第3話 (元)魔法少女は結婚する。

 でもね、それでも何とかやってきた。

 こんな私でも、好きだって言ってくれる人もいる。


 幼馴染みのね、亮平。

 亮平はね、家も隣同士でいつも一緒に遊んでたの。

 私が魔法少女になった時も、どういうわけだかソッコーでバレて、記憶を消すか存在を消すかみたいな話にもなったけど、どうにかクロちゃんの懐に入り込んで難を逃れたっけ。そういうの上手いんだ、亮平ってば。


 私が女子プロの世界に入るって言った時も、「だったら俺がお前のマネージャーになるよ!」なんて。毎日タオル洗ってくれたっけ。違うよ、部活のマネージャーじゃないよ、って何度注意したことか。でも気付けば先輩達のタオルも洗うことになってて、昼食買い出し大臣にまで任命されたりして。最初は運動部のマネージャーみたいなところからスタートしてたけど、いまじゃ会社の経理から皆のスケジュール管理まで一手に引き受けてる。やっぱすごいんだ、亮平って。入社手続きとかいつの間にしたんだろう。完全にするっと潜り込む感じで入って来たけど。


 そんな亮平からプロポーズされた。

 迷わなかった、と言われれば嘘になる。

 やっぱり私の中には王子クロちゃんが――あの目の覚めるようなイケメンが――いたから。

 だけど、昔からこう言うじゃない?


『いつ迎えに来るかわからないイケメン(人外)より、近くの幼馴染み』ってね。ほんと至言だと思う。


 だから私、亮平と結婚したの。

 苗字も花園なんかじゃない。こんな、名前との合わせ技で変身ヒロインへのスカウト率が跳ねあがるような苗字じゃないの。

 さすがにこの年になってお声がかかるとは思っていないけど、念には念を、っていうか。最近は色んなジャンルがあるからね。三十路オーバーの魔法少女……淑女が誕生したっておかしくない。そういうところまで来てるの、いまの日本って。


 だってね、やっぱりわかるのよ。

 きっと、元魔法少女だからね。気配を察知出来る、っていうか。

 

 何だか風がざわついているのよね。

 また――来るのかしら、って。


 ねぇ、それが実現したとしたら、私、どうしようかしら? って。

 戦うのかしら、ってね。


 だからね、正直、そんなに驚いていないの。

 あなたがまた私の前に現れたことも。

 また会えたねって、そんな感じかな。

 ちょっと懐かしくもある、っていうか。


 でもこれだけは言わせて。



「よくもまぁぬけぬけと私の前に出て来れたわね」


 すると、目の前にいるあなたは、まさかかつて共に戦った魔法少女が牙を剥くなんて思ってなかったんでしょうね、その宝石のような目をまんまるに見開いて、「え? え?」ってただ首を傾げるだけなの。


「魔法少女なんかになったせいで、私の人生めちゃくちゃよ。知ってた? 私ってあんなことに巻き込まれるまでは成績だって上位だったの。親にも説明出来ないような生傷作って帰宅して、皆からどんな目で見られたかわかる? それでもあんたが責任取って妻にでもしてくれるってんなら、まだ帳尻も合ったわ。地球ココじゃないけど、未来のお妃様ですもんね。それが、何? ちょっと引いたぐらいで、はいさよなら、だぁ? 返してよ。私の青春返して!! あと純情!! 純情も返して!!」


 勢いに任せてそこまで言うと、昔と全く変わらぬ姿のモグラ型マスコット――クロちゃんは、やはりそのまんまるな瞳をパチパチと何度も瞬きし、「ええと、その……えぇ――……?」と困惑している。


「もう私はね、あんたの世界がどうなろうともう知ったこっちゃないの。どうせあの時封印したやつが蘇りそうとか、それはそれとしてまた別の邪悪な何かが――とかそういう話よね? もう無理だから。年齢的にも厳しいし、絶対無理」

「い、いや……別にすみれにまた頑張ってもらおうとは……」

「だったら何? ウチの子をスカウトしに来たってわけ? 確かにウチの子はいま中学2年生よ? アンタ達的には一番おいしい時期なんでしょうけどね、だけど、お生憎様、ウチの子、だから!!」


 させるものか。

 こいつらはを狙ってやって来るのだ。

 念には念を入れて、トゥエンティ富竹先生の『スーパー産み分け法』を実践してみて本当に良かった。私のような思いを可愛い我が子には絶対させるものですか。


 クロちゃん――かつて愛した私の王子は、それでもめげずに強い眼差しを向けて来た。「でも! いまの時代、何も『少女』にこだわる必要は……!」なんて言ってる。まだやる気か、このモグラ野郎。確かに魔法少年がいたって良い。いまの日本にはそういう風潮も確かにある。けれど。


 ならばこちらも奥の手を使わなければならないだろう。


 私は、拳をぎゅっと握り締め――そして、その力を抜いた。


 いまの私なら、こんな貧弱な妖精なんて片手で潰せる自信がある。

 けれども、そうしないのは、私の最後の優しさだと思ってほしい。


「クロちゃん……いいえ、クロッカス王子。確かにこのご時勢、大っぴらにのみをスカウトする、っていうのは、色々な団体が黙ってないと思う。だけど。だけどね、ウチの子は絶対に無理なの。その理由を教えてあげる」


 ごくり、と唾を飲む音が聞こえた気がした。

 パッと見はぬいぐるみなのにね。あなた、唾とか飲むのね。


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