第27話
レマ・サバクタニは盗掘を生業にしている、国家反逆罪に相当する犯罪者だ。
彼は犯罪者だけど、「体制に逆らう俺かっけー」の馬鹿な夢想家ではない。
灰色のBWバイオ・ウエッポン『ドラグーン』を入手したという前提で、赤龍の攻略を組み直している。
そうなるとレマ・サバクタニの関心は、この『ドラグーン』が使えるかどうか。
射出するエネルギー弾とやらの威力は? その射程は? 装弾数は? 装甲被膜を破れるのか? エリ・エリが使うより自分が使った方が効率がよくないか? etc…… といった事柄だ。
全く私と興味の方向が異なる。このエネルギー弾って何なの? 生成の仕組みは? なんて考えない。
使えるなら「少し不思議物体」でも何でもいいって思っているのだ。
だから、私は使用マニュアルを兼ねている飼育書を熟読する。
私はレマ・サバクタニが作った『連射ボウガン』で弾幕を張るという形で、この探査……っていうか、盗掘……に『生きるために仕方なく』貢献してきた。
『
でもこれは、レマ・サバクタニが単独で行動するより効率がいいからであって、私を連れ歩くことのコスト増大が作業効率に見合わなくなったら、あっさり捨てられてしまうのではないか? という恐怖心がある。
事実、私が救出されたのは偶然の産物で、その時レマ・サバクタニは私を見殺しにしようとした。
こんな深層部入ってしまったからには、私がまだ探査に貢献できることを証明しなければならない。
既に私一人で引き返す事など出来ない場所まで来てしまったのだから。
もう、連射ボウガンの残弾数は二十発程度(ワンマガジン分)しかなく、連射ボウガンが無用の長物となれば、私の価値もだだ下がりする。
BWバイオ・ウエッポン灰色の『ドラグーン』は、私に付加価値をつけるに足る可能性があるのだ。
灰色の龍、アンギャリギャちゃん(通称、アン)は、生命なので成長する。
今は『幼龍』と呼ばれる形態で人間でいえば子供。アンギャリギャちゃんは、生後およそ二ヶ月くらいだろうか。ちょうどこの段階に相当する。
生後一年で『若龍』となり、三年で『成龍』となる。身体的な成長はこの『成龍』で止まり、体長は最大で尻尾も含めおよそ一メートル。
繁殖能力は無く、雄の個体はいない。雌の個体の方が生物学的に丈夫だからという理由。
細胞を採取してクローンを作っているらしい。この反転した世界では、生命工学の方向に文明が発展していたんだね。
突然変異的に、高性能の個体が出現することがあり、その遺伝子は、この世界では高値で取引されると、飼育本には書いてあった。技術革新に相当するものと推測。
運任せかぁ。なんだかなぁ。
射出するエネルギーも個体差があり、灰色のドラグーンの平均的な成龍の『龍吐息ドラゴンブレス』は、初速は秒速千メートル、装甲人喰鬼の三十ミリの鋼鉄化外皮を二百メートルの距離から貫通したとされている。有効射程距離は千五百メートル。千メートルを超えると、急激に減衰するみたい。
このカタログスペックが本当なら、旧世界の対戦車ライフル並みの威力があることになる。この転移してきた世界の異界生物に装甲被膜があったのかわからないけど、アンギャリギャちゃんが放つ『龍吐息』は魔導弾みたいに敵を穿つのかもしれない。
気になる記述は、『龍吐息』がドラグーンにかける負担。
どういう理屈でこの小さな体で大きなエネルギーを生成するのか、さっぱりわからないけど、『龍吐息』発射直後は急激な体温上昇がみられ、過剰な使用は内臓や脳に深刻なダメージを誘発すると書いてあったのだ。
大きく翼を広げるのが発射姿勢であると図解されていたけど、これは翼にある毛細血管で放熱するため。
気象条件にもよるけど、『幼龍』だと最低十分間の放熱、『成龍』でも三分程度の放熱が必要らしい。
いずれにせよ、『龍吐息』はドラグーン本体に大きな負担を強いることになり、週に二回の使用で平均三十発の射撃で、耐用年数は七年。『龍吐息』を使わなければ、もっと寿命は延びるらしけど……。
なんだか、大きな力を手に入れた気になっていた私だけど、『耐用年数』という言葉で、冷水をかけられたようになってしまった。
この転移してきた世界では、ドラグーンは道具。人工とはいえ、生命なのに『使い捨て』感覚だった。
彼らの世界では、常識なのかも知れないけど、私の指にじゃれ付いて、甘噛みしているアンギャリギャちゃんを見ていると、じわっと涙が浮いてきた。
物資補給と現地偵察で、地上に降りていたレマ・サバクタニが帰ってくる。
私は、小屋でずっと飼育書を読んでいたのだった。
「どうでぇ? このチビの使い方判ったかよ?」
カチンときた。
「使い方って何よ! アンちゃんは生きているんだからっ!」
レマ・サバクタニは、肩越しにチラッと私を見て、ため息をついた。
「名前まで付けやがって。なんだ、その角につけたリボンは? あんまり『道具』に情を移すんじゃねぇよ」
そんな冷たい言葉を吐いて、荷ほどきをしている。
私は、熊に向かって威嚇するリスみたいに、う~う~と唸っていた。
悔しくて、悲しくて、涙がポロポロと零れる。
無神経な男! 野蛮人!
