まして捕虜でもラヴ・コール
「ハドソン中尉からの連絡はまだか」
「応答がありません。GPSの座標を確認中ですが、位置情報の取得に手間取っています」
「
「おそらく」
「…クソッタレ」
レオはその辺の備品でも蹴り飛ばしてやりたい気分だった。代わりに小さくぼやいてみたものの、苛立ちは晴れず、むしろ増したように思える。
「中尉の奇天烈には慣れたつもりでしたが……今回ばかりは理解し難いですよ」
ぼやく通信部職員の顔もまた、余裕はない。レオもまた大仰なため息で答えた。
「同感だ。あいつは、敵味方問わず手の内を隠して行動する癖を直した方が良い」
「少尉、頼みますよ」
「俺が頼みたいくらいだ。本人を救出して直接説教でもしてやってくれ」
軽口を叩くものの、やはり焦りは消えない。通信室の中を行ったり来たりしつつ、時折状況の進捗を確認する。それくらいしか、今のレオにできることはなかった。
シスカがいなくなったことに気づいたのは、ちょうど今朝のことだった。
*
「フィッシャー少尉」
冷たいサンドイッチを咀嚼していると、テーブルに影がさした。見上げると、切れ長の目の凛々しい女性が、テーブルの向かいに立ってレオを見下げていた。
今日のレオは非番だった。かといって何があるわけでもないため、たまには一日なにもせず、ゆっくりからだを休めようと思い、兵舎に隣接する食堂で適当な朝食を摂っている最中のことである。
「ああ、ジョーンズさん。おはよう」
下士官とはいえ、自分より軍歴も年齢も上のアンナ・ジョーンズ上等兵だ。そしてシスカと仲がよく、悔しいが自分よりも彼女の手綱の握り方がうまい。
そんな理由から、階級が上であるはずのレオはなぜか、彼女にはさも自分が部下であるかのような態度を取ってしまっていた。
「シスカと一緒じゃないのに俺に話しかけてきたの、珍しいですね。何か用ですか? あ、一緒に食べます?」
「ハドソン中尉の居場所をご存知ありませんか」
「は? あ、失礼…今日は見てませんね」
アンナのキリッとした眉が、困ったように眉間に寄った。
「今朝起きたらいなくなっていたもので。てっきりあなたのところへしけこんでいるのかと思ったのですが…」
「ま…まさかさすがに、ソンナコトシマセンヨ……」
実は一度だけあった。とは口には出さない。
「そうですか、ありがとうございます。非番のところ失礼いたしました」
「い、いやこちらこそわざわざ…いつもシスカがご迷惑を」
「いえ、好きでやっていることですから。それでは、私は仕事がありますので、失礼いたします」
すたすたと振り返ることなく、アンナは去っていった。その後ろ姿を見送り、レオはまたサンドイッチに目を落とす。頬張り、氷混じりの冷たいレタス入りのサンドイッチをよく噛み、飲み込む。そしてもう一度、アンナの去った出入り口を見やる。
……たいへん嫌な予感がする。
*
というわけで非番を潰してシスカの居場所を調べたところ、倉庫の武器が複数消えており、代わりに「借りるわねxxx」とのお粗末なメモがあったと後輩から教えられ、慌てて通信室に駆け込み事情を説明したところ、基地内の監視カメラには上官の私物のバイクをころがしどこかへと向かうシスカの姿が映し出されていた。
そして現在、彼女の行方を目下捜索中というわけである。
「なんであいつ中尉になれたんだ……」
「なんだかんだで優秀ですからね、あの人」
だからといって、危険を冒すのはよろしくない。いちいちハラハラしなければいけない自分の身にもなってほしい。
レオはだんだんと心配よりも怒りの方が膨らんできた。こうなったら連絡取れ次第きつく叱ってやろう。そう心に決める。
「失礼しまっす、レオ…じゃないフィッシャー少尉、お電話です」
と、そこでヴィンスが入ってきた。手にはスマホを持っている。
「えっ?」
「食堂に置き忘れていたようですぜ。恋人から何件も留守電入ってるみたいだけ…うぉ!?」
「かしてくれ!」
ヴィンスからスマホを奪い取ると、ちょうど着信がかかった。わけがわからないと眉根をよせるヴィンスには構わず、レオは電話に出た。彼女の状況がわかるようにと、スピーカー再生にしておく。
「シスカ、どこにいるんだ!?」
『もう、今日非番なんだから電話くらいすっと出なさいよう!』
「えっ!? ああごめん!?」
あまりにもいつも通りな文句に、つい条件反射で謝った。その背後で、ヴィンスと職員が「またか」と呆れていることにレオは気付かない。
「今なにしてるの?」と世間話をされそうになったところで、レオは我に返り、語気を荒げた。
「聞きたいのはこっちだ! お前今どこでなにしてんだよ!」
『そんなの仕事に決まってるじゃない。ちょっと逃げてる途中よ。あなたは?』
「俺は…じゃなくて、急にひとりで行動するな! せめて相談しろ!」
『なあに、そんな切羽詰まっちゃって。もしかして仕事に嫉妬? あたしは仕事よりもあなたが好きだから安心してってば』
「いや嫉妬とかそういう問題じゃないんだけど!?」
と、シスカの声の後ろで怒鳴り声がかすかに聞こえた。心臓が嫌な跳ね方をする。
「頼むからどこにいるのか教えてくれ、すぐ行くから…」
『やだ、今日はやけに素直ね…嬉しい。捕まった甲斐があったわ』
「喜んでる場合じゃないよなお前。……えっ捕まった!?」
『普段は一緒に働いてるからやったことなかったけど…仕事中に電話っていうのもスリリングでいいわね』
「スリリングで済ますな、捕まったってなんだ!?」
『お仕事が終わったら、たっぷり二人で楽しみましょうね、なんて言ってみたり…!』
「そっそれはそうだけどとにかく場所を……」
「そうれはそうじゃねえわアホ貸せ」
後頭部にチョップをくらい、ついでにスマホを没収された。
振り返ると、ヴィンスがスマホを汚いものでもつまむかのようにして、親指と人差し指で持ち上げていた。
「ハドソン中尉、連絡くれたおかげであなたの居場所がわかりました。すぐ応援が行くと思うんでおとなしくしといてください。それと敵地にスマホ持ってくのやめてくださいあと上官のバイク勝手に使っちゃまずいですあんたいつか除隊させられますよ。じゃ」
『あらヴィンス!? えっなんでレオと一緒なのずる』
容赦なく通話を切ると、ヴィンスは勝手にシスカを着信拒否する。
「くれぐれも、帰ってくるまではこのままにしておいてくださいよ、上官」
「面目無い……」
と、いいつつレオはひそかに「お仕事が終わったら、たっぷり二人で」楽しむことが頭から離れなかったのであった。
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