の締めくくりに使われるようなこの言葉が、本物語の一文目の文章に当てはまる。これは魔王に支配された悲惨な暗黒時代を乗り越えた異世界の新たな次世代物語である。
魔王によって絶望に覆われた暗黒の雲は流れ去って行き、雲間から眩しい光が世界を祝福するかのように差し込まれた。
妖精族と精霊達が起こした奇跡、
それは勇者達の勝利の表れ。魔物や霊体は日の光を避けるように地下深くへと潜っていき、地上は再び大地の恵みに満たされていった。そして魔界の境界は閉ざされ、大気に混じって流れ込んでいた魔力も途切れていった。
繰り広げられた激闘の様子はやがて武勇伝として語り継がれ、吟遊詩人は地球から召喚転移してやってきた勇者達の栄光を称え唄っていく。
平和な時代を謳歌する人間族は新たなる文明、産業革命という輝かしい時代の幕開けへと繋げて‥‥。
しかしその一方で、魔力を取り込む事が出来なくなった妖精族‥‥。彼らは魔力枯渇で衰えていく体を必死に支えながら、悲しみに暮れたまなざしを勇者達に残して深い森の中へと姿を霞めていく事となった。
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【新帝紀 第1年】
魔王討伐の翌年。元勇者の家には、窓から穏やかな日差しが差し込んでくる赤子の部屋があった。質素に見えて、家具はどれを見てもこだわりのあるドワーフ族お手製の立派な内装で出来た家である。
その高い工芸技術で造られた家具のひとつ、緩やかに揺れるゆりかごの中で一人の赤ん坊が静かに過ごしていた。いつも静かに目を開けて天井や周りをただ見続けている不思議な赤ん坊であった。
生まれて間もない赤子であるにも関わらず手の全くかからない。
赤子の近くで大人達の会話が行われると、まるで言葉を理解しているかのように話者に目を向けて聞き入っている様子があった。
その気色悪さは人を遠ざけていく。
それは赤子の見た目が原因であった。
この世界で忌み色とされる黒髪。
カラスのように漆黒で、紫がかった色に光を反射する髪色の赤子であった。
不幸なことにこの世界で最も嫌われている黒妖精族と同じ色である。
目の瞳の色までもが闇に飲まれそうなほどに黒い。
母と同じ色を受け継いでしまった子供。
偉大な力を持って世界を救った母とは違い、その子供の色はさらにひどい色で人を嫌悪させていた。生まれてすぐ乳母に預けて田舎へと避難させたが、手がかからない事をいいことに家政婦や使用人に至る誰もが近寄ろうとはしない程であった。
そんな心配をよそに王国から田舎の家に合流した母親はこの日、数日ぶりにわが子と体面する。そして生まれたばかりの赤ん坊に対して発する言葉とは思えない会話をこの日始めた。
『‥‥私の言葉がわかるわね?』
普段表情を変えない赤ん坊はその声、その言葉に驚いた様子を見せる。
『あなたに
それはこの世界のどの言語にも当てはまらない言葉での会話。
だが赤ん坊にとっては聞き慣れた元世界の言語、地球世界の日本語であった。
『司、アナタがどの時代、どの年齢から輪廻してきたのかは知らない。けど黒髪の子供が召喚勇者から生まれた場合は、前世の記憶を保持した地球出身者であることが仲間達の事例で判明しているわ』
この世界では10年前に勇者が何人も地球から召喚された。
彼らは転生ではなく、姿や生体を元世界から引き継ぐ【転移】という形で地球から召還されてこの異世界で生きている。
異世界の異種族間でも子供を作る事が出来ており、すでに勇者達数人の子供の中には司と同じように黒髪の子供が生まれていたのだった。そして誰の意図もなく、転移地球人から生まれる二世に【転生】が起きていた。
『それを踏まえて、今日だけこういう話をする。アナタに前世のどんな記憶が残っていて、どんな不遇な死に遭ったかは聞かない。別に言いたくなったら言えばいい。けれど‥‥』
その女性の強張っていた表情を見て緊張した赤ん坊は声を上げて泣き出した。
赤ん坊自身、自分が突然泣き出した事に驚いている。
それは新生児の脳と体の整理現象として引き起こされた反射的な赤子泣きであった。
滅多に泣く事がなかったゆえにそれはとてもとても大きな鳴き声で部屋中に響き渡った。
『‥‥最初にこれだけは言っておく』
母親は赤ん坊にそっと手を伸ばす。
そして頭を支え、体を抱き上げて、腕の中へと優しく迎え入れた。
『アナタは私の初めての子供。世界の誰よりも愛し、育てていきます。だから安心して、元気に成長してね』
大きな母の手は赤子を暖かく包み込み、そして頬にそっと口づけをした。
司は次第に心が落ち着いていき、泣き声も収まっていく。
周りの人間から見ると、どこかの異国の言語での会話であるため不思議に思われるだろう。この時は人も出払っていたため母親は無遠慮に話を続けた。
『司、アナタに私達の培った全てを伝えていくわ。魔術工学、魔紡演算‥‥。これからの異世界を生きる上でとても有利な知識と能力になるでしょう』
泣き止んだ赤ん坊を揺りかごの中に戻して、小さな指に手をを絡ませた。
『そしてきっと、この異世界に眠る幻想をアナタはきっと好きになる。だってとても神秘的で刺激的な世界だからよ』
世界を救った勇者の一人である母、
『そして願わくば、私たち勇者と
広い屋敷の中に二人だけしかいない昼下がりの午後。
暗雲の気配の消え去ったこの異世界の青空からは、淀みのない澄みきった空気が流れ部屋に満たされていた。
暖かく心地よい季節の風が二人を暖めていく。
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