第7話 『大熊』と『大鷲』

◆二階堂薫◆


「よお。 契約者」


前から歩いてきた見るからに優男な奴に声を掛けた。

となりに浮くドレスを着た銀髪の悪魔。

――こいつは間違いなく契約者だ。


「…… 初めまして」


そう言った。


「俺は二階堂薫」


「俺は小早川誠」


名を名乗る。


いきなり殺し合えと言われても案外難しいものだ。


サーニャが「──開け」といえば、俺が走り出せば、歩み寄れば

――殺し合いが始まる。

だがその一歩が踏み出せない。

他の契約者は殺すと考えたが、実際に前にすればすぐに覚悟は決まらない。

武器を持てば変わるだろうか?

……考える。

石動のことを。

殺された彩香を。

憎しみに身を任せ──


「あなたは…… 何が願いですか?」


「あ?」


良いところなのに話しかけやがって。


「俺は…… 俺は、この能力を使い、振るわれる暴力を止めたい」



「人が傷つくのは嫌なんだ」


「……サーニャ」


「──開け」


俺は『大熊グリズリー』を手に駆け出した。


◆小早川誠◆


俺は率直にいったのだ。

傷つく人をみるのが嫌なのだと。

「ああ、俺もそうなんだ」と返してくれるのを期待した。

相手と会話がしたかった。

なぜこの儀式に参加したのか、その願いは人を傷つけてまで叶えるものかと。

俺は願いを使って人を助けたいんだと。


甘かった。


「リザ!!!」


「――開け」


右手には俺の『武装イスティント』である漆黒に染められ、まがまがしい加工が施された「ハンドガン」が握られていた。

大鷲イーグル』。

しかし、構える前に二階堂と名乗った男は駆け出し、切り込んできた。

二階堂との距離は3mちょい。

大剣といえど、刀身1m50ってとこだ。

届かないだろう。


――いや、なんかまずい!!


契約の力で跳ね上がった身体能力、もちろん、動体視力も瞬発力も大きく底上げされている。

咄嗟に右に飛んだ。

地面を転がり、受け身をとって起き上がる。

先ほどまでいた地面は、大きく

というか、俺のいた場所だけでない、背中にあったジャングルジムのど真ん中に大きな亀裂が入っている。


斬撃が飛んでるのか?!


「ちっ。 外したか。」


「しっかり狙いなさいよ。 もう50cm近かったら殺れてたわ」


こいつ、普通に殺す気できやがった。

その気ならやってやる。

次こそは『大鷲イーグル』を構える。

──殺さないなんて言っていられない。

俺が死ねば、契約者の暴走を止める人間はいなくなる。

ここで俺は死ねない。


◆二階堂薫◆


イライラする。

人が傷つくのがみたくないだと?

じゃあ、家にこもってれば良い。

降参すれば良い。

儀式から降りれば良い。

俺は、願いを叶えるために人を殺す覚悟してきてんだ。

わざわざ水を差しに来たってのか?

死ね。

中途半端な正義感で想いを踏みにじれると思ったら大間違いだ。


「くらえっ!!」


小早川は銃を構えていた。

思ったより立ち上がりが早い。

こちらが振り上げてから降ろすより引き金を引くほうが早い。

剣先を地面に向けて大剣を盾として使う。

――が、サーニャに言われていた。


攻撃は基本躱せ。

どんな能力かわからなければ、できるだけ当たるな。


盾にしながら横へ走る。

小早川は引き金を引いた。

弾は一応視認することができたが――契約で得た動体視力向上によって――、その場その場で躱すのは不可能だ。

銃口を見て引き金を引くより一瞬速く動けば躱すことができる。


だが、とりあえず動き回り、狙いをつけさせない。

隙ができれば、『大熊グリズリー』で斬撃をとばし、勝負を決める。


小早川はたて続けに引き金を引いた。

そのたびにズドンと派手な音が鳴る。

今のところ上手く躱せている。

銃なんか大半の日本人は撃ったことがない。

そうそうあたら――


そう思った矢先、小早川の銃弾は肩をかすった。


「うぉ!」


いや大剣は無事だ穴はあいていない。

弾がかすめた肩も痛くはない。


――なんだ今のは?


その後、二発弾を躱すと小早川の銃声が止まった。


よし、チャンス。


足を止め、剣を振り上げる。

距離は10m。

大熊グリズリー』はやろうと思えばどこまででも斬撃を飛ばせる――距離に反比例し威力は下がるが。


った。

振り下ろす。


「──許可するパージ

小早川が呟いた。


――その瞬間、肩に鋭い痛みが走った。


「ぐっ……!」


そのせいで狙いを外した。

小早川は悠々と斬撃を躱し、マガジンを落とし、リロードを済ませる。


――いつ撃った?!


