一章五話 童貞には酷な話です
「重く……ありませんでした?」
拠点について即座にミッチェルが聞いてくる。首を横に振ってそんなことはないことをアピール。
だってさ、一応ミッチェルの数倍はステータス高いからね。だから疲れていないのは当たり前といえば当たり前。
「そんなことよりも、ご飯にするかぁ」
貯蔵庫に倒したゾンビウルフを置いてからそんなことを呟く。二体だけ外に出して、また壁作りだ。
アイシクルソードで手際よく解体を進め肉と皮に分けていくのだが。
「そういえばさ、ミッチェルって料理出来るの?」
「……家庭的なものなら。ただ食材が一つだけで調味料もないので……ここではちょっと」
そういえばそうだったね。
やっぱり高級食材でも二日食べれば飽きるよ。何かいいものがないかなぁ。
いや、もうちょっとの我慢だ。もう少しで外に出れるのだからその時からでも、と。
「それなら洞窟の外に出たらご飯を作ってくれないか? ミッチェルの手料理とか食べてみたいし」
「……その程度でいいなら、いいですよ」
あー、癒される。可愛いこの笑顔って絶対に魅了か、聖属性でも付いていると思う。あっ、僕には聖属性は大ダメージだった。それならきっと魅了属性だな。
ゾンビウルフの骨をいくつか木の棒くらいの大きさに折り集めていく。そこに小さなキャンプファイヤーを作り骨の先端を尖らせ肉を刺す。
簡単な肉を焼く場所だな。いっつもは生肉を手で持ちながら炙っていたけど、女子がいる手前そういうことも出来ないだろうし。案外ワイルド系ってことで好印象だったり? ないわー。
美味そうだなぁ。爛れた狼の原型を思い出さなければ普通にBBQ状態だ。
「……手際がいいですね」
「まあ、独り身が長かったから」
妹? あいつはいたとしても僕を人として見ていない。僕が全部ご飯を作っておいていたし。弁当も僕が作っていたもん。本当にめんどくさかった。
両親? 顔も見たくないから、と言われてどっかに蒸発した。お金が送られてくる分だけマシかな。まあ、その大概が妹の分だったのだけど。
「……と、出来たよ。ほら、食べな?」
「……頂きますね……」
少し躊躇したように見えたけど空腹には耐えられなかったみたいだ。分かるよ分かる、大いに分かる。僕もまるまる一体食べてしまった口だからね。
あー、見てたらお腹減ってきた。
「アイリもアキもアミも食べなよ。もちろん、ミッチェルもね。じゃんじゃん焼いていくよ!」
『バウッ!』
「はい!」
やっぱり食事っていいね。あまり信用してくれなくても仲良くなれる便利ツール。妹以外と食べること少なかったから緊張してしまう。
あれ? そのままガツッと噛み付いてもいいんだよね? 変に思われないよね?
「うまぁ……」
「……さすがは……高級食材……」
『ガッ!』
三種三様な感想だけど僕とゾンビウルフっ子達は何度も食べているよね。まあ、こうした方が美味しくなるって知らなかったけどさ。
【スキル料理を獲得しました】
【これによって調理の手を加えるとより美味しくなるようです】
……いや、いいんだけどね。
一言だけ言わせてくれ。もう、主夫は嫌なんだ……嫌なんだ! せめて! せめて、可愛い子を養って食事を貰う生活をしたい!
……慟哭かよ。悲しすぎるだろ。
まあ、いいか。いや、良くないけどいいっていうことにしておく。これでミッチェルの心をより開きやすくなるかもしれないし。なにより、僕はもう諦めた。
百以上はいたゾンビウルフの山の頂上だけ崩した。つまりは全然減っていない。
思いのほかゾンビウルフの数に驚いている。ゾンビウルフ以上の食材はありそうだから売るとしてもいくらになることやら。
「あの……」
片付けをしているとミッチェルに呼び止められた。まさか……告白?
