第24話 研究
魔法使いの村。
それは木々が生い茂る森林の中、更にその奥の山を越えた先にある。あまりにも森の深くにあるため、旅人はごく稀にしか訪れない。
旅人どころか、周辺にいる多くの者は村があるということすら知らない。それは彼らが現世と断絶して生きているからだ。
もし彼らの存在が公に知られたならば、村人は魔の手先として無法に裁かれたり、あるいは見世物として奴隷のような生活を強いられるだろう。だから彼らは隠れ住んでいる。
この村の名前はマーラ。
山の頂上で出会った少女アリアに誘われてこの村に辿り着くことが出来た僕は本当に幸運だと思う。
彼女は僕が追う魔法使いの少女ヨナと同じように銀色の髪を持ち、魔法を使うことができる。
彼女に限らず、村人のほぼ全員が魔法を使えるというのだから驚きだ。
いや、だからこそ「魔法使いの村」なのだろう。
その事実を聞いた時、僕の勘が言った。
マーラの村には魔法の手がかりがあると。
この村で過ごすことで僕は魔法を使えるようになるのではないかと。
そして……この村に必ずヨナが来ると。
僕はスタンティノスで仕入れた商品を自ら差し出し、この村でしばらく暮らすことを許された。
僕たちが持ってきた商品を村人たちに振る舞ったときは一つの祭だった。
これが欲しい!あれが欲しい!とそこかしこから聞こえる声。僕は大盤振る舞いで外界の珍しいものから普段使っているようなものまで、次々と村人与えた。
僕たちに群がる人が多い中、僕らには近寄らず、影からこちらを覗いている者達もいた。
僕たちを歓迎しない村人だ。そんな人がいるのも当然だろう。物を与えてくれる人間が必ずしも良い人間とは限らないからだ。
彼らもヨナ達の部族と同じように迫害の歴史の中で育ってきたに違いない。それゆえ、余所者を警戒していて当たり前だろう。
僕の荷物がずいぶん軽くなった頃、周囲の人たちは僕にお礼を言って帰って行った。
やることがなくなった僕は村長さんの家に入る。そこには暖炉の前で揺り椅子に座っているこの村の村長シモンさんがいる。
僕たちはテーブルについて、夜の食事を摂る。僕とケルビン、シモンさんとアリアの4人での賑やかな食事だ。
歓談と共に食事を全て平らげた後、僕はシモンさんに大事な話を持ちかけることにした。
「……シモンさんお願いがあります。」
シモンさんは僕の真剣な声色に片目の眉をあげる。
ガタッ
僕は椅子から立ち上がり、
「僕に魔法を教えてください!」
を頭を下げてお願いした。
村長であるシモンさんはうーむと唸っている。
「……まぁ、顔をあげなされ。アラン殿」
僕はゆっくりと顔を上げて、シモンさんの顔を見る。
シモンさんは困ったような顔だ。
「……なぜ魔法なんぞを教わりたいのかね?」
シモンさんは姿勢を変えずに尋ねてくる。
僕は深呼吸を一つして、気分を落ち着かせる。
目を瞑ると浮かぶ彼女の姿。それを再確認して口を開く。
「大切な人と一緒に暮らしたいからです」
思い浮かんだのはシンプルな答え。
——ヨナと一緒にいたい。
だから僕はこの旅を始めた。
そのためには二つの条件がある。
一つ、魔法を使えるようになること。
二つ、ヨナと再会すること。
僕はこれだけを求めて全てを投げ出してきた。
故郷も、父も、大商人の息子や貴族という肩書きも婚約相手も捨ててここまで来た。
僕の決意は固い。これ以上なく。
「訳ありのようだな」
シモンさんは僕をじっと見つめてくる。
僕も負けじとじーっと見つけ続ける。
しばらく沈黙のにらみ合いが続く。
数秒後、僕の決意を汲んでくれたのかシモンさんはため息を出して声を発する。
「……ふぅ、若いモンを相手にすると疲れるな」
僕の体は緊張で硬くなる。
これからどんな言葉が出てくるんだろうか?
