第17話 眠れる『獅子』

◆日野 秋奈◆


蟷螂マンティス』。

能力は振るった軌跡を約15秒残しておけるというもの。

つまり消えない残像のようなものだ。

しかし、その残像はただの残像では終わらない。

それに私以外が触れれば、鎌で切られたのと同様のダメージを負うのだ。

これで相手の動きに縛りをかけ蹴りをぶち当てることができた。

が、

河岸、私から10m先に立つ男は蹴られて吹っ飛んだのに案外ぴんぴんしていた。


――思いっきり、サッカーボールを想像して蹴ったんだけどダメか。


ならば、やはり『蟷螂マンティス』に頼るとしよう。

シェロ。

あんたは憎いけど『蟷螂マンティス』の糧になってるのは感謝してるよ。


「準備はいいか?」


「勝手にすれば?」


――私は飛んでいた。

殴られたと理解するのに、時間を要した。

全然、これっぽちも目で追えなかった。

痛みが遅れてやってくる。

河沿いに吹っ飛ばされた。

ギリギリ受け身は取れた。


「いったいなぁ……」


立ち上がる。

当たり前だ、鼻血がでてるくらいで諦められないだろう。

妹は全身骨折だぞ。


とはいえ鎌を手放さなかったのは褒めてほしい。

蟷螂マンティス』を構える。

今回は吹っ飛んだ分男と距離が離れた。

ざっと20m。

トントンと男は一定のリズムでその場でジャンプをしていた。

ボクシングで見たことがあるやつだ。

やはり、あのメリケンサックのようなのが『武装イスティント』。

拳が武器なんだろう。


「秋奈。 あのナックルはこけおどしよ♪ でも、身体能力が桁違いだから殺されたくなかったらもっと動くことね」


「死ね。 気が散る」


正直、あの動きには対応できない。

ならば。

大鎌を軽く振りかぶる。

そしてすぐさま前へ転がる。

後方でパンっという空気が破裂するような音がした。

避けれた。

そう、では躱せない。

先ほど私はぶっ飛ばされたが、鎌を握りしめていたため男から一直線に鎌の軌跡が生まれている。

よって男は正面からは殴りに来れない。

私に残像の影響はないので前へ転がればとりあえず避けれるというわけだ。



――また吹っ飛ばされた。

次は真横から蹴り。


「ガっ」


みぞおちに入った。

次は受け身をとれなかった。

私の体は河に沈んだ。


◆桐川 絶◆


一撃目に追撃をしなかったのは、契約の力を初めて実感し少しものを考えていたからだ。

そして、今回の蹴りによる二撃目は追撃しなかったのではない、

前に転がったのと同時に女は鎌で小さな軌跡を作っていた。

それに気づかず蹴り飛ばしたので、足がざっくりと切れていた。


――少し速度が落ちそうだな


そうしてるうちに女は立ち上がった。

よく見れば先ほど躱さざるをえなかった、まっすぐ伸びた軌跡が消えている。

軌跡はだいたい10数秒で消えるらしい。


片足が使えない以上、もう一方の足のみで地面を蹴った。

また一直線の軌跡ができているので女の真横へ走りこむ。


――見切られているな。


眼で追われているのが分かった。

女はギリギリ大鎌を盾として右の拳を防ぐが、鎌を使った以上盾となるものはもうない。

次の左は当た――。

顔の真横には小さな軌跡がみえた。

狙いを急遽変えボディブローへ移行。

女はその隙を逃さずバックステップし、左へ鎌を振りかぶった。

鎌のないほうの右へミドルキックを入れる。

しかし、軸足にあった傷のせいで少しふんばりが効かずかなり浅い一撃となった。


「うっ!」


とはいえ先蹴り飛ばした腹に当たったので女は小さく悲鳴をあげ、鎌を振った。

横薙ぎ。

膝を曲げ、しゃがみめば躱すのはたやすい。

女は鎌の遠心力を使いしゃがんだところに回し蹴りを入れに来たが、拳でそれには対応する。

しゃがんでいるので少し軽い一撃になってしまったが『獅子レオン』があるためダメージになりえる。

獅子レオン』には大鎌と違い能力はないようだ。

が純粋にメリケンサックとしての効力は発揮する。


「こん……にゃろう!!」


鎌を斜めに振り下ろしてきた。

こちらは転がり回避。

女はその隙に距離を取り、鎌を前方で一回転させ、大きな円を描く残像が残った。


――即席の盾か。


回り込むため左方向へ駆ける。

女は鎌を「残像の盾」の真横へ投げた。

いきなりは止まれない。

スライディング気味に回転しながら飛んできた鎌を躱し、女の方へ軌跡を縫い駆け抜ける。

女は盾の前方へ飛びこんだ。

手出しできなくなる。


――案外厄介だな、この軌跡。


次の瞬間、空気を切る音が聞こえた。

投げていた鎌がブーメランのように返って来ているのだ。

後ろへ一歩下がり、避ける。

今、俺と女との間には、投げた鎌の軌跡が二つと回転でできた盾のような軌跡が存在する。

女もかなりボロボロだろうが、俺は俺で足の出血がひどい。

女は少し盾より前にでて鎌をキャッチし、間髪いれずに鎌を俺の方へ投げる。

10数秒で軌跡は消えるが、契約者の戦闘にはずいぶん長い効果時間だ。

飛びのいて鎌を躱し、すぐに走り、盾に裏へ回り込もうとするが、女もそれに合わせ俺から離れる方向へ動く。


――またか。


投げた鎌の軌跡で分断された。

足がそろそろ限界だ。

女は着々と大鎌の使い方のコツをつかみ始めている。

そして、一度分断して隙を作れば徐々に軌跡の量は増えていく。

