第13話

 素肌にダサい辛子色のシャツを着て、マントの様にダサいセーターを羽織っている。

 セーターの袖をマフラーの様にして首に巻きつけているけど、お爺ちゃんの家の納戸みたいな匂いがして臭い。暖かいのは助かるけど。

 水上移動装置『レマ・サバクタニ号』の骨組みを再構築し、マントと毛布を使って、レマ・サバクタニは器用にテントを作った。

 いかにも屋外生活に慣れた手つきだけど、空間圧縮と空間歪曲の魔導技術を使えばものの数秒で簡易宿舎を作れる。

 こうしたキャンプ技術も、『失われた技術』なのかもしれない。

 今の人々は、魔導技術と魔導結晶がないと、焚火も作れない。

 レマ・サバクタニは木屑と火打石で火を熾すことが出来た。

 その恩恵を、私は受けている。

 年頃の娘が下着もつけていない無防備な格好だけど、テントという目隠しのおかげで安心できる。

 レマ・サバクタニは私に全く興味がないみたいだけど、一応気を使ってくれたのだろうか?

 効率優先という気がしないでもないけど、この野蛮人は見かけよりは紳士的なのかも知れない。

 テントの中からぼけっと焚火に当たっているだけの私を尻目に、レマ・サバクタニは私には用途も分からない様々な小道具をいじっているらしい。

 テントから首だけを出して作業を見てみる。

 ペレット状に成形された『火薬』を金属の筒に詰める作業。

 これは、あの鉄槌の底部に嵌め込む薬莢だ。

 私の腕の太さほどもあるひときわ大きな薬莢は、六つ並んだ鉄槌底部の薬莢の中央に嵌め込まれる。

「こいつは『雲曳クラウド・レッカー』っていう代物だぜ。大物狩りになりそうなんで、火薬なかみを新品に替えておいた」

 私の方を見ることなく、作業の手も休めず、レマ・サバクタニが言う。

 二つの筒が平行に並んでいる道具を組み立て始める。

 これは、紐でつながった二つの鉄球が火薬の爆発で飛ぶ仕掛けらしい。

 動物を生け捕りにする狩猟道具をヒントに作ったものだという。

 たしか『ボーラ―』とかいう投擲すると回転しながら鉄球が飛び、獲物の脚にからみつく道具だったか。

「なんで『火薬』なんですか?」

 魔導結晶を加工した火薬の代替品は存在する。

 何かを物理的に爆発反応させるなら、配合が難しく劣化も早い火薬をわざわざ使わなくてもいいはず。

「火薬はな、俺の雷撃魔導と相性がいいんだ。火薬に点火しても、密閉状態じゃないと爆発しないのを知っているよな、科学オタクさんよ。パチパチを爆ぜながら燃えるだけなんだよ」

 こいつは、『いちいち気に障る一言を加えないと死んじゃう病』なのだろうか、この野蛮人は。本っ当にムカつく。

「火薬を激発させる仕組みのキモは『雷管プライマー』なんだ。俺の雷撃魔導はその雷管の代替がきく。つまり、完全密閉した火薬に点火させることが出来るんだ」

 なにが『雷撃魔導』よ。静電気がパチっと弾けるだけじゃない。『パチパチ君』って名前で十分よ。

 でも、手品とか単なる帯電体質とさほど変わらない貧弱な魔導で、この男は単独で深く地下迷宮に潜っている。全て代替品だけで。底なしの体力と、勇気をお供に。

 たった一人で……。

「魔導技術は政府専売。国家機関以外が使用する場合は、べらぼうな中間マージンを搾取される。地下迷宮探索の民間企業が育たないわけだよ。地下迷宮資源を国家が独占したいわけだから、まぁ当然だが」

