にぃに……抱っこです……
今日は白井家の我が家へ帰宅した。
当然ここでも大掃除になったのだがーー。
「おい夢奈? 大丈夫か?」
「はい……大丈夫です兄さん……」
「それは"兄さん"じゃなくて"掃除機"だぞ夢奈」
昨日のお仕置きと言う名の拷問を受け、夢奈は意気消沈としていた。
これなら今晩は大丈夫だろうが、今からの掃除はあてに出来ない。
「夢奈は少し休め。あとは俺たちでやっておくから」
「ですが兄さん…………いえ、そうですね。ではお言葉に甘えます。ありがとうございます兄さん」
夢奈は自分の部屋がある二階へと向かった。
桜空たちも流石にこれ以上は何かしようとはしなかった。
「桜空、柚空。流石にやり過ぎだぞ」
夢奈の姿が見えなくなってから、双子姉妹を軽く注意した。悪いのは夢奈だが、それにしたってあそこまでする必要はなかったからだ。
「だっておにぃが襲われてたんだもん!」
「にぃにのため……です……」
「まぁ……俺を思っての行動だったのはありがたいが……」
だがあの顔。
まるで魂が抜けかけたような顔は、かなり印象に残っている。
あんな姿は、一緒にお風呂に入らないと言った時以来だった。
「取り敢えず掃除だ! 夢奈がいないぶん余計に頑張るぞっ!」
「「おぉーー!」」
こうして大掃除第二弾が始まった。
しかしここで重大な問題にも気付いたーー。
「思い出が撮影出来ないじゃないかっ!」
「昨日ので十分じゃないのおにぃ?」
「昨日は昨日、今日は今日だろ?」
「にぃに。諦めて……やる……」
「そ、そんなぁ……」
夢奈がいないため、本日の家族思い出記録および妹成長記録が撮影出来ないのであった。
ーーそして消沈の中でも掃除は進んだ。
そしてようやくひと段落した時だった。
「にぃに……抱っこです……」
「お、おう……」
柚空は時々俺の膝に乗りたがる。
俺はそんな柚空を抱き締めて、頭をなでなでしてあげる。
人はこれを『抱っこなでなで』という。
「ん……気持ちいい……」
「そうか。髪柔らかくて、俺も気持ちいいぞ」
「結婚したら……毎日して?」
「い、いやそれは……」
こんな時でも結婚を迫る柚空。
応えてあげたい気持ちに駆られるが、それは絶対にダメなのだ。
「ああーーっ! また柚空が抜け駆けしてる!」
やはり双子のシンパシーなのか。
柚空の抜け駆けを察知した桜空が、その手に雑巾を持ったまま現れる。
「抜け駆け……じゃない。これは、ご褒美です……」
「なら次はボクの番だよ! 柚空は充分堪能してだろっ!」
「もう少し……」
「ダメぇぇぇぇッ!!」
柚空を半ば無理矢理に引き剥がす桜空は、雑巾を投げ捨てて俺の膝に飛び乗った!
そして胸に顔を埋めて、まるでマーキングでもするかのように体を擦り付ける!
「お、おい桜空……」
「ほらおにぃも、ボクの頭なでなでしてよ!」
「はいはい。よしよし……」
「えへへ……」
「む…………」
桜空は喜び、柚空はどことなく不機嫌になる。無表情だけどよく分かる。
偽妹との板挟みで、俺は一体どうすれば良いのか!
「私も……兄さん……」
ーーと、いつの間にか三人目の偽妹がご登場です!
「兄さんの抱っこなでなでを、私にも」
「だ、大丈夫なのか夢奈?」
「だめです……なので、お願いします兄さん」
どうもまだ本調子ではないようだ。
俺の抱っこなでなでで、夢奈が元気を取り戻すのならやろう。
いや、寧ろ俺がなでなでしたいんだっ!
「よし、おいで夢奈。桜空はもう終わり」
「ええぇぇぇぇ…………」
「早く退いてください桜空。兄さん、お願いします」
桜空はしぶしぶ膝の上から降りた。
少し不満気ではあるが、昨日の件も尾を引いていたのか納得はしているようだった。
「ほら夢奈」
「ん……はい、兄さん」
夢奈は俺の膝に座って、体を預けてしなだれる。俺はそっと夢奈の頭に手を添えて、髪が乱れないよう気をつけながら撫でる。
「よしよし……」
「…………」
ーーさわさわ。
「少しは元気出そうか?」
「はい。兄さんの手、ぽかぽかします」
ーーさわさわさわさわ。
「そうか。それは良かった」
「ありがとうございます兄さん」
ーーさわさわさわさわそわそわ。
「ところで俺の膝をさわさわするのやめてもらえるか?」
「…………」
「夢奈……お前もう元気だよな?」
「も、もう少しだけーー」
「また二人に折檻されるぞ?」
「それはいやですね。でも流石に折檻は言い過ぎです兄さん」
ようやく手を止めた夢奈は、名残惜しそうに体を離す。
昨晩の二の舞にはなりたくないのだろう。
「にぃに。次は柚空です……」
「おにぃ。ボクが一番短かったかからボクにして!」
「あっ! それなら私もお願いします兄さん♪」
誰かがされれば次は自分という悪循環が生まれ、その後は三週ほど『抱っこなでなで』する事となった。
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