そんなわけないよな。それじゃあ、なんなんだろ。神妙そうな顔をしているし、ちょっとだけ顔がこわばっている。……僕の顔が怖かったりして。可愛いと言われ続けた僕も怖がられる時が来るのかぁ。
「……食事、美味しかったです。途中からもっと美味しくなりましたし」
「それはスキルのおかげだね。こんなに簡単に手に入ったのは初めてだけど」
うん、二日間で肉を炙るだけでは調理にならなかったようだ。最低肉を串に刺すくらいはしなくちゃいけないみたいだね。
いや、それも調理に入るかって聞かれると首をかしげざるを得ないんだけど。
「この後は……お休みになるんですよね……?」
「うん、寝るよ? 念の為にアイリに警備は頼んでいるし、安心していいよ?」
あっ、頬を赤くし始めた。
何考えたんだろ。僕変な事言っていないような気がするんだけどな……。
「……一緒に寝るんですよね?」
「はっ?」
一緒に寝る、そう言いましたか?
しませんよ! 僕は前の世界でも男女の関係になれそうな時にヘタレてやれなかった人ですよ? 女性と同衾なんて眠れるわけがない、うん!
「寝ないよ?」
「……いや、寝ましょう」
あれ? 疑問形じゃなくなったぞ。
「いやいや、僕が眠れないよ」
「私は抱き心地がいいと言われていますよ。身長の問題でそのような関係には至っていませんし」
「そうじゃなくて……」
なに? 一緒に寝たいのか?
まさか……まさか、ねぇ。
「……一緒がいいの?」
「そうじゃありません! これはあくまでも! 食事のお礼ですから」
ツンデレですか? きちんと顔を背けてくれているし。
……可愛い。駄目だ! かわいいは正義だ!
「それなら……いや、一緒に寝てくれますか?」
あー、これ本当に一緒に寝たかっただけなんだろうな。びっくりしたわ。一気に頬が緩んでいるもんね。
裏を返せば信用され始めたってことかな。もしくは利用しろ、と言ったことを直訳して僕の奴隷になろうとしているとか?
可能性はゼロじゃないな。
「ちょっと待ってて」
そういえば拠点に個室とかがないのに今気がついた。ゾンビウルフっ子も大切だしプライベートな場所は必要だよね。
後、他の二体に気を使わずにもふもふ出来るようになるし。
おっし、決めたぞ!
「ストーンウォールっと。間取りは……これでいいかな。ゾンビウルフの骨で作った松明をっと。オーケーオーケー」
「……すごいですね」
うん、さすがに自分でやったけどすごいと思う。今まで何もなかった場所に敷居と簡易的な土のマットを作ったんだから。後は部屋部屋によって松明の明かりも作ったし。
MPは……さほど減っていないな。余計にグッジョブ!
「じゃあ、寝るか……」
「はぃ!」
ゾンビウルフっ子達は察してくれているのか、自分達の部屋決めをしている。まあ、二日間の関係性だけど好みはいくらかわかっているしから、それに合わせて作った感はあるけどね。
アイリはクールな感じだけど可愛い感じのふわふわしたのが好き。だから土に火の魔力、というか色素かな。それを加えてピンク色にしておいた。
アキは質素な感じが好き。だから全面土色、マットの所は畳をイメージしてみたけど木魔法がないから無理でした。
アミは……まあ、なんか普通なやつだよ。ただゾンビウルフの頭蓋骨を並べておいた。変な趣味だよね。いわゆる、厨二病だよ。
それで僕の部屋だけど、まあ、アキと変わらないかな。殺風景で特に手は加えていない。あるとすれば少しだけマットが柔らかいことかな。不公平ではない、製作者の特権なのだ。
「とりあえず座って」
「分かりました」
マットに座らせてみたけど何をすればいいのだろう。お話を一歩間違えればオハナシになり兼ねないし、OHANASHIにもなり兼ねない。
そうか、押し倒せばいいんだ!
ってそんなわけあるか!
