悪役令嬢は第四の壁をぶち破る。

狐花

ダーク乙女ゲームなファンタジー異世界裁判

「リリア・ラべンヌ。俺は今この時をもって、お前との婚約を破棄する!!」


 これはとんだ茶番劇だ。


 ディーン王国が誇る、王立魔法学園。

 そのパーティーホールで行われた、第二王子〈ラハルド・ディーン〉と公爵令嬢〈リリア・ラベンヌ〉の婚約披露パーティー。

 主役の一人であるにも関わらず遅れて到着したラハルドは、婚約者のエスコートもせず堂々たる態度で婚約破棄を言い放った。

 その隣には男爵家の令嬢〈アンリエッタ〉がいて、辛そうな表情を浮かべている。


 ……まあ、その公爵令嬢が私なんだけど。


「理由を教えてください殿下」

「理由だと? 決まってる、お前がここにいるアンリエッタに対して酷い虐めを行ったからだ! 一歩間違えば彼女は死んでいたんだぞ!! それだけでなくとも、お前は公爵令嬢であることを良いことに言いたい放題我が儘を言って周りを困らせ、自分に逆らう者や犯した悪事をその権力を使って握り潰す最低な女ではないか!」

「私がいつそんなことをしたと? 一切身に覚えがありませんが?」

「見苦しい真似はよすんだリリア君。こちらには君のやった悪事の証拠が揃っている!」

「………アンリ殿を虐めていたことに関しても……君の取り巻きだという人達から……証言を得ています……」

「それに、あんたがアンリの背中を押して階段から落とした所を見ていた生徒もいたんだぞ!!」

「これだけ証拠や証言があるのです。無駄な抵抗はやめなさいラベンヌさん」


 二人の後ろにいた"宰相"や"魔法師団長"、"隣国との国境を守る辺境伯"の息子達や"アンリエッタの担任教師である伯爵家の次男坊"がこちらを睨み付けながら言う。

 彼らの手には紙の束があり、それが証拠や証言をまとめた書類なのだと一目でわかった。


「残念ながら本当に身に覚えがありません。私に取り巻きなどおりませんし、彼女を階段から落とすなどと言う恐ろしいこともしておりません」

「嘘を付かないでください!!」


 それまで大人しく話を聞いていたアンリエッタが叫ぶ。


「階段から落とされる時に、私見たんです! あれは間違いなくラベンヌさんでした!!」

「目撃証言だってある。言い逃れは出来ないぞ!!」


 そう言って、こちらを睨み付けるように見るラハルド。

 他の子息達も二人の隣に並ぶようにして前に出た。




 ああ、本当につまらない茶番劇だ。

 私に冤罪をかけるとでっち上げられた証拠や証言を信じて私を糾弾してくる達。

 この後の展開なんて簡単に予想ができた。

 私を騎士達に捕まえさせ牢屋に閉じ込め、後日処刑をする。

 偽の証拠を信じた王様や宰相様によって決定が降りる予定なのだろう。

 そしてヒロインによるで締め括られる。


 本当にバカバカしい。

 今となっては、ここはゲームの中の世界ではないと言うのに。






 ねぇ、もそう思うでしょう?






 …………あら、分かり辛かったかしら?

 わざわざ強調して言ったのに。

 そう、これを見ているであろう《あなた》よ。

 と言っても、私の方からでは《あなた》達を見ることはできないんだけど、恐らくこれが『悪役令嬢モノの小説かなにか』だと仮定して話すわね。

 そして、そんな《あなた》達に一つ質問をします!




『こんなありきたりな茶番劇を見ていて、あなた達は楽しいのかしら?』




◆◆◆◆◆


 身の上話に付き合わせて悪いけど、少し聞いて欲しいわ。


 私は所謂『転生者』と呼ばれるものよ。

 前世では病弱過ぎて一年中病院で過ごしていたの。

 個室だったから一人だったし、小さい頃からそんな状態が続いていたから図書室の本も読み飽きてしまっていた。

 ああいう所ってあまり新刊入らないのよね~


 そんな私が一番ハマっていたのが、所謂『乙女ゲーム』や『悪役令嬢モノの小説やマンガ』だった。

 その存在を知ったのは、図書室にあるパソコンで調べものをしていた時に出てきた広告からだ。

 それは悪役令嬢モノのコミカライズ作品の広告で、無料で何話も読むことが出来たので読み進めているうちにハマってしまっていたのだ。

 その後両親に頼んでゲームや本を買ってもらい、一日中遊んだり読み漁ったりしていた。

 それらの一部原作がネットで読めることを知ったときには、スマートフォンを買ってもらって小説投稿サイトで読んだりもしていたわね。

 そうして私は、病気が進行して死んでしまうまでの間、乙女ゲームと悪役令嬢にどっぷりハマっていったの。

 その時に一度だけ思ったことがある。


『私もこんな世界に生まれ変わってみたいな』


 死ぬような思いをするのは嫌だが、それでも楽しそうだと思っていた。

 そして……自分があまり長く無いという事も何となくだけど分かっていた。

 だからこんなバカな考えをしたのだろうと思う。


 さて、実際にそんな『乙女ゲーム』の『悪役令嬢』になれた訳なんだけど、これがもう最悪。

 私が転生したのは『ノーブル魔法学園~愛と憎悪の転生劇~』と言う乙女ゲームだった。

 なぜ最悪なのかと言うと、そもそもこのゲームはあまりにも不評過ぎて、すぐに販売停止となった曰く付きの乙女ゲームだからだ。


 内容は現代から転生した男爵家のヒロインが、あの手この手を使ってライバルの悪役令嬢を陥れながら攻略対象を攻略する恋愛シミュレーションゲームだった。

 言い掛かりや冤罪は勿論、魅了や催眠系の魔法まで使ってライバルを陥れ攻略を進めていくヒロインに誰もが嫌悪した。

 勿論、私もその一人ね。

 そもそも、何でこんなゲームを作ろうと思ったのかしら?




◆◆◆◆◆


 と言う訳で、今の私はそんな最悪なゲームの悪役令嬢の一人、リリアに転生していた。


 ………ここまで読めば大体分かったかしら?

 そう……私は今、ヒロインによる冤罪で処刑されかけているのである。

 それも攻略対象を手にいれるだけの為にね。

 つまり、これが俗に言う断罪イベントというやつなのよね~


 ホント、最悪の茶番劇よね?


 そして、彼女がやろうとしているのは恐らくハーレムエンドならぬ『』だろう。


 …………ああ、そう言えば言ってなかったわね。

 このゲーム、ハッピーエンドは無いのよ。

 あるのは攻略対象の誰かと付き合う『バッドエンド』と通称ハーレムエンドの『メリーバッドエンド』、そしてヒロインが誰とも付き合えずに終わる『ゲームオーバー』だけ。

 勿論、ゲーム内でそう表記されてるわ。

 ……正直、頭おかしいんじゃないかしら?

