転生者には二本目の右手がある
@hayyattyan
第1話 暗闇の地下には隠された秘密がある
既に季節は冬である。10m間隔で置かれた電灯の明かりだけが頼りのこの暗い街道で、白い息を吐きながら、一人とぼとぼ帰路をたどる青年がいた。
この俺西垣にしがき敦賀つるがは平凡な18歳の青年だ。これといった趣味とかはなく、目指している夢みたいなものもなく、ただバイトを行き帰りして、生活費を稼いでいるだけの人生だ。今はその帰り道である。本日も珍しい出来事など何ら起きなかった。
しかし唯一変わった点といえば、今日の敦賀の体調はすこぶる悪いという点だ。バイトはギリギリ何事もなくできたが、あまりにも体調が悪いため、仕事が終わったら挨拶もせずそそくさ帰ってしまった。
寒さにやられて風邪でも引いたのだろうか、それともインフルエンザか?しかし今の体調の悪さはこれらの病気のものとは少し違っている。
胸が苦しい。それも息切れというようなものではない。心臓を握りつぶされて、生命力を搾り取られている、と表現したら正しいのだろか。風邪のようなぼんやりとしただるさや頭痛などではない。
歩くたびに、いや時間が進むにつれて、その苦しみは増していく。このまま帰って休んでも回復するのだろうか。いや、下手をすれば寝たら一生目覚めることなく、このままお陀仏の可能性も考えられる。
これは一度病院に行ったほうがいいだろう。何なら今すぐにでも、電話で救急車を呼んだほうがいいかもしれない。
だがその判断は遅かった。下を見ると足ががくがくと震えている。そして自分の手はポケットに突っこんだまま動かない。やがてその景色もだんだんと霞んで見えなくなる。
その途端に大きな衝撃が来た。倒れたのだろうか。だがそんな音は全く聞こえなかった。そういえば少し前から風の音とかも全く聞いてないような気がする。
いつの間にか視界は真っ暗だ。何も見えないし何も聞こえない。ただかろうじて意識は保っている。
すると真っ暗な映像の中心に、小さな白い丸が現れた。そして、だんだんとその丸が大きくなっていく。丸には、よく見ると黒い模様みたいなものが描かれている。黒い細長い棒が凸凹を描くように曲がっているのだ。これを何かに例えるなら蛇みたいな感じだ。
「オケアニスを探せ……」
それは非常に小さな音だが、不思議とはっきりと聞き取れた。だがその音は次第に大きくなっていく。
「オケアニスを探せ……!オケアニスを探せ…!オケアニスを探せ!オケアニスを探せ!!」
何度も同じことを繰り返すその声は、『オケアニス』というものに執着しているのか、怒っているのかはわからないが、耳をつんざくような大きさでメッセージを伝えてくる。
そんな声と連動するように、白い丸もどんどん大きくなっていく。いや、丸ではなく玉だ。不思議と真っ暗闇の中でも、その玉はくっきりと見え、立体感をも出している。
界が玉と模様で埋まったとき、俺の意識は無くなっていた。
暗闇から意識を取り戻した。なんだこの感覚は…。すごく、気持ちが悪い。自分の体が自分の体でないみたいだ。思うように体が動かない。俺は脳にしっかりと命令を出して瞼を開けようとする。
どうやら命令はしっかり届いたようだ。目を開けた感覚が伝わってくる。そして不思議と肌寒い。これは体調の悪さではなく、スース―と皮膚から感じられるものである。
「………!」
なにやら人の声が聞こえる。ただまだはっきりと聞き取れない。
「ついに救世主様が…!」
「我々に救いを…」
「本当に目覚めるとは!」
たくさんの人の声がする。それがだんだんと、はっきり聞き取れるようになってきた。その内容を推測するに、どうやら彼らは驚いているようだ。その驚きも、驚嘆の種類のものではなく、神様が目の前に降臨でもしたかのような、感激のような驚きだ。
次第に視力も取り戻してきたのだろうか。真っ黒の景色から、明暗が浮き上がってくる。しかしどうもはっきりとした色合いが表れない。
だんだんと赤みがかった明かりが感じ取られるようになった。まるで火のようだ。その赤みはゆらゆらと揺れている。
いやこれは火だ。火でこの空間が照らされているのだ。