 シャコンと小気味いい音を立てて、鉄槌の尾錠が締まる。

 今度は、甲冑に嵌め込まれた鉄板を外して点検している。

「今まで産業を支えてきた基礎技術の従事者は、魔導技術の導入で全員失業だよ。そいつらが、何処にいったと思うんだ? あ? 特種魔導師さんよ」

 甲冑のプレートを外しては、嵌め戻す作業をしながら、独り言のようにレマ・サバクタニが言う。

 口調は静かだけど、なんだか怖い。

「消える訳じゃねぇ。生きているんだよ。底辺を這いずりながらな。ガキどもは国家公務員様の廃棄物を漁り使えるモノを探して小銭を稼いでいる。全国一斉の適性検査で魔導因子が『規格外』なら、売春や犯罪に手を染めるしかねぇ。学習の機会も与えられないから、学歴もねぇ。だから、就職しても運と要領が良い奴が最低のところに食い込むのがせいぜいだよ。こんな連中が、人口の五割を占めている。この世界は、特権階級が人民を踏みつけることで、成り立っているのさ」

 甲冑のプレートの点検を終え、今度はナイフに研ぎを入れ始める。

 しゃべりながら、手は一時も止まらない。

「魔導技術がなくても、地下迷宮は探索できる。『失われた技術』を工夫すれば、便利な魔導を使わずとも、戦える。『魔導がないと何もできない』ってのは、国による刷り込みだよ。特権階級が特権を維持するために都合がいいのさ」

 なんとなくわかった。

 レマ・サバクタニが地下迷宮に潜るのは、『失われた技術』への雇用創出。

 魔導がなくとも火薬は作れるし、火薬を運用するための様々な道具 ――『レマ・サバクタニ号』とか『薬莢』とか―― が必要になり、それを加工する者が要る。

 レマ・サバクタニの所属する組織は、違法に地下迷宮の資源を盗み出し、その資源を国家以外に流通させる役割を担っているのだろう。

 いわば、一種のレジスタンス組織みたいな物なのだろうか?

「でも、違法でしょ」

 搾取の恩恵を受けていた側の自分からすると、尻の据わりが悪い事柄ではある。

 私は身の回りのことしか考えておらず、産業廃棄物の集積所にスラムを形成する人々の事など知識としては知っていたけど、何の感慨もなかった。深く知ろうとすらしなかった。別の世界のことなのだと思っていた。

「違法? 殺されそうになったら、必死で抵抗するだろうが。かみついたり、殴ったりしたら傷害事案で違法だが、特種魔導師様は土壇場でも法令遵守なさいますかね? 俺と居るだけでも違法でございますよ」

 辛辣な口調だった。

 じわっと涙が浮かんだが、それは言い返すことが出来ないから。

 私は、虐げられ棄民の事など知らなかった。

 だが、知ろうとしない事は罪なのだろうか? 私のような非力な者に何が出来るというのだろう。

「……ま、そんな事、エリ・エリに言ってもしょうがないな。イラついて悪かったよ」

 レマ・サバクタニが常に抱えている『怒り』の一端が見えたような気がする。

 皮肉な口調も、辛辣な意見も、これが胸を焼いているから。

 でも、地下迷宮資源の横取りが目的なら、『特異点』を潰して最深部を目指さなくてもいい。

 特異点で罠を張って、アルファが顕現するのを待った方が効率的だ。

「なんで、最深部を目指すの?」

 砥石を動かすレマ・サバクタニの手が一瞬止まる。

 しかし、すぐに作業は再開された。

「てめぇは、『なぜなに坊や』かよ。もう寝ろ。火の番は俺がする」

 近づいたと思ったら、すぐにレマ・サバクタニは心を閉ざす。気難しい男だ。

 焚火を見つめながら、野蛮人が語ったことを反芻する。

 もっと、私に力があったら、何か出来るのだろうか?

 大好きだったビュッフェの「かぼちゃのプリン」は、何を犠牲にして出来上がったものなのだろう?

 私はどうしたらいいの?