 だから公式は病気とか言われるのよ。


 噂によると、ヒロインが断罪される『トゥルーエンド』があると言われていたわ。

 だけど、私が死ぬまでの間に到達できたといった話は一切無く、ネット上ではただの都市伝説だと言われていたわね。

 その噂の出所がゲームの公式サイトにあるミニコーナーからなので、本当の所はどうなのか分かってないらしいけどね?


閑話休題


 メリーバッドエンドは攻略対象者全員の好感度を85%以上にすることで到達できる。

 ゲームでは、このパーティーの前に彼女の下に彼ら全員が来れば成功だとわかる様になっていた。

 確か表記は『結婚したがっている』とかだったはずよ。

 ただ、残念ながら彼女はわ。

 フフフッ……さて、どうしてでしょう?



「もういい! 騎士達よ、リリアを捕らえて牢屋に連れていけ!!」


 ラハルドが叫ぶと、会場にいた騎士達が互いに目を会わせながら迷っている。

 ……正直、これは少し予想外ね。

 どうやら第二王子の命令とは言え、公爵令嬢である私に対して直属の上司の命令でもないのに下手なことは出来ないみたいだ。


「おい、どうしたお前達!! 俺の命令が聞けないのか!?」

「ここにいる騎士の方々は貴方直属の近衛騎士ではありませんもの。いくら王子の命令とは言え私を捕まえることなど出来ませんよ?」

「そうか、分かったぞ! あの女が騎士達を買収したんだな!!」

「なるほど、それならば彼らが動けないのも納得できる」


 辺境伯の息子と宰相の息子が的外れなことを言い出した。

 まったく、思い込みで話をしないで欲しい。

 彼らはどうしても私を悪女にしたいみたいね。


 さて、どうしましょうか?

 騎士達を動かせないのは正直私達としては予想外だったのだけれど、ここからどうやって話を進めれば良いと思う?


『誰かが助けてくれるのを待つ?』

 残念ながらそんなフラグは建てていないわ。

 友達は少なくない方だけど、今のこの状況で私を助けるのは難しいでしょうし。

 そもそも私、ヒロインともまともに絡んだことすら無いのにこんな目に遭ってるのよ?

 正直、他の生徒からしたら訳がわからない状況よね。


『とりあえず逃げる』

 そんなことしたら自分に非があると言ってるようなもんじゃない。

 それこそ騎士に取り押さえられるわ。

 これはダメね。


『攻略対象者達やヒロインを言い負かそう!』

 向こうがこっちの話を一切聞いてくれない状態だから正直無理ね。

 話し合いはできないと思った方がいいわ。


『諦めたら?』

 嫌よ!!

 せっかく楽しい二回目の人生を送れてるのに!!

 こんな事のせいで手放したくなんてないもの。


『魔法学院の生徒ならなんか魔法使えないの?』

 私が使える魔法は火の魔法と日常的に使える汎用魔法だけよ。

 この状況を打破出来るような魔法はないわ。

 瞬間移動とか透明化の魔法とか使えれば良かったんでしょうけど。


『攻略対象者達ってヒロインの魅了とか催眠系の魔法かかってるの? それを解除できればなんとかなるのでは?』

 残念ながら今はかかっていないでしょうね。

 あれはちょっとずつ自分の印象とか言葉を相手に刷り込んだり、信じこませたりする為の魔法だから。

 魅了や催眠を無効化する魔法も覚えてはいるけど、今更使っても意味がないのよ。

 やるなら、それこそ入学当初ぐらいから対策してないとね?


『泣いてみるとか?』

 それで解決するならやるけど……まぁ無理でしょうね。


『やっぱり諦めたら?』

 だから嫌だってば!!

 それこそ泣くわよ!?


『助けを求める!』

 誰に?

 そもそも、さっきも言ったと思うけどこんな状況で御都合主義よろしく私を助けられる人なんているわけ―――――


「待ってください! リリア様はそんなことしておりません!」


 居たーーーーっ!?!?

 えっ、な、なんで? というか今の声って……


「誰だ!?」

「私です殿下、ノルンです!」


 そう言って一人の少女が現れ、私を庇うように前に立つ。


〈ノルン・メルティア〉

 前世を合わせて、初めて出来た私の親友。

 彼女は伯爵家の長女である為、王子とも面識があるわ。

 そして、もう一人の悪役令嬢でもあった。


「何の用だノルン!! まさかその女を庇うつもりか!?」

「はいそのつもりです」

「ノルン……」

「よすんだ、メルティアさん!」

「そうだ! こっちには証拠もあるんだぞ!!」

「その証拠が全てでっち上げだとしたらどうだ?」


 また増えたんだけど!?

 ちょっと、どういうことよ?

 どこでこんなフラグ建ってたの?

 誰か教えて!?


「ウルガ、お前までなんだ!?」

「それにでっち上げとはどういう事だ!!」

「今言った通りさ。リリア嬢に関するそれらの証拠や証言はでっち上げられたものだ」


 そう、ハッキリと言い放った一人の青年〈ウルガ・オルトロ〉。

 王国騎士団長の息子にしてノルンの幼馴染で婚約者である。


 さて、もう分かったかしら?

 なんで私がハーレムエンドを迎えられないと言ったのか。

 答えは超簡単!

 ウルガが攻略対象者であり、アンリエッタに攻略されていないからよ!



 学院に入学してから約一ヶ月ぐらいが経ったある日、ノルンから「最近ウルガ様の様子がおかしい気がするんです」と相談をされた事があった。

 流石は幼い頃から一緒にいるだけの事はあると、あの時は思ったものよ。

 私とラハルドとは大違いよね!

 相談をされた私は、魅了や催眠等を無効化するネックレスを作って彼女に渡した。

 そして、それは予定通りウルガの手に渡り、アンリエッタからの精神干渉を受けなくなったの。

 つまり、単純な恋愛勝負になった訳ね。

 まあでも、ハーレムを目指してリアルタイム八方美人プレイしているアンリエッタなんかよりノルンの方がどう考えても圧勝だったわ。

 幼馴染と言うアドバンテージもあるし、そもそもウルガに対する彼女の愛の大きさに勝てるはずもなかったわけよ。


 ……でもまさか、それが私の救援フラグになってるだなんて全く予想もしていなかったわよ!?


「証拠はあるのか!? 我々の持つこの証拠や証言がでっち上げだと言う証拠が!!」

「あるぞ、ここにな!」


 そう言ってウルガが、彼等の持っている物と似たような書類の束を見せる。

 あれがでっち上げの証拠?

 一体何が書かれてるのかしらね?