俺はもうすでに視力を取り戻していることに気づいた。目の前には大勢の人々が、俺のことを一心不乱で見つめている。
その表情は、火の明かりしかないので読み取りにくいが、全ての人々に瞳はキラキラと輝いている。奇跡を見た、幻を見た、神様を見た、そのような映画やドラマでしか見たことない顔をみな浮かべている。
ふと気がついたが、俺はどうやら目の前の人々より、高い位置にいるらしい。人ごみの奥の人の顔まで見えるので、結構高い位置にいるのだろう。
目線を地面に下げると、階段がある。石造りでできた立派なものだ。よく見ると、俺と人々の集団がいるこの部屋は、どうやら石で囲われている。コンクリートではない。こんな空間は、小学校の頃に遠足で行った採掘所の跡地でしか見たことがない。
すると人ごみの奥からゆっくりと、代表者ともいうべき人物が現れた。そいつは階段を上ってこちらへとやってくる。
「お待ちしておりました、救世主様」
目の前に着くなりそう言って、代表者らしき人物は跪いて頭を下げた。
代表者らしき人物は間近で見ると、明らかに異様な人物であることが見て取れる。この男性は、まず白みがかったローブみたいな服装を着ている。ところどころに緑色の模様もあるその謎の服からして、すでに怪しいさ満点だが、階段下にいる人々たちの多くがこの服装を着ているため、この部分に関しては逆に異様ではない。
しかしその容貌は明らかに変わっていた。げっそりとやせ細った顔と体に、長い髪を持ち、その髪を後ろでポニーテールとしてくくっている。目は今までの人生で一回も寝たことがないかのように、すごく目立つクマがあり、うつろな瞳を持っている。深く刻まれたしわに、生気のないしゃべり方は、生きているかも怪しく思えてしまう。
この異様な男性は顔を上げるとこちらの顔を見て話しかけてきた。
「よろしければこの服を着てくださいませ」
すると視線の右横から一人の女性が両手に服を抱えてやってきた。どこからやってきた?と思ったが、おそらく最初から俺の背後に待機していたのだろう。
女性は俺に服を差し出した。そのタイミングで俺はようやく気が付いた。今の自分が裸であることを。
恥ずかしい!と思ったが、不思議なことに、反射で恥ずかしがる様子は外部に表現として表さなかった。感覚が鈍って体が咄嗟に動かないからだろうか。驚きは心の中で終わってしまった。
今度は左横から大きな布を持った男性が現れ、それを広げると反対側の女性が端っこをつかみ、きれいに広げて目の前に布のカーテンを作った。これは俺が着替るシーンを隠しているのだろうか。一体俺の着替えに、誰が興味を持つというのだろうか。そもそも既に俺の体は全部見られているわわけだから、今更隠したところであまり意味ないように思えるのだが。
彼らの意向に合わせて俺はおとなしく着替えることにした。
そしてこの着替えるときに、俺は自分の体がいつもとは明らかに違う事に気が付いた。普段の自分の筋肉の動きと感覚の連動がおかしいのだ。しかし視界に入る自分の体のパーツを確認すると、いつもの自分の体である。その内部のおかしさと、外部の変わりようのなさが、余計に気持ち悪さを引き立てる。
渡された着替えは、西洋の民族衣装のようなものであった。茶色の長ズボンに白いワイシャツ、ズボンと同じ色のベスト、黒のブーツとベルト。全く見たこともない服装ではないが、こんなものは着たことがない。その上、目の前の人々が着ているローブとも全く違う。
布を持ちながら、俺の着替えを横目で確認していた左右の男女は、着替えが終わると布をすっと取り下げた。下げた布の後ろから、再び異様な男の姿が現れ、今度はこう言った。
「恐れ多いながら私の名前はフォン・アカデミックです。我々が救世主様を呼び戻しました」
どうやら自己紹介らしい。救世主とやらは多分俺のことだろう。なぜ救世主と呼ぶのかは全く分からないが。
「もしよろしければ私たちの努力の成果を見ていただきたいのです。着いてきてくれるとうれしいのですが」
俺は呆気にとられながら、何も考えずうなずいてしまった。その様子を見たアカデミックは、満足そうな表情をして後ろを向き階段を降り始めた。
