第8話 悪魔の仲間
ゆかりと千夏の鉢合わせから、早くも三か月が経った。
相も変わらず自堕落な生活をしているかと思われていた界人の生活に、この頃から変化が表れ始める。
「そうですか……ええ、はい……わかりました、じゃあ明日の十五時、確かに伺いますので。はい、よろしくお願いいたします」
界人は一週間ほど前に面接を受けた会社から折り返しの連絡で面接の合格を告げられたのだった。
「もしかして、お仕事決まったんですか?」
例によって入り浸っている女子高生の千夏は、そんな界人の様子を菓子を食べながら見ていた。
この数か月、特に界人の暮らしに変化はなかった。
しかしここへきて、界人は漸く仕事を得ることになったのだ。
「ああ……長かったよ」
「そうなんですね、おめでとうございます!!」
千夏は自分のことの様に喜び、界人に抱き着いた。
この時ばかりは界人も気分が高揚していたからか千夏を引きはがしたりはせず、そのまま受け止める。
そんな界人にの普段と違う様子に驚きながらも千夏ははしゃいでいた。
「じゃあ、仕事に必要なものとか、買いそろえないとですね」
「そうだな……でも明日見学させてくれるって言うし、それからでもいいかなって思ってる。先に買っちゃって使えません、じゃもったいないし」
「あー……それもそうですかね。なら、今日は簡単にお祝いしませんか?私、簡単にならお料理できますから、ご馳走しますよ」
そう言って千夏は出かける支度をして、界人を急かす。
普段なら界人は千夏を連れて外に出るなんて言う真似をしないのだが、やはり高揚感が正常な判断を狂わせていたのかもしれない。
近所の大型スーパーへ出向いて、千夏があれこれ食材を物色して、お菓子買ってもいいですか、などと界人にしきりに話しかける。
彼女としては界人と二人で出かけるというシチュエーションに憧れていたのもあって、完全に周りへの注意が削がれていた。
「あれ?千夏?」
「あ……」
千夏の姿を認めて声をかけてくる者があった。
「彩……まどか……」
彩とまどかと呼ばれた二人の少女が、界人と千夏を見ていた。
「その人、誰?彼氏?」
彩と呼ばれた少女がニヤニヤしながら千夏に問いかける。
頭が真っ白になってしまった千夏は、上手く問いかけに答えることができない。
「えっと……千夏ちゃん、この子たちは……」
「えっと、あのですね……」
「ああ、やっぱ彼氏なんだ?友人がお世話になっています、洲崎まどかって言います。こっちは米澤彩です」
「あ、えっと……中村界人って言います。でも、彼氏じゃないんだけど……」
「え?でも夫婦みたいに仲良く買い物してましたよね?」
「ちょ、ちょっと彩……待って、ちゃんと説明するから」
「なぁんか最近やたら付き合い悪いなって思ったらこういうことなのかぁ。水臭いな、言ってくれればいいのに」
慌てふためく千夏を置き去りにして、二人はどんどん話を進めていく。
千夏の気持ちを知っている界人としては複雑なものがあったが、自分が口を出すことでややこしくなっても、と考えてあくまで傍観に徹することに決めた。
「えっと……じゃあ、元客と元従業員っていう?」
「まぁ……そんな感じ」
罰の悪そうな千夏と、千夏に全部任せてしまおうと決め込んでいる界人。
四人は近くにあるファーストフード店で飲み物を飲みながら千夏の話を聞こうということになった。
「それって、もう他人だよね?言い訳としては苦しくない?本当は彼氏なんでしょ?」
「だから、違うんだって……」
――あんまりこういう話、中村さんは好きじゃなさそうなんだよなぁ……。長引くと私のイメージが悪くなっちゃうかもしれない。
千夏は焦っていた。
正直な話、界人としては千夏に友達がいるということが嬉しいと思ったし、そこまで深くは考えていなかった。
しかし二人の興味は千夏本人よりも界人に向いていたらしく、話の矛先は要領を得ない千夏から徐々に界人へと向きつつあったことに、界人は気づいていなかった。
「で……中村さんでしたっけ。今おいくつなんですか?二十代ですよね?」
彩がニヤリと笑って界人に問いかける。
千夏が慌てて答えようとするが、まどかに止められてしまった。
――よく言われるけど……この決めつけが一番傷つく。
界人は昔から童顔で、物心ついてからは一度も歳相応に見られたことがなかった。
その為、現在も大人びた見た目の人間への憧れが強い。
「いや……見えないかもしれないけど、もう三十五だから。千夏ちゃんが言った通り、僕と千夏ちゃんはそういう関係じゃないんだよ」