「なんなんだそれは?」

「学院にいる俺やお前達以外の全生徒の証言をまとめた書類さ」

「殆どの方々がリリア様の無罪を主張してくださいました! それに、アンリエッタ様が虐められていた件についてはまったくの出鱈目であることも分かりましたよ!」

「そんな馬鹿な!?」


 宰相の息子が声を上げ、ウルガから書類を奪い取ってその全てに目を通していく。

 そして、自分が持っていた書類と見比べ始めた。

 おそらく、証人の名前を確認してるんでしょうね。


「な、なぜだっ! なぜ証言が変わっているのだ!?」

「だから何度も言っているだろう? でっち上げだとな」

「馬鹿を言うなっ! 我々はしっかりと証人に話を聞いた上で書面にしているのだぞ!! もし本当にそうであるなら、彼らは虚偽の証言したことになる!」

「日付は確認したか?」

「ああ、勿論したとも。日付は全て我々の証言よりになっていた。だから、余計に訳が分からない!!」


 書類の日付が後になっているということは、証人が証言を覆した事になる。

 それも加害者だと思われている私に対して有利な証言に。

 彼等からしたら裏切られたも同然だと思うけど、そんな事を証人になった生徒達ができるはずがない。

 だって……相手は王子や宰相子息といった最高権力者の息子達なのだから。

 彼等を裏切ったり陥れたりすれば、最悪の場合、御家取り潰しや処刑をされてもおかしくはないものね。


 まあ、実際は洗脳か催眠系の魔法を使って嘘の証言をさせていたのでしょうけど。

 証言が変わっているのはその魔法が解けたからね。

 他人の認識を書き換えるにはどうしても時間がかかるから、一瞬で洗脳できるタイプの魔法を使ったのだろう。

 ゲームの方にもあったけど、そういうのって手軽に使えるせいなのか持続時間が短いのよね~

 だから、さっきまで仲の良かった攻略キャラが突然豹変したりすることが多々あったわ。

 ……あのゲーム、変な所でリアルだったのよね。


 なんて考えていると、ノルンが口を開く。


「それに対して、こちらから証人を出させていただきたいと思います」


 その声に反応して、また一人生徒の足音が聞こえた。

 いつの間にかどんどん裁判じみたことになってるんだけど……

 でも、なんだか楽しくなってきちゃったわ!

 さてさて、今度は誰が出てくるのかしらね~?



「どうもどうも~! 呼ばれて飛び出て参りました。王立魔法学院の唯一にして随一の情報屋さん、エルル・ルベンティーナでございますですよ?」


 そう言いながら現れた白髪金眼の少女、エルル・ルベンティーナ。

 学園の管理を任されているルベンティーナ伯爵家の四女であり、学園の情報通。

 あなた達の世界である現代風に言うと、学園長とか理事長とかの娘ね。

 学園の事に関して彼女に解からない事は殆ど無いと言われている、私の友人の一人だ。


 勿論、彼女もゲームに登場しているわよ?

 主人公のお助けキャラとしてね。

 でも、主人公が転生者って設定だからか、キャラが薄くて立ち絵すら用意されてなかったわ。

 名前も〈情報屋〉ってだけだったしね……

 確か、進め方によっては彼女と一切関わらないでクリアする事もできたはずよ。

 だって、主人公自身はゲームの内容を全部知ってるのが前提だからね。

 ……でもこの世界の彼女はかなりキャラが濃いわ。

 そもそも、学園長の娘って何よ!?

 そりゃ、情報通にもなるわよねって納得しちゃったけどさ!

 しかも性格も意外とハチャメチャな為、良くも悪くも学園の有名人の一人なのよね。


「ルベンティーナ君が証人だと?」

「はいはい、そうなのでございますよ宰相子息様。ワタクシが今回の問題に関するなのです!」

「重要参考人……?」

「はいそうです! まず初めに、そのリリアさんが虐め等をしていないと言う証言を集めたのはこのワタクシなのですよ」

「君が!?」

「yes! いやはや、全員の証言を集めるのは流石に骨が折れましたよ? まあでも、これでその証言が本物だと理解していただけるでしょう?」

「ぐっ……」


 宰相の息子が言葉を詰まらせる。

 それも仕方ないわよね。

 エルルの“情報”は信憑性の高いものばかりだ。

 低いものに関しては、まだ調査中だったりで途中経過しか話せないかららしいわ。

 これが“噂”とかになると途端に信用できなくなるんだけどね……


閑話休題。


 「情報は正確にがモットーです!」が彼女の口癖であり、行動理念であることをほとんどの生徒が知っている。

 そんな彼女の集めた証言が嘘な訳が無い。

 事実、今まで彼女のもたらした情報には一切の嘘もないのだから。

 この場にいる生徒のほぼ全てがそう理解し、口を出せないでいた。




【ただ一人を除いて】




「それじゃあ、私達が集めた証言は何だっていうんですか!? 証言をしてくれた人達が嘘をついたって言うんですか!? それとも私達が嘘をついているとでも言うんですか!? それはあまりにも不敬じゃありませんか!?」


 ヒロイン、アンリエッタが捲し立てる様に叫んだ。

 そしてその叫びと同時に、ほんの一瞬だけ瞳が光ったのを私は見逃さなかった。


「そうですよねラハルド様!!」

「…………うむ、そうだぞルベンティーナ! こちらの証言についてはどう説明をするのだ? でっち上げだと言うのなら説明をしてみせろ!!」


 アンリエッタに見つめられたラハルドが自身のポケットを探りながらエルルに突っかかる。

 ……多分、あれは魅了の魔法だ。

 どちらかと言えば魅了の魔眼かしら?

 あの状態の彼女に見つめられると、彼女の言葉が、行動や仕草が、そして存在が自分の心に刷り込まれていく。

 彼女が全て正しいと思えてしまう。

 まさに『恋は盲目』。

 しかも、質の悪い事に同姓にもある程度効果があるのよね。

 ……念のために魅了と洗脳無効のアクセサリーを持ってきて正解だったわ。

 っと、そんな事より彼女に見つめられ続けてるエルルは大丈夫かしら?


「ふむ、なるほどなるほど~。こうなる訳ですか」

「何がなるほどなんだルベンティーナ君」

「いえいえ~。ちょっとカラクリが解った様な気がしまして」


 そう言いながら私に向かってウインクをするエルル。

 その意味をなんとなく理解した私はホッと息をついた。

 どうやら効いて無いみたいね。

 私みたいに何か対策用意してたのかしら?