これはついて来いということなのだろうか。黙って俺は後をついていくことにする。
階段を降りると、下にいた群衆はいつの間にかアカデミックと俺が通る道を開けていた。彼らは静かに俺の姿を眺めており、どうやら本気で俺を尊敬しているようである。
人の道を抜けたら、ドアのついていない出口がある。出口の先は、たいまつで照らされた薄暗い通路が続いており、そこにアカデミックは進んでいった。通路は意外にも広く、10人が横に並んでも歩けるほどである。
少しばかり歩いた先の通路の右側に、今度は入口のようなものがあった。
「この先に我々が長年にわたって行ってきた努力の成果があります」
アカデミックは誇らしげに入口に指をさした。彼にどうぞと言わんばかりに入口の前を開けられたので、俺はなすがままに、アカデミックより先に部屋の中に入ってみることにした。
部屋の中は先ほどの部屋と変わらず、相変わらず薄暗く不気味だ。ただ俺が目覚めた場所と違って、この部屋には沢山のも・の・がある。そのも・の・は、何段にもわたって積まれたベッドである。ベッドとベッドのスペースは30cmほどしかなく、それがいくつも積み重なって天上に届きそうなほどだ。そんな直方体がそこらかしこに大量に並べられていた。
そのベッドには誰かが寝ている。それも大量にあるベッドの一段一段全てにだ。誰が寝ているのだろうと近づいてよく見ると、俺はその浅はかな行動に後悔した。
ベッドに寝ているのは死体であった。
匂いがひどくないのはそれがミイラになっているからであろう。死体全てが包帯で巻かれ人型になっており、茶色で乾いていて、とてもではないが人間の姿をしていなかった。
「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
本日目が覚めてから、初めて俺は声を発した。ただその声は俺が今まで発した声の中で、一番大きななものでもあった。
一旦腰が本当に抜けた後、態勢を立て直して全力でその部屋から逃げ出した。だが部屋から出ても薄暗い通路があるだけである。出口がどこにあるのかもわからない。
俺は入口から出て通路の右側に進んだ。すなわち先ほど来た道とは逆方向である。理由は目覚めた例の部屋に行きたくなかったからだ。
そこからは通路をどう進んだかは覚えていない。何回か分かれ道に会ったり、階段を上ったりもしたが、それはただ出口を求めて一心不乱に進んだ結果であった。
しかし不思議なことに、やみくもに進んだはずなのに、気が付いたら俺は日光が降り注ぐ外にいた。
外の景色は古いヨーロッパの街並みのようであった。道は石で舗装され、建物もほとんどが石造りである。
しかし俺の知るヨーロッパの街並みとは違う点がいくつかある。まず近代文明の道具が全くないことだ。車も、電子機器も、それどころか金属もほとんど見られない。街ゆく人々の服装は、美術館の絵画にある西洋の人々の服装とよく似ている。スーツを着たサラリーマンも、おしゃれなコートを着たお姉さんも、セーターを着た老人もどこにもいない。
次に目に付くのは。ところどころにがれきの山があることだ。よく見ると建物も、ひび割れたり、傾いたりしている物がいくつかある。中には、今にも倒壊しそうな木の骨組みだけでできた、おそらく商店のようなものも見受けられる。
そして何より、俺の見たこともない生物がいる。馬のような大きさで、四足歩行して、爬虫類のような皮膚を持つ、ドラゴンのような顔をした生物だ。この生物はまさしく馬と同じ用途で使われ、人が騎乗したり、馬車のように荷台を引かせて走っているのが目に映る。猫や鳥などの見たことある生物もたくさんいるが、あの生物は一度も見たことない。
あの薄暗い世界も全く分からないが、この街並みの世界も俺には全く異質なものであった。
わけもわからず道を彷徨っているうちに、自分の体力がもう既に尽きていることに気が付いた。そしてそのことに気が付いた瞬間、ばたりと倒れ、俺の意識は失っていた。
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