「ええ?なら何で、仲良くお買い物してたんですか?食材の買い物なんて、そこまで仲良くない間柄なら、しないと思うんだけどなぁ」
ごもっともなご指摘だと思った。
しかし、事実として二人は交際をしているわけではないし、カップルにありがちな行為にも至っていない。
ただ、二人がただの知り合いと言うには無理があると言える程度には、仲が良いという現実がある以上は追及から逃れることは難しいと思われた。
「わ、私が……」
「ん?」
「私が、勝手に押しかけてるの。私が、中村さんのことを好きで……少し脅したりして……」
「ええ?千夏ってそんなキャラだっけ?」
千夏の発言に、彩だけでなくまどかも驚きの表情を見せる。
界人は黙ってコーヒーを口に含む。
「そうなんですか、中村さん」
「…………」
「女の子に、こんな風に言わせてていいんですか?」
「やめて、中村さんは何も悪くないんだから……」
「一つ、間違いを正そうか」
千夏の心配そうな視線を受けて、界人は漸く口を開いた。
確かにこのままという訳にもいかないだろう。
世話になっているという事実もあって、ゆかりからも千夏のことはちゃんとしろと言われている。
このままでは千夏と友達の関係がいい方向に進まないと考えた界人は、彩とまどかを真っすぐ見た。
「さっき千夏ちゃんは、私が中村さんを好きで脅かしたりして押しかけている、と言ったな。あれは嘘だ」
「は?」
「え?」
「ちょ、ちょっと中村さん!?」
界人の思いがけない発言に、二人だけでなく千夏までもが混乱し始める。
「僕がね、久しぶりに再会した時に千夏ちゃんにモーションをかけた。近所だから遊びにこないか、と。偶然というか、千夏ちゃんも僕に悪い感情は持っていなかったらしかったから、そのまますんなりとついてきてくれたよ。だけど、僕は離婚歴のある、子持ちでもある。ああ、子どもは別れた嫁のところだけどね。たまたま僕の様子を見に来た元嫁と千夏ちゃんが鉢合わせしちゃったこともあったけど、その時にもこういう風に説明はしている」
「…………」
「…………」
――これでいい。千夏ちゃんはまだ若いんだ。僕の為に友達を失ったりなんてことがあってはならない。
事実、彩とまどかは言葉を失って界人を見ている。
千夏は何か言わなければと考えていたが、上手く言葉にならない様だった。
「だけどね、僕は千夏ちゃんに指一本触れてはいない。これは断言しよう。何故なら、僕は彼女が十八になるまでは絶対に手を出さない、と宣言してあるからだ。この先どうなるかはわからないけど……君たちが危険だと判断したなら、僕を千夏ちゃんから隔離してもらっても構わないよ」
「中村さん……」
「…………」
「…………」
界人が嘘の説明をしてからおよそ五分。
誰も口を開くことなく時間だけが流れた。
「えっと……」
界人は自分の言ったことが衝撃的すぎて、千夏の友人二人が自分のことを性犯罪者の様な目で見ているのだろうと思っていた。
状況だけ見たらそう見えても何の不思議もないし、二人が警察に連絡すると言ったとしても界人には逆らい様がない。
「中村さん。千夏のこと、どう思ってるんですか?」
「え?」
「ちょっと、彩……」
「ダメだよ千夏。はっきりさせとかないと。だってさっき中村さんが言ったことって、大半嘘でしょ」
「なっ……」
――何故バレたのか。自分に不自然な点などなかったはずだ。あくまで自然に、千夏ちゃんのしてきたことを僕に置き換えてきたはずなのに。
「あんなに目を泳がせながら話してたら、逆に怪しいですって……」
「…………」
「あの、ここじゃさすがに人目もあるから……中村さんのお部屋借りてもいいですか?」
「ええ……」
ゆかりや千夏だけでなく、その友達までも界人の部屋に。
界人としてはこれ以上来客lが増えるのは好ましくなかったが、千夏の言う通り人目は気になる。
何より明日新しい職場を見に行かなければならないというのに、無駄に注目されたくはないという気持ちもある。
「……わかったよ。ここからそう遠くないから」
もうどうにでもなれ、と界人は自らの部屋に彼女たちを招くことを了承した。
傍から見れば女子高生を三人も家に招いて、という様な光景だが、界人の心中はもうそんなに穏やかなものではなくなってしまっていた。
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