 それに、どうやら魅了の魔法についても気付いたみたいよ。

 ……いや、あの娘の事だから確証がなかっただけでとっくの昔に気が付いていたのかもしれない。

 どこかつかみどころのない娘だから、それぐらいはあり得そうなのよね。


「さてさて、証言について語る前にですね? ワタクシがまとめた情報についてお話してもよろしいですか~? まあ、ダメと言われても話すんですけどね?」

「いいから早く話したら?」


 早く話し始めないエルルに対して、つい素のままの口調で話しかけてしまう私。


「口調か乱れてますですよリリアさん」

「貴女のそのおかしな口調よりは大分マシだと思いますが?」


 口調を戻しつつエルルに皮肉を言ってみる。

 言われた本人はどこ吹く風だけど。


「おい、早くしやがれ!!」


 この中で一番気性の荒い辺境伯の息子が我慢できずに声を上げた。

 そんなんだから、ただでさえ評価の低いこのゲームの人気投票で最下位になるのよ貴方。


「ではでは、お話ししますです。まずワタクシの調べた結果、リリアさんとアンリエッタさんには一切接点が無いことがわかりました。これはリリアさん本人にも確認しておりますです」

「確かに聞かれました。私は彼女の事は存じ上げてはおりましたが、直接会ったりお話をしたことは本日この時まで一切ありません」

「いろんな生徒に聞いて回りましたが、二人を結びつける証言はありませんでした。この時点でリリアさんが彼女を虐めたことは無いと言えますですよね?」

「それは、彼女が取り巻きたちに命令をして虐めを行っていたからだ!! 現に、取り巻き達からの証言を得ている。虐めをした罪に耐えきれなくなったと言っていたぞ?」

「その取り巻きだと言っていた方達の事、ちゃんと調べましたか~? ワタクシが確認したところ、全てリリアさんを毛嫌いしている生徒や別の派閥の生徒ばかりではないですか~」

「なっ、なんだと!?」


 この辺はゲーム通りなので私は特には驚かない。

 ゲームでも、悪役令嬢を嫌っていたり対立している派閥の生徒を洗脳して証言をでっち上げていた。

 わざわざそんなことをしたのは、もしも嘘だとバレても自分に被害が及ばない様にする為ね。


「つまり取り巻きどころか知り合いですら無い可能性がある訳ですよ! そんな方達がアンリエッタさんを虐めていたとしても、リリアさんには一切非は無いですよね~? というかそんなことをする理由が無いですよ」

「……理由ならあるだろう。自分の権力や利益の為の醜い嫉妬という理由がな。 俺がアンリエッタに惹かれていると知ったから、彼女を排除して婚約者の座を奪われない様にするつもりだったのではないか?」

「そんな事実は一切ありませんですよ? それともリリアさんに直接そう聞いたのですか? 聞いてませんよね。ただの憶測で話をややこしくしないでもらえませんか?」

「おい、流石に不敬だぞ!?」

「おっとっと、これは申し訳ないです。こんな方でも、相手は王族であらせられる第二王子殿下ですもんね。物理的に首が飛んでしまうですよ」


 キレるラハルドとヘラヘラしているエルル。

 今のこの二人って相性最悪なんじゃないかしら?

 まあ、エルルが殺される心配は無いでしょうけどね。


「さてさて、これでアンリエッタさんを虐めていた事実はなくなりましたよね。まあそもそも、リリアさんは公爵令嬢ですから男爵令嬢であらせられるアンリエッタさんを虐めていても、あまりおかしくはないはずなのですが。感情とか恋愛って言うものはホント面倒臭いですよね~」

「ならば彼女が行った悪事に関してはどうなのですか、ルベンティーナさん」


 アンリエッタの担任教師が言う。

 そう、それよ。 私悪事とか働いた覚えないんだけど?


「悪事ですか~。具体的には?」

「主に教師への賄賂と成績の改竄。教室やお茶会用のサロン等の学園内施設の私物化。他にも、色々と街の方で詐欺まがいの商売を行ったりと、黒い噂があるではないですか。これらに関する証拠もこちらにはあるんですよ!」


 何よそれ。

 賄賂とか改竄とか一切頼んだ覚えはないし、学園内の施設を私物化なんてしたことないわよ?

 一体どこからそんな出鱈目が……

 後、商売とかは真っ当なもので詐欺まがいなことなんて一切してないんだけど!?

 確かに前世の知識を少し使ってるからチート染みてはいるかもしれないけど……

 噂だって、やっかみとかが理由の根も葉もないものばっかりだし。


「賄賂や改竄、教室等の私物化ですか……これに関しては情報屋エルルとしてではなく、学園の管理者であるルベンティーナ家の四女として言わせてもらいます。そのような事実は一切ありませんです。もし本当にそのようなことが行われていた場合、該当する教師と生徒を即刻厳罰に処しておりますゆえ」

「なぜ言い切れる!?」

「言い切れますとも。ワタクシは人の嘘を見抜く魔法が得意なのです。そんなワタクシがそれらの不正に気付かない訳が無いのですよ?」


 嘘を見抜く魔法が得意だとエルルは言ったが、あれはそんな生易しいものじゃない。

 あれは完全に読心の魔法よ!

 あの娘に嘘や誤魔化しなんかは一切通用しない。

 前に、彼女の誕生日にサプライズをしようとした時も一瞬でバレちゃったしね。

 その時は流石に気まずそうに苦笑いしてたけど。


「ともかく! そのような不正はございません。街の噂に関しても嫉妬ややっかみによるものでしたしね。はい、というわけで悪事に関しても出鱈目でした~」

「………それなら……アンリ殿を階段から突き落とした件は……?」

「そうですよ! 私、ラベンヌさんに突き落とされたんですよ!? 私ははっきりと見てますし、目撃証言だって――――」

「それに関して何ですがね?」


 魔法師団長子息の疑問に便乗して吠えるヒロイン。

 しかし、それを遮るようにエルルが話を進める。


「誰も。本当にだ~れも目撃者がいないんですよ」

「そんな訳ないです! だってちゃんと……っ!」

「ちゃ・ん・と? ちゃんと……なんですか~? 何かされてたんですか~??」


 エルルがニヤニヤと意地が悪そうな笑みを浮かべながら問いただす。

 きっと彼女はこう言いたかったのだろう。

 『だってちゃんと洗脳したんだから』

 きっと、洗脳魔法を簡単には解けない様に何重にも行い、嘘の目撃証言をしてくれるの生徒を作り出したのね。

 だけど、エルルにはそんな出鱈目は通用しなかったって所なのかしら?


「ちゃ、ちゃんとこちらには証人がいるんですよ!!」

「ふむ、まあよく切り返せたって所でしょうか? とりあえずそれは置いておいて、目撃者がいなかったのは本当ですよ? それにリリアさんにはがあります」

「アリバイ? アリバイとはなんだ?」

「はい。リリアさんはアンリエッタさんを突き落としたと言われている、六日前の放課後に王妃様とお茶会をしていたのですよ!!」

「なんだと!? 本当なのかリリア!!」

「ええ、本当の事よラハール」

「は、母上!?」



 このパーティホールにいる、私を含めた全員が即座に臣下の礼をとる。


 ラハルドの質問に対して、愛称でもって答えたのは私ではなく……いつの間にかホール内にいらしていた王妃様だった。

 そのお隣には国王陛下の御姿もあった。


 実はこのパーティー、陛下と王妃様の両名を呼んでの盛大なものだったのよ。

 主役である私とラハルドの入場が終わった後にご入場される予定だったお二人は、会場の前で待機されておりこれまでのお話を一部始終聞いておられたのよね。

 ……本当、いつの間に中に入られたのかしら?