やばい混乱し始めた。大丈夫、僕は紳士。ミッチェルには手を出さない。それならばどうすればいいか。
「そういえばさ、ミッチェルの孤児院ってどんな場所だったの?」
「孤児院……ですか? 普通の国立孤児院です。魔法国は少し前まで帝国に攻撃を仕掛けられていたので孤児の数も多いんです。食事も質素なものでしたし。でも空腹で泣くことはありませんでした」
「……それじゃあ、何で奴隷になったの?」
ミッチェルが少し俯いた。
まあ、言いたくないことだろうからね。酷なことを聞いてしまったか……。本当に失敗した。
「……私が望んだんです。許容一杯でも増え続ける孤児に食料がついていかず、もう少しで法の訂正があるということから率先して。……最初は後悔しましたよ。でも……今はあまりしていませんね」
今は、ってことは僕のおかげかな。
いや、冗談だよ。さすがに本気では思っていないから。
「……ギドさんに会えてよかったです」
「……そっか」
って、マジで当たってたよ。どんな反応を求められているんだ?
僕も会えてよかったとか、これからもよろしくね、とかか?
「奴隷になってから……幸せな気分になれるとは思ってもいなかったです……」
少しずつ目を細めていくミッチェル。
何も言わずに肩に手を回し抱き寄せた。頭を撫でるのと同時に、僕の肩に何かが乗った感触が起こる。
戦闘の時は疲労感などは見せていなかった。だけど体は正直だ。眠いものは眠いし疲れたものは疲れている。一発で疲れを全快させる魔法なんてあるわけないのだから。
そこから数秒後に耳へと微かな寝息が聞こえてきた。仕方ない、そう思ってそっと横に寝かせつける。洞窟の中は夏のように暑いため風は引かないと思うが念の為、火魔法で松明を数本多くして暖かくする。
扉自体はないけどいくつかの穴が上の方にあるから大丈夫なはずだ。二酸化炭素中毒とかで死なれたら普通に困るしね。
ワルサーを取り出す。
アイシクルソードで剣の形を作り部屋を出た。出てそうそうに僕は地面に蹲る。
……恥ずかしい! 僕は何をやっていたんだ!
抱き寄せる? 頭を撫でる? 寝かしつける? リア充かよ!
あー、怖い……自分の常識がなくなっていくようで怖い。
立ち上がり、剣を振るう。
最初の時よりは様になってきたその縦振りも、あまり納得出来るものではない。何か変な感情が混ざっている。
いや、ミッチェルのことだって分かっているよ。でも……いや、男らしくないな。
「幸せねぇ」
僕も友人と同じように出来ているのかな。せめて僕の近くにいる時だけは生まれてきたことを憎む、そんなことがないようにしてあげたい。
世界は残酷だし生まれは誰も選べない。
だから人って支えあっているんだよね。群れ合うとかそういうのは自分を守るためにやっていること。
現に誰もいない世界で生きていくなんて不可能でしょ。だからミッチェルを助けたのかもしれないし。
「クウゥン……」
「……あっ、アキか。どうした?」
剣を振るうさなか、背中に顔を擦り付けてくる者がいた。少しだけくすぐったかったし性格上、犯人がアキで驚いてしまう。
もふもふっていいな。本当に癒される。やっぱりゾンビウルフっ子達も強くなって、僕を上と下で温めてくれる存在になってほしい。そう、毛布とマットの関係だね。残りの一体は抱き枕ということで……。
【アキは心配しているのですよ。今はこうであってもマスターが魔族であることには変わりありません。……裏切られないとは限らないのですよ?】
分かっているよ、そんなことは。
たださ、裏切られるにしても裏切るにしてもそうされていいと思えるかどうかだと思うんだよね。
僕は……ミッチェルになら裏切られても別に構わない。最悪、僕のステータスなら簡単にやられはしないしね。ミラージュを使えば逃げられるだろうし。
人を信じないのは簡単だけど独りぼっちのままさ。人を信じるということはメリットもデメリットもあるからこそ、パチンコとか博打のようにハマる人が多いと思う。
「今……アキは幸せか?」
「バウッ!」
そうかそうか、幸せか。って顔を舐めるなよ。くすぐったいだろ?
「……イフは?」
【マスターが幸せなら私も幸せです】
それなら幸せなんだね。
……今だけは正体を隠しながら、その幸せに浸っていよう。出来れば何もないままで、ずっとこのままミッチェルといられたらいいんだけど、ね。
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以下作者より
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