圧し掛かる重荷

 私達が執務室へ入り扉が閉じると同時、クラヴィスさんが空を切るように腕を一振りする。

 すると執務室の中心を起点に淡い光と共に幾つもの魔法陣が浮かび上がった。


 何事かとクラヴィスさんにしがみつくが、何のその。

 特に説明もなくもう一度腕を振ると、幾重にも重なって描かれていた魔法陣が少しだけを残して宙に消え、残っていた魔法陣もクラヴィスさんが自分の椅子へ向かうのと同時に消えていった。


 良くわからないけど、多分、執務室に仕掛けていた魔法陣を幾つか解いたのかな?

 控えている二人を見れば、微かに驚いた様子を見せていたが、私と目が合った途端その表情を消して揃って生暖かい目線を向けて来た。何ですその目、説明求む。



「ウィル、降りてこい」



 これは私だけが状況を理解しきれてないやつですね? 置いていかれるやつだね?

 状況を把握しようにも、気付けばクラヴィスさんの腕の中から膝の上へと位置を変えられていて、部屋の主は天井に向けて声をかけていた。

 置いてけぼり感がすごいです。というか天井? なんで?



「俺もっすか」


「互いに顔を合わせておいた方が後々楽だろう?」


「……あんま俺みたいなやつとは関わらせない方が良いと思うっすよ」



 私の目がおかしいのか。瞬きしたら人が一人増えていた。誰ぇ?

 地毛は白髪でメッシュを入れているのか一か所だけ金髪なのが特徴的なその男性は、姿を見せるのに反対らしく、クラヴィスさんの言葉に緩く首を振りつつ二人の横へと並んだ。


 他の二人と見比べるとちょっと若いみたいだけどそれよりも、だ。

 この人、私の見当違いでなければ、もしかしなくとも天井から現れなかったか。

 何処見ても天井に穴なんか開いてないんだけど、どこか回転でもするの?

 お城だし、仕掛けの一つや二つあってもおかしくないだろうけど、一体どこにあるか把握させてほしい。主に私の心臓の負担軽減のために。びっくりするでしょうが。



 天井と現れた男性を何度も見比べていると難しい顔をしていた当人と目が合う。

 ウィルと呼ばれた彼は、私の様子に赤い瞳をぱちくりさせた後、苦笑いを浮かべて頬を掻いた。



「あー、主の魔法ですよ。天井の一部に穴が開いてて、幻術で見えなくしてるんす」


「穴があるの!? 安全面!!」


「結界で通れる者が限られている。

 部外者は近付いただけで拘束されるようにしているから問題無い」


「もし結界が無くなっても、自動で穴を塞ぐ仕掛けもしてあるんで、ご安心を」


「へ、へぇ……マホウッテベンリダネー」



 回転するとかそういうわけでもなく本当に穴が開いてるのか……そっか……風通しよさそうだね……冬、寒くないかな……。

 対策もされているらしく問題無いそうなので、これ以上は気にしないでおこう。

 さっき現れた位置的に部屋の扉側にあるみたいだから、そこで立ち止まらないようにしておけば良いよね。うん。


 幻術とやらで全くどこにあるかわからない穴の位置に検討を付けていると、肩をポンと叩かれ反射的に上を向く。

 久しぶりに至近距離で合う眉目秀麗な漆黒に少しだけ怯んだものの、小さく頷き三人へと向けられた視線に倣って私もそちらへと姿勢を正した。



「改めて……トウカだ。ヘティーク湖で倒れているところを見つけ、養女にした。

 頭が良く色々なことに気付くが見ての通り子供の身。必要なら手を貸してやってくれ」


「トウカです。以後よろしくお願いします」



 彼等はシドと同じと言っていたし、わざわざ魔法陣やら結界やらで固めているこの部屋まで来ているのだから、誰かに聞かれることも無いだろう。

 先ほど行った大勢に向けて行った幼女な挨拶とは違い、普通の無難な挨拶をすれば、ウィル以外の二人が一瞬息を呑んだ。

 そんなおかしな挨拶しちゃったかな。一応領主の娘って立ち位置を考えて日本人魂抑えたんだけど。「ご迷惑おかけしますが」とか言わないようにしたんだけど、これでもダメか?