「構わん、皆立つといい」


 陛下の言葉に反応して私を含め、全員が立ち上がる。

 それを確認された王妃様が再び口を開いた。


「六日前、リリアさんは私と一緒にお茶会をしていました。今日の事を話し合うためにね」

「その時にワシとも挨拶を交わしておる。間違いないはずだ。何なら城の者達にも聞いてみるか? あの日リリア嬢を見たものは多いだろうがな」


 王妃様と国王陛下両名の証言。

 つまり国のトップ二人が私の無実を証明してくれているのだ。

 これほどの証人は他にはいないでしょうね。


「そ、そんな……じゃあ、誰が私を突き落としたって言うんですか!? 私は突き落とされた時ラベンヌさんを見たんですよ!?」

「変身魔法を使えばリリアさんになりすますことは容易にできますよ? そもそもなんですが……貴女、背中を押されて落ちたんですよね? よくリリアさんだとわかりましたですね?」

「お、落ちているときに後ろをチラッと見たんです!」

「へ~、よくそんな余裕がありましたね? でもそんな余裕があったなら、浮遊か防御系の魔法を使えばよかったのでは? それにチラッと見ただけでよくリリアさんだとわかりましたよね? 今日まで一切接点もなかったのに」

「そ、それは……」

「虐められたとか突き落とされたとか言ってましたが、結局は全部貴女の被害妄想だったのではないのですか~?」


 エルルにそう言われ顔を曇らせて俯いてしまうアンリエッタ。

 今頃、彼女の頭の中は疑問でいっぱいでしょうね。

 途中までは上手く行っていたはずのに、急に私の味方が現れて今は自分がピンチになってしまっている。

 流石にゲームにこんな展開はなかったわよ?

 ……これってもしかして主人公補正ってやつなのかしら?

 多分、あなた達もそう思ってるわよね?


「あんた、アンリを侮辱すんじゃねぇぞ!!」


 ついに耐えられなくなったのか、辺境伯の息子が口を出してくる。


「別に侮辱なんてしておりませんですますよ? ワタクシは事実を言っただけであります」

「事実だぁ!? そんなもんあんたの立場ならいくらでも偽証できるだろうが!! しかもあんた、そこの女と仲が良いんだろ? 公爵令嬢の友人なら、そいつを庇って嘘をついてもおかしくはないよなぁ!!」


 辺境伯子息がそう言うと、またもエルルが意地の悪い笑みを浮かべた。


「おやおや~? そんな事言って良いんですか~? そうなると貴方方だって同じではありませんか? 権力としてはワタクシより上の方々ばかりなんですから偽証も簡単に行えますよね? それにリリアさんの無実は国王陛下や王妃様が証明してくださっているんですよ~? まさかお二人疑うなんて不敬なことはしませんですよね?」

「誰がそんなことするか!! あんたさっき言ってたよな、変身系の魔法を使えばその女に誰でもなれるって。なら、その女が誰かに自分の姿でアンリを突き落とすように命令していたとしたらその女のせいになるじゃねぇか!!」

「いやいや、それリリアさんに何もメリットが無いじゃないですか。何で態々自分の姿をさせて犯行を行うんですか? そんな事をさせるなら、もっと別の誰かに変身させますよね?」


 そうね、私なら動物に変身させるわね。

 私にも変身してもらった人にも被害がいかないもの。


「それは自分がやったと知らしめるために――!!」

「だから何の為に? 殺人未遂や傷害罪の汚名を被るだけじゃないですか。あと貴方のその言い分に対するな証拠はあるんですか? 無いですよね?」


 そう言われ彼は押し黙る。

 まあ、ある訳無いわよね。

 持っていた証拠や証言もエルルによって食い違いが起きていると分かってしまっているのだし。


「それとですね、変身魔法を完璧に使える生徒って意外と少ないんですよ? ワタクシは使用できる生徒全員に聞いて回りましたが、誰もやってないと言っていましたですし、嘘もついておりませんでしたです。一応その証言も書類にまとめてあるはずですが?」


 そう言ってエルルは書類を持っている宰相子息に目を向けた。

 宰相子息は苦い顔をしながら口を開く。


「……ああ、確かにここにある。『変身魔法を使える生徒の証言』と書かれた書類がな」

「と言うわけでですね? 貴方の言い分は全くの的外れな訳なのです。ご理解いただけましたか野蛮人の辺境伯子息様?」


 うわぁ、流石に煽りすぎじゃないかしら?

 彼の顔が鬼のように真っ赤なんだけど……

 というか、エルルはどこまで調べ上げてるのよ?

 ホント、彼女には驚かされてばかりな気がするわ。

 …………あの娘、実は転生者だったりしないかしら?


「だが、そうなってくるとなぜこんなにも証言に食い違いがあるのか、増々訳が分からなくなってしまうんだが……」

「ああ、それについてはもう解っていますですよ?」

「なっ、そうなのかいエルル君!?」

「はいなのです。答えはズバリ、洗脳や催眠、そして魅了の魔法です!」

「なっ!?」


 エルルの言葉に、会場にいる殆どの人間が驚愕した。

 それもそのはず。

 なぜならば、これらの他人を操る系統の魔法は全て"禁忌の魔法"として使用を禁止されているからだ。

 使った者はすぐに処刑されてしまうほど、この国ではそれらの魔法は忌み嫌われている。


 そんな魔法をアンリエッタは多用しまくってるんだけどね。

 まあ、バレたら即刻処刑でしょうね〜

 ゲーム内では絶対バレなかったけど……


「バカな!? 禁忌の魔法を誰かが使ったというのか!!」

「はいその通りですます。ですがそちらの証人になった生徒達に掛けられていたのは一時的なものだったのでしょう。解けた後に私が話を聞いて回ったので、ここまで食い違いが出たのではないかと思われるです」

「おいちょっと待て!! 俺達が証言を聞いた後に掛けられたかもしれねぇだろうが!! 勝手に自分たちの都合のいいように解釈すんじゃねぇよ!!!!」


 またも辺境伯子息が叫ぶ。

 …………正直、もううんざりなんだけど?

 こういうのって話のテンポも悪くなるし、あなた達だって飽きてくるわよね?

 と言うかもう飽きてる? むしろ既に此処まで見てないかも?

