最終章 眼前に輝く

第22話 似ている風景


「「け、結婚!?」」


「あぁ。そういうことになった」


「はいっ」


 リゼットさんがヒューゴの腕に抱きついて満面の笑顔を浮かべる。


——まさかこんなことになるとは……


 僕たちは大急ぎでネビルの村に帰ってきた。

 薬をヒューゴの元に届けると開口一番にヒューゴは自分とリゼットさんが結婚することにした、と伝えてきた。

 これは……なんとも驚きの事態だ。

 そもそもヒューゴはリゼットさんを旅に連れて行くのを止めていた立場だったのに、まさかその人と結婚なんて……。

 人生、何が起こるか分かったものじゃないとはいうけれど、まさに奇想天外と言えるだろう。

 僕が居ない間に何が起こったのだろうか。

 まぁ、決まってしまったことは仕方がない。

 問題は……


「それは……おめでとう。……これからどうするの?」


 そう、問題はこれからヒューゴとリゼットさんは旅を続けるのかどうかなのだ。

 僕はその答えをほぼ正確に予想できていた。


「あぁ、この村に残ろうと思う。生憎この怪我だ。しばらくは旅なんてできないだろうしな」


 やはり……そうか。

 ヒューゴは自分の胸の傷を指差して言う。


「すごい! にいちゃん! おめでとう!」


 ケルビンは親愛なるヒューゴとリゼットさんに祝いの言葉を言う。


「ハハッ! ありがとなケルビン。……ただ、俺が心配なのはお前とケルビンのことだ」


 ヒューゴはケルビンの頭を撫でながら言う。


「こいつにはもっと剣の稽古をしてやりたかったし、まだまだ教えていないことが山ほどある。それにお前たち二人っきりで旅が出来るのかも正直不安だ」


僕が返事をしようとすると


「それなら大丈夫だよ! 僕、この前盗賊を倒したんだ! アランさんにもちゃんと用心棒として認められたんだよ!」


 とケルビンが大声で報告する。


「そいつぁすげぇな! たった一ヶ月でそれだけできれば上出来だ。心配して損したな!」


 ヒューゴはケルビンの報告に驚嘆の声で返す。

 確かにあの光景は凄かった。

 三人の盗賊をものの数秒で壊滅させ、残る一人の盗賊を睨むケルビンの姿は今でも眼に焼きついている。


 リゼットさんが持ってきた薬瓶の蓋を開け、ヒューゴの傷に塗ろうと準備している。

 ヒューゴはそれに気づいて上の服を脱ぐ。

 鍛え抜かれた体の真ん中に大きな火傷が見える。


「お前たちはこれからどうするんだ? 結婚式は多分当分先になるだろう。俺がこの調子じゃな……」


 ヒューゴは自嘲気味に言う。


「……二人が居なくなるのは寂しいけど、僕たちは旅に出るよ」


 僕は淡々と言葉を述べる。


 既に一ヶ月も時間を使ってしまった。

 この調子じゃ、いつヨナに追いつけるかわからない。

 僕の、僕たちの目的のためには今すぐにでも出立するのが最善だ。


「そうだな。それが良い。必ず見つけろよ。ヨナさんを……!」


 ヒューゴと僕は腕を交わす。


「出会いも突然だったけど、別れも突然だったね。ありがとう。ヒューゴ」


「ああ! いつかまた会おうぜ。相棒!」


 こうして、僕とケルビンの二人で旅を続けることになった。


 絶対にヨナを見つける。

 そしていつかみんなと、この村でお祝いをしよう。


 僕は決意を新たにしてネビルの村を発った。



——————————



 僕たちの新たな旅路を祝福するかのように空は晴れていた。

 後ろの馬車を引いているケルビンは子供らしくブー垂れている。


「もうちょっとネビルの村に居てもよかったんじゃないかなぁ」


 すでにネビルの村を発ってから数日立つのに、ケルビンは不満そうに言う。


「だから……僕たちの目的は『魔の民』に会うことなんだ。あそこに居ても出会えるとは思えない。彼らだって旅をしてるんだ。急がないと一生出会えないよ」


 僕は何度繰り返したかわからない言葉を言う。

 ケルビンはもう少しヒューゴとリゼットさんと一緒に居たかったようだ。

 ケルビンはヒューゴを本当の兄のように慕っていたし、リゼットさんには母親を重ねていたようにも思う。

 そんな彼らとの別れは辛いものだろう。

 僕にとっても同じだ。

 それでも、僕は目的を見失わない。

 いや……それしか見えない。


 早くヨナに会いたい。