 なんだかんだ言って幼女だからと誤魔化せている価値観の違いが一番のネックだなぁ。生粋の庶民が突然お嬢様になるとか無理よ。

 かといってお嬢様で真っ先に思いつくの、高笑いがお似合いな縦ロール系だからネ! あんな風に振舞える自信はないよ!

 いつもの愛想笑いでごり押そうとしたところで、真ん中に立つ金髪のお兄さんがふんわりとした人の良い笑みを浮かべた。



「私はカイル・クラッドと申します。

 今後ノゲイラの筆頭家令──文官達のまとめ役としてクラヴィス様に仕えますので、よろしくお願いいたします。

 何かあれば遠慮なく相談してくださいね」


「自分はスライト・フィオン。

 ノゲイラ軍団長、騎士や兵士といった武官達をまとめる役職を任された者だ。

 何か力仕事が必要なら呼んでくれ」


「スライト?」


「む……呼んでください」



 金髪のお兄さん──改めカイルがにこやかに挨拶するのに続き、銀髪のお兄さん改めスライトが仏頂面のまま少し頭を下げる。

 城門前の時に名前を呼ばれていたから二人の名前は把握していたけど、どっちがどっちかわからなかったが、これで把握した。

 なるほどなるほど、文官のトップがカイルで、武官のトップがスライトになる、と。


 反発は……ないか。ヴェスパー辺りは上官ができて安心しそうだし、武官に至っては将軍といった役職持ちの類は全員捕まって空席だったからシドが代理将軍やってたぐらいだもの。

 暫定的に文官のまとめ役をしてくれていたティレンテがどう思うか気になるけど……多分大丈夫だろう。人事について呼ばれてた時、一人だけ平然とした顔してたし。

 彼等の様子からしてある程度の手回しはしているだろうから、その辺りは私が気にし過ぎてもどうしようもないネ。

 それに、万が一何か起きても、クラヴィスさんの部下ならどうにかしそうだもんなぁと、スライトの言葉遣いに釘を刺すカイルに小さく笑った。



「別に良いですよ。あんまり堅苦しいのも嫌だし」


「あぁ。言葉遣いは表に出る時だけ気を付ければそれでいい。私達は気にしない」


「お二人共、あまりスライトを甘やかさないでください。

 普段から気を付けないといざという時に困ります」


「その時は喋らない」


「それは流石にダメだと思うっす」



 スライトはあれだね? 思い切りが良いタイプだね?

 そしてそれのフォローをカイルがよくしてる感じだね?

 ウィルの突っ込みに「駄目か」と首を傾げているスライトに、カイルが溜息を吐いていた。



「俺はウィル。クラヴィス様の影、えーっと、クラヴィス様の密偵って言ったらわかりますかね。

 その内の一人で副官をさせてもらってます。

 基本的に表には出ずこっそり働いてるので、あまり見かけないと思いますが……よろしくっす」



 溢れ出る苦労人臭に大変そうだなぁと他人事で思っていると、ウィルが笑顔を作って流して自己紹介を済ませる。

 普段から上手く逃げてるんだろう様子にカイルがますます苦労人に思えてきたが、言われた内容に首を傾げた。

 やっぱり諜報部隊あったのね。そして影っていうのね把握。で、副官ってことは上に立つ長官がいるわけで……該当しそうな人が一人いるなぁ。



「もしかしてシドが長官だったり?」


「そうだ」



 頭上に向けて聞いた質問に、はっきりとした肯定に思わず渇いた笑いが出る。

 忍者はやっぱり忍者だったんだ。納得、というよりむしろ安心した。

 これで長官とかじゃなくただの従者ですなんて言われたら、従者とは何って頭に宇宙が広がる自信がある。


 ふと、三人の方を見れば、それぞれ面白そうな物を見るような目でこちらを見ていて背筋に冷たい物が走った。

 何です今の目線。特にカイル。私の視線が自分に向きそうになった途端、人の良い笑みに変わったのが余計に怖いんだけど。隠しても無駄だかんな。視界の端に一瞬だけ映ったかんな。