 まあ、関係なく話は進むんだけどね。

 あ、ほらエルルもまたかって言う顔をして――――


「あ・の・で・す・ね~。いい加減理解してくださいませんですか? てか、理解して? そちら側の証言や証拠は全て確実性や信憑性の低いものになったんですよ。いつまでもそれでゴリ押し出来ると思ったら大間違いなんですって。そもそもの話、一々話を遮られるのってかなりウザったいんですが? 話は最後まで聞いてくれませんか? てか聞け。その後なら反論も聞きますからとりあえず黙っててください。てか黙れ」 


 いつもは何を言われても飄々としているエルルがついにキレた。

 ……あれよね、普段怒らない人が起こると怖いってまさにこの事だと思ったわ。

 現に、言われた本人である辺境伯子息は震えてしまってるしね。


「コホン。話を戻しますです。と言うか、もう面倒臭いので結論を言ってもよろしいでしょうか?」


 エルルが陛下の方を向きながらそう言った。

 まあ、今この場にいる一番の権力者だから聞いて当然よね。

 その決定に誰もノーとは言えないだろうし。

 ……彼女の聞き方が少し不敬な気もするけれど。


「うむ、頼む」

「ありがとうございますです」


 陛下の許可を貰い、一礼してからアンリエッタの方を向くエルル。

 私もそちらを見ると、アンリエッタは顔色を真っ青にしながら俯いていた。


「結論を言いましょう。生徒達に禁忌の魔法を使い、嘘の証言や証拠をでっち上げ、リリアさんを陥れて亡き者にしようとした人間。それは――――アンリエッタさんです」


 エルルがそう言った瞬間、会場にいる全員がアンリエッタに目を向ける。

 そして、騎士達がいつでも動けるようにと臨戦態勢をとり始めた。

 まあ、相手は禁忌の魔法を使ってる疑いがあるのだから当然よね……


「で、出鱈目です! 私そんな魔法使えません!!」

「嘘ですね。と言うか、今までのあなたの言葉は全て嘘まみれでしたです。あなたの言葉は一切信用できませんですね~」


 アンリエッタの叫びにエルルが反論した。

 どうやらエルルは、嘘を見抜く魔法(推定、読心の魔法)をアンリエッタに対して最初から使っていたみたいね。


というかコレ、もう全部あの子一人でいいんじゃ無いかしら……?


「おい、アンリ……嘘だろ? そうだよな!」

「アンリエッタ君がまさか……」

「……アンリ殿」

「アンリさん……」

「…………」


 攻略対象者達が言葉を無くす。

 当たり前よね。彼女が禁忌の魔法を使ったのが本当なら、それを最も使用されたのは自分達だということになるんだから。

 つまり、今まで自分達がアンリエッタに感じていた感情や想いは全て、魔法によって植え付けられた偽物だったということ。

 信じていたものに裏切られたショックは大きいわよね……


「み、皆さん、こんな胡散臭い人の言葉を信用しないでください! 私はそんな魔法は一切使えません! 私を、アンリを信じてください!」


 そう言いながら五人を見つめるアンリエッタ。

 また魔眼を使うつもりだったんでしょうね。でも、残念ながら彼等は彼女から目をそらしてしまっていた。もう何を信じれば良いのか分からないって感じね……


「どうやら、もう誰も貴女だけを信じることはできないみたいですね!」

「そ、そんなぁ……そうだ、証拠! 証拠はあるんですか!?  私が魅了や洗脳といった禁忌の魔法を使ったという証拠が!!」


 推理モノではお決まりのパターンよね、コレ。

 追い詰められた犯人が『証拠はあるのか、証拠を出せ』ってキレる場面。

 あなた達も見たことがあるんじゃない?

 だとしたら、この後の展開も予想できるわよね~

 犯人や周りの人間に証拠やそれがある場所を突き付けて────


「証拠でございますか……うん、持ってないのですよねこれが~!」


 ええぇーーーー!? 持ってないの!?

 普通そこは格好良く証拠を突き付けて、犯人に罪を認めさせる所でしょ!?

 なんで貴女持ってないのよ!?


「ほぉら、やっぱり出鱈目なんじゃないですか!! 当たり前ですよね、だって私そんな魔法使えないですもん! 結局全部貴女の妄言だったと言うことですよね!」


 アンリエッタが嬉々として捲し立てる。


「勘違いしないでもらえますですか? ワタクシと言っただけで、とは一言も言っておりませんですよ」

「同じじゃないですか! 今ここで証拠を出せないのであれば、それは無いのと同じですよ! ああ、つまり貴女は、国王陛下の御前で嘘をついて私を陥れた事になりますよね? これは立派な不敬罪じゃないですか!? 今すぐにでも彼女を拘束するべきです。そうですよね、ラハルド様!」


 そう言ってラハルドを見つめるアンリエッタ。

 …………なんというか、彼女も往生際が悪いわよね?

 この状況でまだ魔眼を使おうとするんだもの。

 それも──────


「もう無駄な抵抗は止めるんだ、アンリエッタ嬢……証拠なら俺が持っている!!」


禁忌の魔法に侵されていないにね。




 …………ラハールがこう言い出した事に驚いた?

 それとも、私が彼を愛称で呼んだ事に驚いた?

 もしかしたら、予想外の展開に驚いてくれたのかしら?

 それとも、フラグが解りやす過ぎてバレバレだった?

 でもほら私、最初に言ったでしょ?


 『これはとんだ茶番劇だ』ってね!



 ラハールの叫びに驚愕しているアンリエッタと他の攻略対象者達。

 そして、ノルンやウルガを含めた会場にいるほぼ全員この展開について来れず困惑している様だ。


 ……で、貴女はなんで驚いてないのよエルル。

 読心魔法で知ってた?

 やっぱり貴女、最初から全部解ってたわよね!?

 その上でラハールに喧嘩売ってたとか、流石に豪胆過ぎない?


 周りの驚愕を余所に、ラハールが私の側まで来て膝を折り、手を取った。


「すまない、。 予想外の事が起こりすぎて、予定には無かった事を色々と言ってしまった」

「構いません。むしろ、ラハールがこんなにも演技派だとは思いもしませんでしたわ」

「揶揄わないでくれ……いや、本当に。醜い嫉妬とか彼女を排除してとか言って悪かったから」

「フフフッ……さて、なんの事ですか?」


 いや、本当に怒ったりしてないわよ?

 このタイミングまで上手く演技を続けてたのは、素直に凄いと思ってたしね。

 まあでも……嘘でも『アンリエッタに惹かれている』って言うのは流石にどうかと思ったけれどね。


 …………な、なによ? あなた達、何か言いたいことでもあるの!?

 別に良いでしょ、これぐらいの嫉妬!?

 自分の婚約者が他の人に惹かれてるとか、あなた達だって嫌でしょっ!?

 ……えっ、基本的に悪役令嬢モノってそんな内容ばっかりだろって?

 あなた達の目が肥えてるだけよ!!

 あと、ちゃんと婚約者と悪役令嬢が結ばれるお話もあるでしょうが!!