「君にとっては残念な話になる」
心臓の音が高鳴る。
僕は話を聞き漏らさないように耳を澄ませる。
「実はな。分からないんだ。どうやって魔法を使えるようになるのかが」
僕は目を見開く。
「君たちはこの村がなぜこんな山奥にあるか知らんだろう?」
僕は固唾を飲んで、シモンさんの話に聞き入る。
「何十年も前の話だ。私たちは魔法を使えるようになってしまった。そうした者達が集まりこの村を作ったんだ。だからこの村には魔法を使えるものが多いんだ。……しかし、なぜ魔法を使えるものが出てくるのか、そもそも 魔法とは何なのかは分かっていない。……皆、恐れているのだ。この力を」
シモンさんは辛い過去を思い出すような顔で語る。
その姿を見るだけでどんな目にあったのかが想像できる。
迫害だ。
「石を投げられるくらいならどれだけ良かっただろう。あるものは磔にされ、あるものは無実の罪で牢屋に入れられた。隠そうとしても暴発してしまう可能性があるこの力と私たちはどうやって付き合っていけば良いのか……」
暴発。
思い当たることが一つだけある。
僕は隣にいるケルビンを見る。彼もシモンさんと同じような悲しい顔で話を聞いていた。
ケルビンの家族は彼の魔法の暴発によって死んだ。それを思い出してしまっているのだろう。
シモンさんも沈むような顔で僕を見る。
「君は大切な人のために魔法を使えるようになりたいと言うが、それは余りに愚かなことだ。君には未来がある。私たちとは違ってな」
僕は体を震わせる。
「それでも! 僕は魔法を使えるようになりたいんです!」
辺りには沈黙が走る。僕の怒号にアリアが怯えている。
「す、すみません」
僕はアリアの様子に気づいてみんなに謝る。しかし、誤ったところで事態は変化しない。
「いいんだ。君の気持ちはよくわかった。……しかし協力できることは何もない。魔法のことは私たちにも分からないのだから……」
シモンさんはそう言うと揺り椅子を揺らしてパイプに火をつける。
話はここで終わり。そう言うかのように。
——————————
僕はこの村で魔法の研究を始めた。フィーチェの村で行なっていた研究を再開したのだ。
あの時は結局何も成果を得られず、周りに心配されるだけの日々だったが今回は違う。この村には実例がごまんといる。
僕の護衛であるケルビンを始め、村人のほとんどが魔法を使うことができるのだ。
僕は村人達に魔法に関することの聞き込みを行なった。
——村の少年とその母によると
「魔法? うーん。いつの間にか使えるようになってたからわからないよ」
「この子は昔高熱にうなされてね。それがある時、急に収まったんだ。それからだよ。この子が魔法と使えるようになったのは」
——酒場の主人によると
「魔法か……。俺が使えるようになったきっかけは……熱だったな。高熱にうなされる日々が続いて、それから使えるようになったんだ」
ケルビンと同じだ。たった一人の症例と複数の症例があるのとでは説得力が違う。
恐らく、魔法を使えるようになる前兆は高熱だ。しかし、なぜ熱が出るのだろう? それだけが疑問だ。
——村の木こりによると
「魔法を使う感覚? うーん、こうやって……こう!」
木こりの髪が光る。そして
ボォン!
僕は突然の轟音に腰を抜かしてしまった。
「おっと、驚かせちまったか。悪い悪い」
参考にならなかった。
——アリアによると
「えっとね。集中すると手に不思議な力が出てくる感じがするの。それをボーンって爆発させると、本当に爆発するの! 不思議だよねー」
爆発させるのが魔法なのだろうか。いや、アリアは以前……
「この前、すごく速く走っていたけど、あれは?」
「あれはね。私が見つけたの! ご本で読んだんだ。人間にはきんにくっていうのがあって、それがはったつして速く走れるようになるんだって!だからそういうのをイメージしたらできるようになったの!」
これは新しい発見だ。
爆発させるだけでなく、肉体を魔法で活性化させることができる。
そして、イメージの力。
イメージを形にすることができるのなら、他のことにも応用できるのではないか?
僕は好奇心に動かされて、アリアに試してもらうことにする。
僕は金貨を取り出して
「この金貨を浮かせてくれないか? こうやってプカプカと」
僕は金貨を空中で泳がせて、アリアのイメージの手助けをする。
「うん。わかった!」
金貨を持たせてるとアリアは目を瞑る。
すると銀色の髪が輝き出し、フワフワと金貨が浮いているではないか!
アリアは金貨を手の中に戻し、鼻を高くする。
「凄い! アリア凄いじゃないか!」
褒めるとアリアはえっへんと胸を張って答えた。
「でもこれ、凄いつかれるよー」
慣れないことをしたからだろうか。
それとも簡単なことでも魔法的な体力を使うとか?
僕の好奇心は尽きない。次の実験は
「じゃあアリア。魔法で土をこの金貨に変えてくれないかな? イメージしてくれ。この土が金貨に変わるのを」
僕は現金な願いを乞う。
「わかったー。やってみる!」
アリアはまた褒めてもらいたいのかノリノリだ。
右手に金貨、左手に土を持って目を瞑るアリア。僕はアリアの集中を切らさないようにじっと沈黙を貫く。
しばらく、待っているとアリアが目を開けてこう言ってきた。
「うーん。できなそう……。ごめんなさい」
しょぼんとするアリアに僕は慰めの声をかける。
「いいんだよ。いきなりは難しいだろうしね」
こうして、僕は二つの事実を知ることができた
魔法でも出来ることと出来ないことがある。
そして……魔法を使うと疲れてしまうということだ。
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