 こちとら幼女やぞ! 見るかこの鳥肌! と腰に回るクラヴィスさんの腕に力を込め、虎の威を借る狐になっていたら、扉がノックされる。



「ただいま戻りました」


「また、丁度良いところに来たな」



 執務室に入って来たのは我らが救世主シドだった。

 タイミングばっちり過ぎない? でもおかげで空気変わって助かったわ。後でお菓子を袖の下に押し込んでおこう。



「準備は済んだか」


「はい。滞りも無く」


「なら良い」



 短いやり取りの後、シドが差し出した紙の束を受け取ったクラヴィスさんは、軽く目を通した後シドへと返す。

 視界に入ったその内容は、ゲーリグ城に務める人達の一覧のようだったが、見覚えのある名前達に少し息を詰めた。



「これでようやく足元を固められる」



 どうやら城内に潜む者達の一掃が行われるようだ。

 最後になるだろう粛清は、私も少なからず関わっていたからか重い物が圧し掛かる。

 顔が強張っているだろう私に気遣いながら、シドは部屋を見渡してから遠慮がちに口を開いた。



「失礼ながら、ディーアは……まだでしょうか?」


「そうだな……報告を聞く限り、まだしばらくは掛かるだろう」



 不意に初めて聞いた名前に俯きかけていた顔を上げる。

 ディーアって誰だろう。影の一人、なのかな。

 クラヴィスさんの回答にシドが残念そうに眉を下げているのを見ながら、今は居ないその人の名前を音には出さず呟く。



「先に言っておくが、ディーアには戻り次第トウカの専属護衛となってもらう。

 影の契約はそのままに今後はトウカの従者として扱うつもりだ」


「そう、ですか」


「む?」


「なるほど」


「マジすか……」


「……えっと?」



 シドはわかっていたように、スライトはきょとんと、カイルは納得した様子で、ウィルはサーっと血の気が引いた顔で爆元を見る。

 なんとディーアという人は私の専属護衛になる人なんだそう。初耳である。

 周りの反応からして彼等も信頼を寄せている人物のようだが、そんな人を私の専属護衛になんてさせて良いんだろうか。主に影の仕事量的な意味で。

 ウィルの反応見る限りやばそうなんだけど大丈夫なんだろうか。頭抱えちゃってなぁい?


 心配になる反応を見せる彼等に思わず上を見上げようとしたが、分かっていたのか先にぽんぽんと頭を撫でられ不発に終わった。

 どうやら拒否権無いらしい。私としてもやっぱりこんな世界だし、誰か一人が護衛してくれるのはすごく安心するので、ウィルには頑張ってもらおう。怒るなら何かと物騒なこの世界に怒っておくれ。



「さて、お前達に最初の仕事だ」



 その言葉に空気が一転し、自然と背筋が伸びる。

 微かに漂っていた和やかな空気は掻き消え、突き刺さる重さと緊張感に自分の手を握った。



「私の留守の間、シド達によって炙り出した者達を全て捕らえ、地下牢へと放り込め。

 陛下の影も混じっているが気にせず捕らえて構わない」


「生死は如何に?」


「陛下の影は返す契約だ。全員生きた状態で捕らえてくれ。

 影かどうかは私が後程判別する」



 既にシドからカイルへと渡っている資料には、私が伝えた人達の名前が幾つ並んでいるだろう。

 『怪しいと感じた者は全て教えてください』『こちらで調査し、白か黒かの判断をします』

 そうシドに頼まれ、少しでも違和感を感じた人は手当たり次第伝えていた。


 敵と言えども、こちらに害をなす者だとしても、相手は人。

 自分が直接手を下すわけではなくとも、考えられる結末に何とも言えない感情が湧いてしまう。

 ぐるぐると胃の辺りを巡るこの気持ち悪さは、これから先、何度味わうのだろうか。

 早く慣れるべきか、気付かないフリして捨て去るべきかわからない暗さに、独り溜息を吐いた。

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