第26話 感情を増やす(3)
ミユキさんが猫を殺しているのを知ったのは、彼女に穴が空いてから2ヶ月ほどしたときだった。
それを知ったのは本当に偶然だった。別荘のリビングで、僕はコイケさんが作った
くるみの入ったケーキと紅茶を飲んでいるときだった。机の上には1冊の本が無造作に置いてあった。何故それに注目したのかわからない。見落としてもおかしくない、いや、見落とされるために存在しているような本だった。それは日記のようだった。分厚いハードカバーの本で、いかにも日記という形に見えた。
僕はそれを手にとって開いてみた。
1ページには一行か二行ずつあった。日付けが変わるたびにページを変えているみたいだった。そこには庭に蝶がいた。とか、今日は暑くて汗を書いたけど、夜は涼しかった、など、本当に短い文章が書いてあるだけだった。
治療の一環として、誰かに書かされているのかもしれない、と思うくらい淡白なものだった。紅茶を飲みながらぱらぱらとめくっていると、突然びっしりと書かれたページが現れた。きっちり1ページの広さをまるまる使っている日記だ。
そこには、庭で猫を殺したということが書いてあった。日付けは7/11。一週間前だ。
...
夜、庭を見ていたら猫がいた。勝手に向こうの方からすり寄ってきた。
暫く猫をなでた後に、猫を殺したくなった。
まずは、後ろ足を本来曲がらない場所に曲げてやった。
枝の折れるような音がして、猫が叫んだ。
うるさかったので、猫の頭を殴った。
そうすると、猫は静かになって、ぐったりした。
後ろ足が変な方向に曲がっていた。
骨がむき出しになっていて、そこから少し血が流れていた。
首を掴んで、林の方に向かって猫を投げた。
猫はきれいな放物線を描いて、林の置くのほうへ飛んでいった。
学校のボール投げの5倍くらい遠くへ飛ばせたような気がする。
...
日記にはそう書いてあった。
僕は紅茶を飲み終えると、庭に出て、林へ向かった。この別荘は片側が道路に面しているが、その裏側は深い林になっている。入れるところまで林を分け入ってみたけど、猫の死体を見つけることはできなかった。
このことをコイケさんに伝えるべきか迷ったけれど、結局黙ることにした。それに、ここに書いてあることは、あるいは彼女の夢かもしれない。そうだ、これは彼女の妄想とか夢かもしれないじゃないか。彼女が猫を殺すなんてありえないことだ。それに猫とはいえ、華奢な体つきの彼女が骨をそんなに簡単に折れるはずもないし、ボール投げの5倍以上猫を振り投げることが出来るとも思えない。彼女にも特段変わった様子も無かった。
しかし、僕は最終的にあと2回、猫殺しの日記を読むことになった。
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