遡ること、約1時間前
昼間のハローワークは、多くの人でごった返していた。灰色の空間に溢れる人、人……。不安な顔、何かを必死で探している顔。ひどく疲れた顔。諦めたような顔。
自動扉のガラス越しから見える風景だけで留花は、軽くめまいを起こしそうになった。しかしなんとか入り口を通り抜け、カウンターにいる少し年のいった女性に恐る恐る声をかける。
「あの、すみません。今いる職場からの転職を考えてまして……。登録をしたいんですが……」
すると、カウンター越しに女性はこちらに微笑みかけて優しく言う。
「新規登録ですね。こちらの用紙をそちらの記入台でご記入頂けますか。記入できましたら、こちらにまたお持ちください」
用紙を受け取ると、留花は女性に会釈して、用紙を記入する記入台へと向かった。
以前訪れた際は、もっと強面の女性がカウンターに座っていた。その人にひどく不愛想に対応されたこともあり、彼女はこの場所や、職業安定所全体に対してひどく抵抗があった。
約1時間後。個人情報登録を済ませ、個人用のIDが書かれたはがきを持って、彼女はハローワークの自動ドアを出、大きく伸びを一つした。室内は、どこか空気が淀んでいるようで、外の刺すような空気が、今の彼女には嬉しく感じられた。
先ほどまでの沈んだ気持ちを吹き飛ばすかのように駐車場を走り抜ける。そして愛車に飛び乗って、車が揺れるくらい強くドアを閉めた。勢いよく鍵を差し込んでエンジンをかけるとサイドブレーキを引いたまま、数度アクセルをあおった。無性にアクセルを踏み込みたい気分だった。
駐車場を後にしながら留花は考える。このまま帰宅するべきだろうか、それともどこかに寄り道をしようか。
そんなことを考えながら、車は不思議と帰り道を進んでいる。このまま帰る、それでいいのだろうか。私はもっと考えなければならないことがあるのではないか。
その時、田んぼの広がる平らな土地と山の境界に立つ灰色の鳥居が目に付いた。そういえば、と思い留花は信号を左折する。車があるため、別のルートからしか入ることはできないが、あの神社に行こうと思った。
この道を通る度、留花は何度も、あの鳥居の向こうにある神社に再び足を運びたいと思っていた。いつかの夏、留花が小学生くらいの頃に一度だけ行ったことがある程度なのだが。なぜ一度行ったきりの神社に心惹かれるのか、彼女自身にもよくわからなかった。
普段車で初詣に行くわけでもなく、特段改めてお願いすることもない。だから心惹かれても、わざわざ神社にお参りして帰ろうとは思わなかった。けれど今日の彼女は違う。お願いしたい願い事を持っていたし、時間もたっぷりある。
ハンドルを握り直しながら彼女は、神社への道を車で上がっていった。
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