ちなみにマグナムは未使用

「…まずいな、びくともしない」

「無線もだめみたい。助けを待つしかないわね」


 シスカのやけに冷静な声が、土壁に囲まれた狭い空間にこもった。対照的に、レオは自身の焦りを抑えるべく長く息をついた。

 

 レオたちは今、山間部の集落を占拠している、某国反体制派の掃討作戦の最中であった。どうやら炭鉱跡地で、村の人々や捕虜として捉えた難民への血なまぐさい行為が横行しているらしいとの情報を受け、急遽介入が決定したのだ。


 結果的に作戦は滞りなく遂行され、救助も完了してさあ帰ろ、という時である。


 生き残っていた標的のひとりが、坑道の中だというのによりにもよって爆弾で自害。

 撤退するも、崩れる土砂に巻き込まれそうになったシスカをかばいながら、レオはうっかり坑道の出口とは逆方向に避けてしまった。

 当然道は土砂で塞がれ、今に至る。


「水も…まあないよりマシか」

 ひとまず荷を降ろし、どれだけ保つのかを確認する。まさか閉じ込められるとは思いもよらなかったため、食料なんて持っていないうえ、水筒の中身もこころもとない。


「こう暗くちゃ気が滅入るわ。ライト下げるわね。あなたのは消しといて」

「ああ、頼む」


 シスカは土壁から飛び出す、折れた配管にライトのストラップを引っ掛けると、レオと向かい合って腰を下ろした。情けないことだが、薄明かりの中で確認できる落ち着きはらった彼女の表情が、レオの不安を幾分か和らげた。無遠慮に眺めていると、シスカが怪訝そうに近寄ってきた。


「どうしたの、ぼんやりしちゃって。大丈夫?」

「ああ、いや。……他のみんなは、無事だろうかと」


 適当な言い訳を取り繕うと、彼女は沈黙ののち、肩をすくめた。

「被害者は全員連れ出したはずだし、中で迷子になってる馬鹿さえいなければ、あたしたち以外は全員外にいるはずよ。それに、あたしたちが巻き込まれたのは知られているはずだし、きっとすぐに救助してくれるわよ」


 それまではここでゆっくりしていましょう。そんなのんきなことまで言いだすシスカに、レオは感心を通り越して呆れた。


「不安じゃないのか、崩れ方によっちゃ救助に数日かかるだろうし、このうろだっていつ潰れるかも…」

「その時はその時よ。作戦は完了したんだから、あたしたち以外に犠牲者がいないことを祈りましょ」

 その言葉に、自分のことでいっぱいいっぱいだったレオは自分自身を恥じ、目の前の彼女を軍人として尊敬した。


「…シスカ、俺は同僚として君のことが誇らしいよ」

「ふふ、ありがと…まあ、でも」

 彼女は付け加えた。


「でも、不安だったかもね…あなたがいなければ」

 言いつつ、手を握ってくる。

「あなたがいるから、落ち着いていられるのよ、なんてね」

「……」


 レオは構えた。おっと、もう流されないし狼狽えないし照れないぞ。

今は恋人としてじゃれあっている場合ではない。それをさっぱり塩味なんでもない風に伝えるのだ。

「にしても、少しくらいは心配を…した、方が…」

 

 結果だけいうと、失敗である。

 目を伏せるシスカの表情は柔らかかく、まるで世界一美しいものであるかのように、泥だらけの重なる手を見つめていた。


 惚けるレオの視線に気づくと、彼女は薄暗がりの中で少しはにかんだ。

「感謝しているわ。あなたがいるから、あたしは戦場も暗闇も怖くないの。あなたにとってのあたしも、そうであるといいのだけれど」


 例によって阿保らしい(自覚はある)やりとりに流れ込むかと思いきや、いつになくしめっぽい雰囲気をまとい出したシスカを目の前に、先ほどの決心はどこへやら、レオは狼狽えて身を固まらせた。


「な、なんか暑いわね、あはは」


 自分でもらしくないことを言ったと気づいたのか、シスカもまた落ち着かなげに手で顔を仰ぎ、着込んでいたユニフォームを脱ぎだす。ようやく我に返ったレオは慌ててそれを止めた。


