小役人の副業

和蔵(わくら)

第1話 貧乏は辛いよ!


はぁ.....はぁ.....はぁ......待てぇ......


逃走者を追っている男は、息も絶え絶えで、逃走者には

そんな声は聞こえていなかった。


クソッ、足がパンパンで走る事が辛い。


男は壁に手を付きながら、独り言を呟きだした。


奴を逃したら、支払いが遅れてしまう....


追跡者の男は、空腹のお腹を鳴らしながら、一生懸命になって

男を追いかけだした。それもそのはず、追跡者は昨夜から何も

食べていないのだ。それなのに、追跡者の男は空腹に耐え、喉

の乾きに耐え、無我夢中で前を走る男を追いかけていた。


逃げている男は、追っ手が迫っているのが解っているのか、道の

途中にあったゴミ箱や箱などを倒しながら逃げている。


「何なんだ。しつこいにも程があるぞ。いい加減にしやがれ」


逃げる男は毒付きながらでも、走る事を止め様とは思ってないのか

逃げる速度を上げていた。


おっととっとと!


男が倒した箱や角材などを避けながら、追跡者は転びそうになって

いたが何とか転ばずに男を追いかけていた。


逃げている男を追いかけ出してから、もう30分以上は経った頃に、

ようやく男が何かに足を引っ掛けてしまい転倒した。


転んだ男は素早く起き上がろうとしたのだが、追跡者は男を立ち上が

らせる気は更々ない様で、男に素早く走り寄ると、男の背中の上に膝

を乗せ、そして素早く利き腕を背中に捻じり上げて、男が逃げれない

様にしたのだった。


「離せコラァ!俺が何をやったって言うんだ?俺は何もやってねよ」


追跡者は、捻じり上げた腕に縄を結ぶと反対側の腕も背中に回し、腕を

縛り上げていた。そうする事で、男は逃げられない様にしたのだ。


言い訳は、衛兵詰め所で言え!俺はお前に掛けられている賞金だけが

目当てなんだ。お前には興味が無い。


どうやら男を追っていた者は、男に掛けられていた賞金が目的だったのか

男が何を言おうが聞く耳を持つ気は無い様だった。


「頼む、俺は嵌められたんだ。アイツの家に行った時にはアイツは既に

死んでいたんだ。信じてくれよ!」


男は、それでも追跡者に自分は無実だと訴えていたが、追跡者は表情一つ

変える事も無く衛兵詰め所まで遣って来ていた。


「あんた賞金稼ぎか?そいつは数日前に賞金が掛けられた男じゃないか!?

良く捕まえて来れたな?」


衛兵は直ぐに賞金首の男を牢屋に入れると、賞金稼ぎの男に換金は何処で

するかを訊いていた。


「あんた銀行で賞金を換金しないのか?珍しい奴だな?普通は銀行で換金

するのにな?」


衛兵は、賞金稼ぎが銀行で賞金を貰わない事を不思議に思いつつも、

賞金を換金する為に必要な木の手形を書きはじめていた。


「これから賞金を換金しに、賞金稼ぎ組合にでも行く気なのか?」


衛兵は、手形を書く間に賞金稼ぎに、色々と訊いていたが賞金稼ぎは

曖昧な返事しかしなかったのだ。


「おっと忘れる所だった。あんたの組合手形を見せてくれないか?」


衛兵が言った組合手形とは、賞金稼ぎ組合の組合員である証である。

この組合の証が無い一般人が、賞金首を捕まえたとしても、賞金は

支払われないのだ。だから、賞金稼ぎ組合の高い登録費を払ってでも

組合に登録しなければ、1鉄銭も貰えないと言う仕組みである。


登録費用は、一般人が1月働いた金額より少し高い。

それでも、登録する者は後を絶たなかったのだ。


冒険者組合や狩猟組合などで、怪我が原因で引退した者達が食って

行く為に登録するからである。


この世界には、魔物や魔獣と言った化け物が町の外で徘徊しており

それらを狩る職業が冒険者達である。


そして、害獣などの駆除をするのが狩猟者達なのだ。


そして、町で犯罪を犯した者達を狩るのが、賞金稼ぎ達である。


衛兵や軍人は、町の警備や国境の警備など多岐に渡って仕事があるが

何処の部署でも人手不足なのに、国から支払われる給料は、賞金稼ぎ

や冒険者などより安かった。


だからか、役人が副業で冒険者や賞金稼ぎなどをすると言う事は、日常

茶飯事であったのだ。


この賞金手形を貰っている男も、実を言うと小役人なのだ。


この役人が所属している部署は、地方巡回警備隊と呼ばれている部隊で

町から町へと渡り歩き、魔獣や盗賊を退治するのが仕事だ。


命を掛けて盗賊を退治しても、危険手当などは一切ない。

当然、魔獣を倒しても同じである。


それなのに、1年の半分以上を巡回警備で過ごし、家族と過ごす時間など

1年で数えるしかなかったのだ。


そんな生活を続けていた男は、妻にも逃げられ、子供からは忘れられ、

親が病気に掛かって亡くなるまでの間に、薬代を親族から借りた為に

親族に借金が山の様に積もっていたのだ。


借金を返す為に、また借金をして賞金稼ぎ組合に登録していた。


衛兵が手形を書き終わったのを見るや、素早く手形を貰い受け取ると

その足で直ぐに小役人は、とある場所に行った。

その場所とは、警備隊の駐屯地である。


組合や銀行で手形を換金すると、身分が解ってしまう恐れがあるからだ。

組合の手形には、名前や個人を特定する物は一切掛かれておらず。

その為に衛兵で換金手形を貰う事は出来るのだが、銀行や組合で

手形を換金してしまうと、個人情報を書き込まなければならず。

それが元になって、税金が増えてしまうからである。


国の高官は、安い給料を何とかしたいと思い、賞金稼ぎ組合の幹部と

結託して、この闇取引を続けている。もしも、軍人達に副収入が無け

ればクーデターが起ってもおかしくはなかったのだ。


賞金稼ぎ組合も、検挙率が上がり国からの支援金が減らずに済むと言う

お互いに得をする関係であった。


駐屯地の配給所にて


「よう!1月ぶりだな、お前は何で運が良いんだ。今夜の飯は肉だぞ」


1ヶ月ぶりに顔を合わす元部隊員の男は、小役人に嬉しそうに今夜の食事の

メニューの話をしていた。


そうか、俺は運が良いな、肉が出される日に町まで来れたんだから。


そう言いながら小役人は、手形を受付の元同僚に渡した。

小役人は手形を換金すると、全額を故郷の親族に送っていたのだった。


おい!ハンス、少尉は帰って着ているのか?


「少尉の事を何も訊いてないのか?」


小役人は上司に何かあったのを察すると、直ぐに巡回警備隊宿舎に向かった

のだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小役人の副業 和蔵(わくら) @nuezou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