第141話 ロープ、ロープ!

「すごいね、二時間も馬乗りなんて出来ないよう、私」

「……そこ?」夫が眉間に皺を寄せる。

長年の恨みから夫をノコギリで殺害した妻が逮捕された事件。


八十代の夫の首を切りつけ、二時間の馬乗り。

その間、ずっと何を考え、何を思っていたんだろう?

暴言。忍耐した日々。溜め込んでしまったんだろうな。




「赤ちゃんなんて泣かせておけばいいから、先に旦那の事

をしなさい。昼間、一緒に寝ればいいんだから」

妊娠中、母親から唯一言われたアドバイス。二十七年前だ。


無理だよ。お腹空いて泣いてる子、ほっとけないでしょう!

無理だよ。オムツ替えてって泣いてる子、ほっとけない!


母親のアドバイスを頭の隅に追いやる。赤ちゃん優先。

夫のお弁当作って、朝食用意。寝不足でフラフラの中頑張る。


案の定、全てグダグダ。時間ギリギリで夫を送り出す。

流し台の洗い物を見ながら、泣き出す新米ママの私。

完璧な母親、ちゃんとした妻になりたかった。撃沈。


気持ちはロープ、ロープ! プロレスのロープブレイク。


赤ちゃんが泣いていても、お弁当優先。朝食優先。

もう開き直ってやってみる。夫には頼めない私。


夫がミルクを作ってあげている。うそ?

オムツ替えてあやしてくれている。マジ?


「夜中も起きてるから、昼寝しなよ! じゃあ、

行って来ます!」私を労ってお茶まで入れてくれてた。


関節技がとかれたような安堵感。

あの日からずっと、限界が来るとロープ、ロープ!


「チョコレート食べる?」

「お風呂ちょうどいい湯加減だよ、入っておいで」


仕事が忙しくて、疲れた顔のデバネズミに夫は優しい。

ロープって言わなくても、もう分かってくれる、今。


夫がロープに手をかけたら、休ませてあげたいな。


夫がしてくれた思い出だけを脳に刻もう!

ケンカした事は忘れよう。


だって、馬乗り二時間出来る自信がないデバネズミ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る