第31話 悪霊に立ち向かう(後)

僕はもう一度大声をあげようとする。

でも、声は声にならない。「ア…ア…」という弱々しく震えた声しか出てこない。

この老婆は沓子を狙っている。でも、沓子守ろうとする僕をはっきりと見ている。

目元はぼやけてよく見えないが、この老婆は今僕を標的にしている。

老婆はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


この老婆に触れてはならない。


僕は誰か、と思う。誰か助けてくれ、と叫ぼうとする。しかし声にならない。

もう一度声をあげようとした一瞬、部屋全体が青く光りはじめた。

老婆の全身がおぼろげながらも顕になる。僕はもっと強く光れと思う。そうすると部屋は強烈な青白い光に包まれる。


老婆の姿がはっきりと分かる。そして僕は深く後悔することになる。

その老婆は、僕を正面から捉えて、確実に僕を見ている。そして強い意思で、僕を殺そうとしている。老婆は右手に包丁を持っている。老婆はこの光で、僕の位置を完全に捉えた。老婆はボロボロの薄汚れたビロードのようなものを羽織っている。

そしてこちらへ近づいてくる。


僕は動こうとするのだが、全く身動きが取れない。僕は何とか沓子を守ろうとする。沓子はもう足が完全にすくんでいて、立ち上がることができない。


老婆が振りかぶって包丁を僕に突き立てる。胸に包丁が刺さる。レモンにナイフを勢いよく刺したような、ざくっという音がする。痛みがあるのか、ないのか、よくわからなかった。しかし、おそらくしっかりと胸に包丁は刺さっているし、僕は老婆の白髪混じりの頭を見下ろしている。


強い呪いだ、と僕は思う。

この老婆は強い呪いだ、この老婆に意思は無い。誰かの強い呪いだ。でも、誰の?そして、どうして僕を殺そうとしている?


老婆が包丁を僕の胸から抜いた時、突然鋭い痛みがやってきた。その時に、ふと、幼少期に祖母から聞いた言葉を思い出した。祖母は「困った時に天狗を呼べ」と僕にいった。今の今までそんなことは完全に忘れていた。そのことを思い出した瞬間に、僕は目を覚ました。彼女のマンションだった。僕はソファにいた。


ものすごい量の汗が流れていた。夢だったのかと思ったけど、僕はそこに、まだ老婆の気配を感じていた。

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