現に軌跡は少しずつ増えていた。

消える軌跡より生み出される数のほうがが勝り、それにこちらが怯めばまた軌跡が増えるという一度嵌れば抜け出せない負のスパイラル。


――追い詰められている。


「ふ……」


◆日野 秋奈◆


ペース握っているのは私だ。

このまま軌跡を増やし続け、いずれは四方八方に盾を作り完全な安全地帯から鎌を投げるという勝ち筋が見える。

武器を投げるのはふつう一発限りの奥の手。

だが、これは『武装イスティント』。

最悪、一度シェロに『武装イスティント』を消してもらい、もう一度出せば投げに失敗しても取り返しが付く。

さぁ、このまま押し切ってや――


「ふ……。 ククク。 ハッハッハッハッハッハ!!!!!」


笑い出した?

なんだ追い詰められていかれたか?


「はぁ…… あぁ、いや、すまない。 楽しいのだ」


楽しい?

私はちっとも楽しくなんかありゃしない。

何発も殴られて体中痛い。

こいつを早々に殺してやめにしたいのだ。


「秋奈!! 逃げろ!!」


シェロが叫んだ。

男は盾を挟んだ向こうから拳を振りかぶりっていた。

拳。

奴の『武装イスティント』の装飾が少し変化しているように見えた。

なんにせよ、シェロが叫んでるのは普通じゃない。

とりあえず逃げ――


爆発バースト


逃げるため背を向けた瞬間後方で爆発が起きた。


◆桐川 絶◆


俺が追い詰められいる。

初めての体験だ。


プライドが傷ついた?

初めて腹が立った?


――いや歓喜しかない。


やはり、魔界、魔力、悪魔、契約者は今まで俺になかったものを見せてくれる、体験させてくれる。

俺の生まれ持った才能は負けを俺から無関係のものにしたが、勝ちから喜びも奪っていった。

誰と何をしても勝つというのは退屈だった。


俺の方が女よりも才はある。

どう考えても俺の方が身体能力は上。

ここまではいつも通り。

しかし、追い詰めらいるという初の体験。

初めて感じる敗北の兆し。


契約者は『想い』で才を越えることができる。


契約者なら俺がどれだけ才能に溢れていても『想い』でその溝を埋め、対等になれる。

いや対等ではない隙を見せれば俺は死ぬ。

殺しあいがとても楽しい。

死と隣合わせになることで初めて感じた命の拍動。

今やっと生きている感じがした。


──『獅子レオン』は目覚めた。


能力は単純明快で殴る瞬間に爆発を伴わせる。

少々使えばクールタイムがいるようだが、一発目にはなんの関係もない。


爆発バースト


軌跡に盾ごしに女を吹き飛ばす。

威力は十分だった。


◆日野 秋奈◆


危なかった。

シェロの忠告がなければ、爆風をもろに受けて絶対に死んでいた。

間一髪飛びのいたので爆風を受けて吹き飛ばされ、河川敷上の道路へ着地した。

ガラスを割られたバスはもういなかった。

事故を起こしていてもおかしくなかったが、そうはならなかったようだ。


幸運だった。


あのバスが事故を起こさなかったことに対してではない。

事故を起こしていればここを通るバスはやって来なかっただろう。

ちょうど別のバスが走ってきていた。

すかさず、バスの後ろをつかみ豪快に無賃乗車を敢行する。

契約者の身体能力なら、あの男なら、バスに追いつけるかもしれないが体力にも限界があるし、あの男は足を怪我していた。

なんとか逃げおおせそうだ。

妹を救うために契約者は殺さねばならないが、今死ねば全部パーだ。

少なくとも今は、私じゃあれには敵わない。

戦っているうちに鎌に使い方に慣れたようにもう少し、技術を磨く必要がある。


「良い判断ね♪ 無様に逃げるのも手よ」


悪魔は死なないのでこいつをサンドバックにするとしよう。


◆桐川 絶◆


「逃げたか……」


「バスが走っていたのが不運だったな」


「あぁ。 しかし、楽しかった」


「? そういえば笑っていたな」


「初めて他人に興味が湧いた」


あの女。

他人のことを顧みずバスの窓ガラス割り、俺をすぐに殺しに来た。

何がそこまでさせるのか。

日常や保身のことを考える人間しかいない社会や自分の『想い』を押し隠している人間では、決してできない行動。


最初の右ストレートで手を抜いたのは正解だった。


もっと知りたい。

あの女だけでない、契約者は後4人もいる。


殺しあってる時はちっとも退屈だと思わなかった。

これしか俺の生き甲斐になりえないと、そう思った。


「ガルバ。 願いの件だが」


「あぁ」


「願いはどうやって叶えるんだ? 本当に何でもできるわけではないのだろう」


「悪魔が人間を魔界に連れていき魔法で叶える。 例えば、人間を生き返らせるのであれば魔界でその人間を魔法で生き返らせ、人間世界へ返すといった風にな」


「ならば願いは決まった」


◆ガルバ◆


願いが決まったらしい。


「言ってみろ」





「超大規模の儀式を行ってもらおう。 ありったけの悪魔を人間世界に呼んでな。 もっともっと俺は戦いの中にいたい」





「……正気か?」


「あぁ。 やっと正気を取り戻したという感じだ」


絶の『想い』は希望にあふれていた。



























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