 閑話休題


 ラハールの突然の変わり身に驚愕と困惑を表情に浮かべたままのアンリエッタが、彼に問いかける。


「ラ、ラハルド様……一体どういう事ですか? な、なんでリリアさんの手を取って謝っているんですか!? 何故、証拠を持っているなんて嘘を吐くんですか!!」

「嘘じゃない。これが証拠だ!」


 そう言って、ラハールがポケットから一つの指輪を取り出す。

 その指輪の宝石が嵌め込まれている部分をよく見ると、宝石が砕けてしまい半分ほどしか残っていない。


「その宝石の砕けた指輪が何だって言うんですか!? そんなものが何の証拠になるってっ―――― 」

「この指輪は禁忌の魔法を無効化する為の物だ。宝石は禁忌の魔法を何度も受け、先程ついに砕けてしまったよ。アンリエッタ嬢、先程君に見つめられた時にな!」

「──────っ!?」


 ラハールが持っている指輪はノルンからウルガに渡ったネックレスと同じ様に私が作った物。

 魅了や洗脳、催眠、その他精神干渉系の魔法を受け付けない様に、指輪に対策用の魔法を組み込んで彼に渡していたのよ。

 それも、1年以上前からね!

 まあ、重要なのは宝石の部分だから身に付けるためのアクセサリーは何でも良かったんだけど。


 魔法を組み込んだ宝石は禁忌の魔法を受ける度に消耗していき、最後には砕けてしまう。

 とはいえ、耐久力はかなりあったはずだから、この1年間でどれだけラハールに禁忌の魔法を使ったのよって感じなんだけどね……


「いやはや、王子殿下は演技がうまいですね~ ワタクシも危うく騙される所でしたです!」

「……いや、君は全部わかっていたんだろう?」

「はえ~? はてさて、何の事でしょうね?」

「…………」


 エルルがあまりにも白々しく惚けて見せた。

 いや、貴女自分で嘘が解るって言ってたじゃない!

 どうせ私達が考えてた作戦なんて全部まるっとお見通しだったんでしょうが!!


「まあまあ、それはともかく。 これで証拠もバッチリですよね、アンリエッタさん? さあ、チェックメイトです」

「な…で……どう…よ……」

「はい? なんですか~?」

「……なんでなのよ!! どうして私がこんなに責められないといけないのよ!! 私はちゃんとゲーム通りに動いたじゃない!! なんでゲームと同じように何もかも上手く行かないの!? ここはノーブル魔法学園の世界のはずでしょう!? こんなの理不尽じゃない!!」


 アンリエッタが怒りの形相でそう叫ぶ。

 きっと、あれが彼女の素なのでしょうね。

 この世界で身につけたのであろう男爵令嬢という仮面を外した、私と同じ転生者としての素。

 …………一歩間違えば、私もあちら側だったのかしらね?

 あなた達はどう思うのかしら?


「……貴女は一体、何をバカなことを言っているのでございますか?」


 叫び続けるアンリエッタの前に立ち、そう言い放つエルル。


「なんですって!?」

「ここがゲームの世界? ゲーム通りに動いただけ? そんな頭のおかしい事を突然言い出すなんて、バカバカしいにもほどがありますよ?」

「あんたなんかには解らないでしょうけどね!! ここは確かにゲームの世界なのよ!?」

「はぁ、何を言ってるんですか――――」




「ここは現実ですよ?」


「…………はぁっ?」



 この世界は現実だとエルルは言った。

 今私達が歩んでいるのはゲームの世界なんかじゃなく、現実であると。


 そう。そうなのよ。

 たとえ、この世界の元がゲームであろうが。

 今現在、誰かが作り上げている小説かなにかの世界であろうが。

 今この時、この瞬間を生きている私達にとってはここが現実なのだ。

 たとえゲーム通りに動いたとしても、それがゲームと全く同じになるとは限らない。

 なぜならば、現実の人生とはあまりにも残酷で、あまりにも理不尽だからだ。


 まあ、そんなのは一生を病院で過ごして死んだ前世の私からすれば当たり前な話なのだけれど。


「ここが……現実? そんな、嘘よッ!! だってここはノーブル魔法学園の世界のはずで……」

「先程から気になっていたのですが……その、魔法学園というクソダサいネーミングは何のことでございますですか?」

「…………えっ? そ、そんなのこの学園の名前に決まって――――」

「ここは王立魔法学園であって、そのような固有名称は持ち合わせておりませんですよ? 強いて言うのであれば、ディーン王立魔法学園でしょうか?」

「えっ――ど、どういう事? だって……」


 この学園の名前に『ノーブル』の文字はどこにもない。

 何故なら、『ノーブル魔法学園』というのはあくまでもであり、ストーリーや世界観には一切関係していないからだ。

 ゲーム中にもノーブルなんて言葉は一度も現れなかったのよね~


「さて、もう理解できましたですか? ここは現実で、貴女の言うゲームの世界なんかではありません。というかですね、そんな妄想でこんな事をしでかしたんだとしたらあまりにもバカすぎませんか? 頭お花畑なのでございましょうか? なんというか、哀れですね?」


 もう、エルルは言いたい放題だった。

 いや、確かに色々な意味で哀れだとは思うけれど、流石に言いすぎなんじゃないかしら?


「じゃ、じゃぁ、私は今まで何のために……こんな危険まで犯して……」

「まあ、なんと言うか……無駄な努力ご苦労様でした? あと、色んな男性にチヤホヤされてさぞ嬉しかったのでしょうね?」

「あぁぁぁ…………」


 アンリエッタがその場に座り込み、項垂れる。

 えっと……終わったってことでいいのかしら?


 そう思っているとエルルがアンリエッタに近づき耳元で何かを呟いた。

 なんだか、また意地の悪そうな笑みを浮かべてる様に見えるんだけど?

 しかし、その瞬間――――


「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 アリエッタが激昂し、エルルに襲いかかった。

 首を絞めようとしたのかエルルに掴みかかったのだが、彼女はそれを軽々と避け、足を掛けてアリエッタを地面にコケさせる。


「おや、ごめんなさいです」


 そうわざとらしく言い笑みを浮かべるエルルだが、それがアリエッタの神経をさらに逆撫でする。

 彼女は立ち上がり今度は魔法を使おうとした様だが、騎士達に拘束魔法を何重にも掛けられてあっさりと取り抑えられた。


「はっなっせぇぇぇぇ!! 殺す!! このクソ女だけは殺してやるううううう!!」

「…………連れて行け」


 拘束されているにも関わらず、そう叫びながら暴れようとするアリエッタ。

 しかし全身を拘束されたせいで、その姿はまるで陸に上げられた魚の様だった。

 それを哀れにでも思ったのか、陛下が騎士達に命令を下した。

 魚の様に跳ねて暴れていた彼女に更に拘束魔法を重ね掛けし、布で目隠しをしてから連行していく。

 目隠しは魅了の魔眼対策ね。



 その後私は無罪放免となり、詳しい話をする為パーティーは後日に延期。

 陛下と王妃様はルベンティーナ伯爵やアリエッタの養父である男爵と共に今から会議をするみたい。

 ラハールは私に声を掛けてから、放心してしまっている他の攻略対象者を連れて会場を後にした。

 ウルガとノルンは私の無実を晴らせた事に安堵し笑いかけてくれた。

 ノルンは少し涙ぐんでいたけれど。

 ホント、エルル含めこの三人には感謝しかないわね……

 後で何かお礼をいないとだわ。


 とにもかくにも…………破滅回避できてよかったぁぁぁ!!