 一分一秒でも早く。


 その思いが僕を前に進ませるのだ。


 目指す場所は南。

 村長さんの話ではこっちの方に小さな村があるらしいという。

 らしいと言うのは村長さんの言葉だ。

 聞くところによると、誰もその村にたどり着いたことはないが、南からたまに交易のために人里に降りてくる人間がいるという。


 ネビルの村の南は緑が生い茂る山岳地帯だ。

 かろうじて開かれている道を馬車で登っていく。


 山の登っていると馬も疲れてくる。

 僕たちは山の中腹で休憩することにした。


 木の根元に座り、保存食の干し肉をそのままかじって僕はうなだれる。


 これだけ登っても一人も見ない。

 建物らしいものもなく、もしここに何もなかったら僕は途方にくれるだろう。

 最悪の事態を考えてしまい、僕の心は焦燥に支配される。


「本当にこの先に村なんてあるのかなぁ……」


 ケルビンが僕の代弁をするように言う。


 やめてくれ。

 お前にもそんなことを言われたら不安出そうにかなってしまいそうだ。


「多分ね……」


 僕は「在る」とはっきりとは言えずに曖昧な言葉で誤魔化す。

 二人の中に沈黙が漂う。

 しばらく、その場で馬の休憩が住むのを待つ。

 その間、僕とケルビンは言葉を交わさなかった。



——————————



 もうすぐかな?


 僕は夕焼け見えてきた頃、僕の勘がそう呟いた。

 木々が生い茂る地帯を抜け、それらの樹木よりも少し高い場所。

 なんとなく懐かしい気持ちになる。


 そうだ、ここはあの場所に似ている。

 フィーチェの村の近くの高台に。


 僕が好きだった場所。


 そして狼に出会った場所。


 一人昔の余韻に浸っていると、山で遮られていた風景が開かれる。

 頂上だ。




 言葉は出なかった。




 美しい夕焼け。

 地平線の向こうまで映え渡る風景。

 風が唄うように木々を撫でる音。

 そして……



 銀色に輝く少女。



 少女は夕焼けを見つめている。

 一体何を思っているのだろうか。


 僕が見た風景をまとめて絵画にしたら、どれだけの価値になるだろう。

 どれだけの値を張られても僕は絶対に手放しはしない。

 やっと、見つけたのだから。


「ヨナ!!!」


 少女は僕の言葉に何一つ反応しない。


 何を見ているのだろう。

 何を……見据えているのだろう。


 僕は馬車を飛び出して、彼女の元へ駆け寄る。

 近くまで来ると違和感を感じる。


 ——ヨナじゃない?


 確かに綺麗な銀髪はヨナと同じ色だ。

 しかし、背丈があまりにも小さい。

 ヨナは少女のような外見だけれど、あれから二年も経っているし、それに雰囲気が少し違う気がする。


 少女は近くに寄った僕の方に振り返り、


「旅の人?」


 と話しかけて来る。


——やっぱりヨナじゃない。


 幼い少女は豊かな笑みで僕を迎える。


「君は……」


 僕は少女に尋ねる。



「私? 私はアリア。マーラ村のアリアよ」


 アリア。

 やはり目の前の少女はヨナではない。


 そしてマーラという村。

 聞いたことがない。

 それが僕たちが探していた村なのだろうか。



 いけないいけない。

 まずは自己紹介をしなければ。


「僕はアラン。あそこにいるのがケルビン。旅商人だよ」


「わぁ〜すごい! じゃあ色んなところ行ったりしてるの?」


 少女は無邪気に僕に聞いて来る。


「う、うん。そうだよ。村とか都市とか回ってる……」


「都市!? 都市ってどんなの? 大きいの?」


 少女は僕の元へ駆け寄って疑問をぶつけて来る。


「そうだね。すごく大きいよ」


 僕にも疑問はある。

 それを聞いてみよう。


「それより、マーラの村ってどこにあるの?」


 少女は分かりやすく考え込む動作をして、


「うーん。お兄ちゃん達は悪い人じゃなさそうだし。良いよね? こっちだよ!」


 少女の髪が淡く輝き、山を下っていく。


 僕が突然のことに動けないでいると


「何してるの!? こっちだよー!」


 と声がかかる。

 僕は急いで馬車を走らせた。

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