見ると、私の足元でアンギャリギャちゃんが翼を広げて「うぎゅ」と鳴いていた。
威嚇姿勢だった。「撃つぞ」というポーズ。
この子は、私が悲しんでいるのを察知して守ろうとしてくれている。
暴発したら危ないと思ったけど、私の腕に巻きついて、射撃姿勢をそらないと発射出来ないよう、プログラムされているのだと、飼育書に書かれていたのを思い出す。一種の『
「このチビに似たBWを見たことがあるって言ったろ? 酷使されて、ズダボロになって死んだぜ。だが、龍は最後まで持ち主に尽くしていた。我が身を省みずにな。胸糞わるいんだよ、BWって仕組みは」
レマ・サバクタニが振り向く。
その瞬間には、もう目の前にいた。
いつ伸ばしたか見えなかった手が、私の喉を掴んでいた。
「ほら、見ろよ、このチビ。お前を助けようと、俺に挑んできたぜ。BWと『縁を結ぶ』ってのは、こういうこった」
アンギャリギャが、レマ・サバクタニの手に噛みついてぶら下がっていた。
それは、まるで巨人に素手で挑むようなもの。
鉄槌をぶん回すため、掌全体の皮が厚くなっているレマ・サバクタニの皮膚は破れなかったみたいだけど。
「ぐき! ぎう!」
と唸って必死にガジガジと噛んでいる。
彼女らは、懐いた人間の為に、身命をなげうって戦う。その様にプログラムされているのだ。
レマ・サバクタニが、私の喉から手を離す。
私は、アンギャリギャを両手で抱えて、
「もういい、もういいよ、アン」
……と、声をかけた。
アンギャリギャは、レマ・サバクタニを噛むのをやめて、私の頬の涙を舐める。
「重い…… 忠誠が重いです……」
私は、誰にも注目されなかった代わりに、誰にも責任を持たなかった。
そんな私が、この小さく健気な命に「死ね」と命令できるのだろうか?
落ち込んでしまった私を見て、レマ・サバクタニがデッキブラシみたいな頭をガリガリと搔いた。
「あのなぁ……こいつは、生命体だろ? お前は『ドラグーン』に負荷をかけない唯一の人間かもしれんぜ」
「あ……『
私なら、発熱等の『ドラグーン』にかかる負荷を「そんなものは無かった」状態に戻せるかもしれない。
「使い場所が分からない」「変な能力」などと言われすぎて、私としたことが思考が硬直していた。
よっぽど、レマ・サバクタニの方が、私の能力を使いこなしているみたい。鮫のような何かの体内に、爆雷を送り込む手段として『再起動リセット』を活用したし。
人工生命体に私の能力が通用するのか? これは、確かめる価値がある。
「お前の覚悟のほどは、分かった。命を使い捨てするようなクズじゃないって、信じていたぜ」
この野蛮人! 私を試したのね! また、不意打ちみたいにクサいセリフ言いやがって、ズルい!
また、ジワっと涙が浮きそうになったじゃない!
赤龍と戦うまで、色々と準備が必要だ。
反転型地下迷宮の深部は不安定な空間なので、なるべく早く実証実験をしなければならない。
地形や時間軸の変転に巻き込まれると危険だ。
なるべくアンギャリギャに負担をかけずに、実験するなら、効率良くやらないと。
飼育書を見ながら、実験スケジュールを組み、壁に書き出す。
レマ・サバクタニは、それを見てふふんと笑い、自分の武装の整備を始めた。
考える。一番の問題は、
「赤龍にアンギャリギャの『龍吐息ドラゴンブレス』が通用するかどうか?」
……だ。平均的な赤龍の鱗状装甲厚は二十五ミリから四十ミリ。カタログスペックを信じるなら、二百メートル以内からの狙撃を試したい。
遠くから観察したところ、赤龍には折りたたんだ飛翔翼が確認されたが、飛行能力があるかどうかも確かめたい。
モノグサな個体なのか、コイツは観察を始めてから今日まで、一度も飛んだ姿を見せていない。
餓死寸前だったアンギャリギャは、よく食べ、よく眠り、よく遊ぶ。鱗の色つやも良くなっているので、体調はいいのだろう。
そういったものを考慮しつつ、実験の予定を組む。
レマ・サバクタニが考えている戦略とのすり合わせも必要だ。
それによって、実験のプロセスの優先順位が変わるから。
まずは、遠距離からエネルギー弾を撃ちこむ実験をすることにする。
この結果によって、組み上げる戦略が変わるのだ。
訓練は、射撃姿勢の練習から。
左腕を上に突き上げ、そこにアンギャリギャが掴まるように訓練する。
尻尾を私の腕に巻き付け、前足、後足でしっかりホールドするのが、基本姿勢。
その瞬間、高所から落ちた様なふわっとした浮遊感を一瞬だけ感じる。
これが、飼育書に書いてあった、「ドラグーンとの視覚共有」の副作用。
意識すると、白黒の視覚情報に切り替わる。
まるで、望遠で暗視カメラを覗いた様な……。
かなり遠くまで、肉眼でくっきりと見えていることになる。マサイ族真っ青だ。
アンちゃんが見ている光景を私も見ているらしい。少し酔う。慣れが必要かも。
私が左腕を前方に向ける。アンちゃんが、首をまっすぐ伸ばした。
白黒の視界に赤い十字ドット。
まれに、『
これで、私が射撃訓練をしなくて済む。それだけ、彼女の負担が軽くなるということだ。
私は、実験項目に「自動照準の精度」を加えることを頭の中にメモしていた。
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