 教えて、ウッメ……


 焚火に温もりながら、少し眠ったようだった。

 今になって、足の筋肉痛を感じていて、時間差で痛むとか、どこのオバさんかと思う。

 政府から支給された軍用作業服は乾いているみたいだった。

 魔導技術で繊維自体が難燃素材になっていて、保温性もあり、抗菌仕上げにもなっている。

 下着は自前だけど。

 熊のプリントの下着と、スポーツブラなのだけど、レマ・サバクタニの私服をダサいとか、言える義理ではない代物だ。

 替えはないので、大事に使うしかない。

 大丈夫、洗ったし、匂いもない。

 ひょっとしたら、何度かチビったかもしれないけど、もう大丈夫。

 テントから顔を出して、レマ・サバクタニがどこにいるか確認する。

 彼は、水際で釣り糸を垂れていた。

 テントの布一枚隔てているとはいえ、恥ずかしいので、素早く全裸になって着替える。借りていたダサい辛子色のシャツと、セーターを畳む。

 寝ている間、セーターの袖に涎が垂れちゃったけど、いいよね。

 妙に生白いマスに似た何かを釣り上げて、レマ・サバクタニが帰ってくる。

「おはようさん。珈琲あるぜ」

 焚火には古ぼけたポットがかかっていて、そこに珈琲が入っているらしかった。

 魔導技術があれば挽きたての……いや、やめよう。無い物ねだりしてもしかたない。

 それに、この代替品生活も慣れればけっこう面白い。

 レマ・サバクタニは、器用にマスに似た何かを捌き、小瓶の小麦粉とオリーブオイルで、ムニエルを作った。

 いつもの石みたいな乾パンではなく、平べったいパンが用意されていた。

「そいつは、無発酵パンだよ。小麦粉に塩とオリーブオイルを混ぜて焼いただけだがな、乾パンよりはいいだろう」

 乾燥野菜を湯で戻したものが、ムニエルに添えられていて、レマ・サバクタニ製のくせにおいしそうだった。

 ミルクと砂糖がないと珈琲は飲めないのだけど、温かいだけでありがたく感じる自分がいた。

 ブラックも意外といける。

「目的は『大特異点』だよ」

 いきなり、レマ・サバクタニはそんなことを言った。

 夢中でムニエルを食べていたので、私は「ほえ?」と間抜けな返事をしてしまった。

「なぜ、最深部を目指すのか、その理由」


 ……大特異点……


 聞いた事ない単語だけど、囁き妖精の睡眠学習効果の成果か、すぐに理解できた。

 一定規模以上の『反転型』地下迷宮には、最深部に『大特異点』と呼ばれる、異界とこの世界を結ぶ門が存在していると言われており、小鬼の巣にあった『特異点』とはくらべものにならない安定性と規模があるらしい。

 いくつか『反転型』地下迷宮が制覇されたが、一度も『大特異点』は発見されていない。古い古い伝承に、その名が残されているばかり。

「そこにいけば、任意の時間と場所に行くことが出来ると言われている。俺は、どうしても時間を遡らなければならんのだ」

 何故? とは、聞けなかった。

 レマ・サバクタニの眼に、妄執の炎が見えたから。それが、胴震いするほど怖い。

 同行することに慣れてしまっていたけど、私は危険な犯罪者と二人きりなのだという事を、改めて意識する。

「しっかり腹ごしらえしとけ。ちょっと偵察にいったが、この先はどうやら一眼巨人のテリトリ―みたいだ。まぁ、おかげさまで、このあたりは安全地帯なんだがな。あのクソ臭ぇデクの棒は縄張り意識が強いんだ。荒事必至だぜ」

 レマ・サバクタニに獰猛な笑みが浮かぶ。

 静電気のパチパチ君と火薬だけで、


 『攻撃型甲種魔導師がいない場合は戦闘を許可しない』


 ……と、地下迷宮探索時の交戦規定に定めらている大物に挑むつもりらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る