憑き物という名の、守護霊

kino

第1話 宵野間 葵殺人事件  その1

母からの電話でそれを知った。

葵先輩が交通事故で亡くなった、と。

それを聞いた瞬間、葵先輩と過ごしてきたこれまでの日常が、果てしなく遠くなったような気がして夏の暑さを忘れ、僕はただ呆然とした。

室内には、母からの声だけが響いていた。



葬儀の時、葵先輩の両親に久しぶりにご挨拶をした。両親とは、小学生の時からの付き合いで遊んでいたため、よく先輩の家に来ては、色々お世話になっていたが、大学生になってからは家に伺う機会がなくなり、顔を合わせた時両親の憔悴しきった顔に胸が痛んだ。

「…勇希君か、久しぶりだな」

「お久しぶりです。高校生以来ですかね。正直、今なんて言っていいか」

「ああ、うちの娘がな。トラックにひかれて地面に頭を打って死んだようだな。最近帰ってくるのが遅かったから注意はしたんだが。もう少し強く言ったほうがよかったのか」おじさんは自分自身を責めるように顔をしかめた。

「いえ、おじさんは何も悪くないですよ。でも、何で遅かったんですかね」

「バイトだ、とかは言ってたが、早紀江からは何も聞かされていなかったようだ」

おばさんは虚ろに佇み、ずっと泣いていたため話を聞きづらかった。

「いつ、亡くなったんですか」

「六月の下旬あたりだったかな」

「警察はどうやらひき逃げで捜査してるみたいだ。葵がひかれた際にトラックを置いて逃走したようだ。俺は、犯人を許さない。もし叶うならこの手で奴を…」

おじさんは悔しさをにじませるように拳を強く握った。目には憤怒の色を見せていた。

遺影を改めて見ると、そこには眩しいくらいの葵先輩の笑顔があった。一緒にいるときに僕に向けてくれる笑顔が、今は心を痛めるだけだった。僕には葵先輩の死を受け入れることができなかった。



それからというと、葵先輩との思い出を辿るように様々な場所に行った。

大学の入学祝いに食べに行ったファミレス、よく帰りに雑談を楽しんでいた喫茶店。たまに一緒に食べることもあった大学の食堂やショッピングモールなど。

もしかすると、葵先輩がいるかもしれない、というかすかな希望は脆くも砕け、儚く消えるこの想いにがどうにも虚しく感じてならなかった。

最後に先輩に会ったのは、六月二十日、ここ数週間くらい忙しいのか中々会うことがなかった先輩と一緒に帰ることになった時のこと。


「勇希君、二週間ぶりだね」バスの座席で、隣に座ってきた女性に声をかけられた。その人は変わらぬ笑顔で僕にそれを向けた。

「葵先輩、久しぶりっす。最近忙しいんですか?」

「うん、ちょっとね。部活の方で立て込んでて」

「オカルト同好会でしたっけ? 先輩にしては変わったところに入部してますよね」

葵先輩はバックを膝に乗せ、両手で抱えながら上の方を見ていた。

「まあね、でも元々好きだったし。大学では違う部活に入りたかったから」

「先輩は剣道部というイメージが強いんで意外でした」

「ははは、勇希君こそ。中学・高校と剣道部だったじゃん」先輩と仲良くなりたいから入部したとは、口が裂けても言えなかった。

「バイトが忙しくて。それに僕は万年補欠でしたから。先輩がすごすぎるんですよ。よく入賞してましたから」

先輩は手を振って「そんなことないよ」と言っていたものの、まんざらでもなさそうだった。

そうこうしているうちに、バスは駅手前の停留場に着いた。

先輩と構内で別れる際に、改札に向かう先輩に一言。

「今度、夏休み海行きましょうよ!」

「うん! じゃあね、勇希君!」

先輩が人混みに消えていくのを眺めながらも、一瞬、悲しそうな表情を浮かべてはすぐに笑顔で消した、先輩の表情に違和感があってずっと心に残っていた。


あの人は何を伝えたかったのか、いまはもう分からない。

ただ少なくてもあの日以来、葵先輩に連絡しても一切返信が来なくなった。

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