肩にダメージを受けた瞬間確かに小早川は引き金を引いていない。

──いやのか

これが小早川の『武装イスティント』。

厄介だ。


◆小早川誠◆


一発。

二階堂の肩を貫いた。


装弾数15発。

俺の『大鷲イーグル』はどこまでも進み続ける弾丸を放つ。

どんな障害物もこの『大鷲イーグル』の前では障害になり得ない。

しかし、これは『大鷲イーグル』の真価ではない。


最大の特徴はダメージの発現の操作である。


大鷲イーグル』は射線上の物をすべて貫通するが、それによる被害は直撃した時点では0だ。

しかし、俺がその被害を『』すれば、たちまち貫通によるダメージが現れる。

』は対象を選択できるため、ダメージの調節ができる。

降伏させるのにかなり便利な能力だ。



リロードも完了した。

狙いの定めかたのコツを掴んできた、勝負を決める。

もう一度、二階堂へ『大鷲イーグル』を構える。


二階堂は大剣の構えを変えていた。


剣の先をこちらに向ける構え。


──突きか!!


突きですらのか?!

しかし、突きの性質上、当たりは小さい。

その場で上体捻り、突きを躱し──


右足太股に激痛。


「いってぇ!」


──こんにゃろう、バカでかい剣で器用なことしやがって!


フェイントを入れて足を狙ってきたあたり、あっちもコツをつかんできたらしい。

痛みに耐え、引き金を引く。

立て続けに撃とうとするも、二階堂は貫通という性質を理解したようで大剣を盾に使わず、弾を躱した直後に突き入れてくる。

こちらの銃口を見て最低限で弾を躱しているようだった。

不味い。

10mの距離間での飛び道具合戦。

こうなると銃のアドバンテージであるリーチの有利差がない。

いや弾切れを起こす、こちらが不利。


こちらも二階堂の突きは徐々にてきて躱せるようにはなった。

しかし、もう弾切れが近い。

ズドン。

ズドン。

残り2発の弾は二階堂を通りすぎる。

弾切れだ。


◆二階堂薫◆


──二度目のリロード!

一発、二発はもらっている。

また、斬撃のタイミングで痛みを生じさせてくるだろう。

耐えれる痛みでも反射的に身体が逸れ狙いがずれる。

ならば次は横凪ぎにする。

振り下ろす分には重力があるため、比較的速く攻撃できる。

が、横凪ぎは自分の力で振るわなくてはならない。

しかし、今の小早川は無防備。

多少遅くても反撃の可能性はなく、痛みによるぶれも横凪ぎであれば問題なく相手を捉える。

大剣を横に構える。


「『許可するパージ』!」


来るとわかれば耐えようがあるってもんだ。

右肩と脇腹にダメージ。

それに構わず大剣を振り抜こうとする。


「薫! 後ろよ!」


サーニャの声。


続けてギギギという音がした。


ジャングルジムが音を立て俺の方に崩れようとしていた。


俺が最初に撃った斬撃がジャングルジムのバランスを大きく乱し、小早川が撃った弾は自壊を防ぐ支柱となっていた手前側の棒を破壊していた。

――小賢しい真似しやがって!!

手前側、しかも下側の金属の棒が破壊されれば自重に負けて、こちら側に倒れこんでくる。

大きく横に飛び、大剣を振り回し倒れるジャングルジムをバラバラにする。


「ちっ、クッソ!!!!」


小早川の方へ振り返る。

いない。


「逃げられたわね」


「あぁ?!」


「よくもまあ、あの足で。 逃げ足が速いこと……」


取り逃がした。

小早川誠。

気にくわないやつだったが、強かった。

もっと『大熊グリズリー』の使い方を心得なければ。


次は殺す。


◆小早川誠◆


危なかった。

最後の局面、ジャングルジムが二階堂の後ろになければ殺られていた。


「ヒヤッヒヤさせるね」


「 死ぬかと思った」


「で、誠的にはどう? ニカイドーは殺すべき?」


二階堂薫。

わかりあえないやつだ。

いきなり斬りかかってくるし。

おかげ様で足から大量に血が出ている。

契約者の飛び抜けた身体能力がなければ、右足を庇いながら逃げ出すのは無理だった。


「あぁ。 アイツには何か執着する願いがある。 そのためなら人を殺すだろう」


アイツを放っておけば、必ず人が死ぬ。


「次会ったら……殺す」


あれは推定殺人罪で死刑だ。

俺が裁く。






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