「お、おいおい。ちゃんと着とけよ、怪我するかもしれないだろ」

「大丈夫よ。ていうかあなたも汗すごいわよ」

「えっ」

 指摘されると余計に変な汗が出る。


「なんか様子も変だし…あなたも脱いだら? 少しは楽に――」

「いやおれはいいあつくないからだいじょうぶ」

 提案を遮って却下、ついでにこちらの汗を拭おうと近づいてくる指を手で制す。


 心配そうに眉をはの字にするシスカ。それに空返事をしながら、レオは意識をなるべく彼女に向けないように目を逸らす。


 彼女は別に今、いちゃついてどうこうと考えているわけではないのだ。態度から察するに、一連の発言行動は100パーセント善意。下心なしの愛だ。ここはにっこり笑顔でありがとう、といえばいい話だ。

 むしろ自分が構えすぎ、意識しすぎなだけである。

 というか、いちゃついてどうこうってなんだ。どうもこうもない。

 どうもこうもしない。


 悶々と考えた結果、レオは気持ちを切り替えてシスカの方を向いた。


「ちょっと、本当におかしいわよ、レオ」

「のぁ」

 びっくりしすぎて呻き声しか出なかった。

 間近に彼女の顔が迫ってきている。思わず顔を背け視線を下げると、少し汗ばんだ首筋とタンクトップの襟ぐりから、微妙に主張している丘と谷。


 …参考までに、いつもレオの前で子供っぽい態度が目立つシスカだが、曲がりなりにも士官学校出の軍人。背もそれなりにあれば、鍛えてもいる。つまり普通にクールでホットでナイスなボディである。


 と、半ば現実逃避のように目の前の状況を分析したレオだったが、ぴたりと頬に密着する、湿気を含んだ細い手にぎょっとした。いつのまにか、レオのあぐらに乗り上げる勢いで、シスカがこちらを見下げている。


「あなた何か隠してない? 怪我してるならみせて」

「いやべつに怪我は…」


 触れられているから暑さが増すのに、指先の冷たい手が気持ちよくて、振り払う気になれない。


「じゃあなによ」

「だから何も…」

「うそ。体調悪そうじゃない」

「あちょっとそこ乗るなって」

「なに足? 足怪我してるの?」

「そっちじゃな…うわ見ようとすんな!」

「見なきゃわかんないじゃない! 痛いんでしょ!?」

「いや痛…まあ痛くなる…」

「だったら我慢しないであたしに見せて」

「見せっ!? くそ、このやろう…!」



_____________


「…こうして耐えられなくなった俺らのレオ・フィッシャー少尉は、強引にシスカ・ハドソン中尉を押し倒し、俺たちが必死こいて救助活動に及んでいる最中、ことに及んでいたのでした。めでたしめでたし」

「おいっ! 話を作るなヴィンス!!」


 時は移り男子兵舎にて。

 狭い室内に集まったむさ苦しい同僚共に取り押さえられたレオは、抗議の声をあげるものの、ヴィンスはまったく悪びれることなく言った。


「なんならお前、そのためにわざと逆方向に逃げたんじゃ」

「なわけないだろ!」

「ま、まあまあ、落ち着いてくださいよ。ヴィンスもそんなに煽るなって」


 こちらを宥めつつも、腕をがっちりホールドしてくる仲間たちを恨めしく睨むと、苦笑を向けられた。

「でもほら、実際どうなんですか? 時間でいうと一晩だけでしたけど」

「いやそんな状況でいちゃいちゃし出すのもおかしいですけどね」

「その気になっちゃったなら別に恋人同士だし、我慢することないですし」

「お前ら普段別に我慢してないしな…おいまて」


 ヴィンスが何か深刻なことに気づいたように眉をひそめた。

「お前らまさか…まだ…」

「うるさいな、関係ないだろ」

「えっじゃあマジで…」

「なにも言ってないわ変な誤解すんな」

「だったらあの時やっぱ…」

「どっちなんすかレオさん」


 完全にいじけたレオが沈黙を決め込んだ頃。


「で、どうなった?」

「なにがよ?」

「ヤったの? 返り討ちにしたの?」

「ふふ、それがそのあとレオったら――」

 女子もまた、話に花を咲かせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る