 いくらここが現実で、一昨年から今日まで色々と準備をしてきたとは言っても、やはりリリア・ラベンヌの運命はゲームとあまり変わりがなくて正直不安だらけだったのよ。

 それでも、なんとかここまで辿り着くことができたわ!

 もう流石に大丈夫よね? 私幸せな第二の人生を送れるわよね?

 流石にあんなゲームの続編なんて無いだろうし…………無いわよね?

 でも、あんなゲーム作る会社だから別のゲームで実はココと同じ世界観なんだよ!ってことぐらいやりそうだわ……

 ちょっと不安。



 というか、これで彼女――――アリエッタは処刑されるのよね……


 

 禁忌の魔法を使った者はその危険性により即刻処刑。

 何十年も前からある、王国で唯一と言っていいほどの厳刑だ。

 それこそ、王国民であれば子供ですら知っている話なのよ?


 それでも、おそらく同郷であろう彼女が死んでしまうというのは……何とも後味が悪いわね。


「まあ、仕方ないですよ。彼女が現実を直視できず、この世界がゲームだなんて妄想に取りつかれいたのですから~」

「もう隠す気もないみたいだけど、サラッと私の心を読んで返事しないでもらえるかしら?」

「あらら、申し訳ないでございますです」


 いつの間にか会場には私とエルルだけになっていた。

 ノルンとウルガはラハール達を追いかけてつい先程出て行ったしね~

 他の生徒や来賓の方々も陛下達が退出された後に解散していたし。


 そういえば、片付けとかしなくてもいいのかしら?


 「どうせ延期になったパーティーをまたやるんですし、今日の所はよろしいのではないでしょかね?」

 「だから心を読まない!」

 「いやいや、せっかく二人なんですからワタクシとおしゃべりしてくださいな」


 そう言ってエルルが頬を少し膨らませた。

 なにそれ可愛いわね! 元々かわいい系の見た目だからなのか、そのあざとい仕草は彼女に的確に合っていた。

 

 「というか、私別に貴女と話すことは特にないのだけれど」

 「ええ~、そんな~ ほらほら~、ワタクシに対して聞きたいこととか言いたいこととか無いんですか~? 今なら出血大サービスで色々とお話ししちゃいますよ~ お口ゆるゆるのゆるんちゃんですよ~?」

「誰よゆるんちゃん……」


 というか、いつもとキャラが違いすぎて逆にそっちの方が気になるんだけど!?

 なんなの、そっちが貴女の素なの?


「いや~、そもそもワタクシ素とかよくわかりませんでして~ というか、本当になんにも聞かなくて良いんですか?」

「別に、貴女が読心術者だろうが転生者だろうが他のナニカだろうが関係ないもの。今現在ここにいるエルル・ルベンティーナこそが、私にとっての貴女自身であって大切な友人の一人なんだからね」


 我ながらなんてクサイセリフを言っているのかしら?

 でも、これが紛うことなき私の本音なのだから仕方ない。


「そうですか。何というかそう言ってもらえると素直に嬉しいですね? ありがとうございますリリアさん」

「べ、別にお礼を言われるようなことでもないと思うのだけれど……」

「では、最後にコレだけは言わせてください」


 エルルはどこか神々しい満面の笑みを浮かべると、私を抱きしめて言った。




「トゥルーエンド到達おめでとうございます! 〇〇〇〇さん!」




 ――――――――つ!?

 彼女は今、何と言った?

 トゥルーエンド……? それってあの都市伝説の?


 それを理解した私はどこか腑に落ちた気になる。

 そっか、私はバッドエンドを回避することができたんだ。

 前世で見ることができなかったトゥルーエンドを、自分の手で現実として掴み取ることができたんだ。


 この時の私は、なぜエルルがそんな事を言うのか。なぜ私の前世の名前を知っているのかなんて疑問は

 そして、もう二度とそれを考えることもないだろう。

 だって私はもう、彼女に救われてしまったのだから…………






◇◇◇◇◇




 はて、私は何をしていたんだったかしら?

 確か、なんだか裁判じみた事になってしまって、ラハールが証拠を突きつけて。

 その後、アリエッタが発狂して騎士達に拘束されて連れて行かれて。

 それで……そうそう、陛下達がパーティーの延期を伝えて解散になったのよね!


 …………うん、なんで私まだこの会場に居るのかしらね?

 あなた達はなんでだか覚えているかしら?

 まあ、私が一方的に話しかけているだけだから誰にも聞こえてなんかいないんでしょうし、返事も来ないんけどね~

 そもそも、ここまで見ている人とか居るのかしら?


 とりあえず、いつまでもこんな所に居てもしょうがないわよね!

 私自身の破滅は回避できたとは言え、物語みたいに私の今の人生は『ハイ、おしまい!』とはいかないのだから。

 というか、今回の件で色々と後処理とかもあるでしょうからこれからが一番大変そうなのよね~

 なんだろう……働きたくないわ……

 

「あっ、リリア様! 良かった、まだこちらに居られたのですね!」


 私が変なことを考えていると、ノルンが会場の扉を開けてやって来た。

 その後ろにはウルガとラハールの姿も見える。


「リリア様。お疲れかとは思うのですが、せっかくなのでご一緒にお茶でも致しませんか?」

「いいですね。先程ので私も少々疲れておりますし、癒やしがほしいですわ」

「では早速参りましょう! 殿下もいらっしゃるので先の件のお話も聞かせてくださいね?」


 あっ、これはノルンさんもしかしなくてもぷちおこですね?

 なんで教えてくれなかったんですか?とか、言ってくださればお手伝いしましたのにとか言われるやつね。

 まあ、ある程度は覚悟してたつもりだし、この際色々と話しちゃったほうが良いわよね?




 という事で。

 私の茶番劇はこれでおしまい!

 まあ、この後も私達の人生は続いていくのだけれどね~

 でもそれは、そちらで生きるあなた達には関係のないモノだしね。

 私は私で、こっちでの新しい人生を楽しんで生きていこうと思うわ!


 あなた達の人生に幸多からんことを!

 

 ここまで見てくれてありがとうございました。

 それじゃあ、バイバイ!











 TRUE END

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