第4話 嘘と誤魔化しと本心
夕日たちは血だらけになりつつも、池に浮かぶ屍から遺品を回収していた。
「あ、これシリスのだ」
セルフィスが手に取ったのは白銀の指輪。
血に浸かって血が付いているものの、装飾を施されたその指輪はとても綺麗だった。
その指輪を見ながらセルフィスが優しい口調で喋り始めた。
「この指輪は私が魔除け用にシリスにプレゼントしたものなんです。シリスは私の可愛い妹みたいなもので、あの子いつもドジ踏んでばかりだったから何か良くないものに憑かれているんじゃないかって魔除けの指輪を買ってあげたんです。結局ドジは直らなかったんですけどね」
懐かしむように言いクスッと笑ったセルフィスの表情は寂しそうだった。
その表情を見て夕日とシャルネアは黙っているしかなかった。
少しして止まっていた遺品探しを再開する。
血で染まった湖は透けないため遺品は手探りで探すしかない。
幸い浅瀬だったため、湖に肘くらいまで浸ければ地面に届いた。
(これ、本当に現実だよな?)
遺品を探しながら夕日はそんな事を思っていた。
夕日はこちらの世界に来てすぐにこの有様。
これは夢なんじゃないかと心の中のどこかでそう思っていた。
だが、これは現実。
湖に漂うツーンとした鉄の臭いにこれは夢ではなく、現実なんだと思い知らされる。
夕日は遺体を見ないように遺品を探していた。
だが見ないようにしても視界に入ってしまうものは入ってしまう。
そのあまりにも現実離れした光景に吐き気を堪えるので精一杯だった。
(早く遺品を回収しなきゃ俺の体が持たないな)
そう感じ血の湖を手探りで探していると何か硬いものが手に当たった。
遺品だろうか二人の名前が彫られたペンダントを見つける。
途端、夕日は胸が締め付けられるような気持ちになった。
(このペンダント、持ち主は結婚していたのか? まだやりたいことなんてたくさんあっただろうに)
持ち主の事を考えていたら胸の締め付けが一層増した。
(遺品回収業者もいつもこんな想いをしているのだろうか)
血の鉄臭い匂いも相まって、夕日の頭はクラクラしていた。
クラクラに耐え切れず手を付き、目を瞑って耐える。
「大丈夫か夕日?」
「あ、ああ。頭がちょっとクラクラするだけだ。血とか、死体に見慣れていないからかな」
目を開け、夕日はセルフィスとシャルネアを一瞥する。
血や死体に特に臆することも無く遺品を探している姿が目に入った。
その光景を見て、夕日は無意識に考えていることが口に出てしまっていた。
「血とか見慣れてんのかな」
夕日は自分の考えていることがボソリと口から出ていた。
夕日はその事に気づかずそのまま遺品探しを再開する。
すると、突然空気が変わった。
「慣れるわけないだろ!!」
鋭く大きな声を上げるシャルネア。
いきなりの大声に体がビクッと跳ねる夕日。
その夕日をシャルネアは鋭い目で睨み、力強く言葉を発する。
「血や死体を見てどうも思わないわけがない。死体を見るたびにキツイ思いをたくさんしている。だけどこの世界じゃこんなこと当たり前に起こってる。だから、⋯⋯」
ハッとして「す、すまない。少し取り乱した」と一言。
その時、夕日は唖然としていた。
シャルネアは、唖然とし戸惑っている夕日を見てゆっくりと話し始めた。
「ただな、夕日。人間には心がある。そして『慣れる』ことができる生き物だ。苦手なものでも『慣れれば』得意になるし、できないことも『慣れれば』できるようになる。でも、死に関してだけは慣れてはいけない。死に慣れてしまうと、人として終わってしまう」
シャルネアのその言葉は妙な重さを秘めていた。
その重さは周囲にまで及び、夕日の表情を固くさせるまでに至った。
「⋯⋯ごめん。俺、無神経だった」
「い、いや。こっちこそすまん。急に」
二人の間に静寂が訪れる。
すると、二人の会話を特に気にすることなくセルフィスが話しかけてくる。
「これで遺品は最後です」
セルフィスは片手に四つ遺品を持っていた。
夕日とシャルネアは共に一個の遺品を持っている。
セルフィスが持ってきたもので最後ということは仲間は六人だったのだろう。
そうして遺品を回収し終えたセルフィスの登場により二人の間にあった重い空気は消えていた。
「遺品は私達が持ってるよりセルフィス、君が持っていたほうがいいだろう。でも、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。遺品は全て小物ですし、片手で持てます」
「そうか」
シャルネアは夕日の持っていた遺品を取り、自分の持っていた遺品と合わせてセルフィスに渡した。
「あ、すいません。ちょっとお花を摘んできます」
「ああ、わかった」
セルフィスは遺品を受け取るや否や花を摘みに行くと言い、草木を切り分けどこかへ行ってしまった。
(お花摘み。⋯⋯ああ、墓に供える花を摘みに行くのか。俺も気分悪いし空気を吸いに行くついでに花を摘んでくるか)
「シャルネア。俺も花を摘みに行ってくる」
「え?ちょっ、夕日⋯⋯意味わかってんのか?」
夕日はシャルネアに告げるとすぐさまセルフィスの行った方向へと消えていく。
その際、シャルネアの声は夕日に届いていなかった。
夕日はセルフィスの行った方へと歩いていったが、前方にはセルフィスはいなかった。
(おかしいな。こっちに行ったはずだけど)
前方にセルフィスはいると信じ少し歩く。
木々が生い茂る森の中、広く開けたところがあった。
そこには真っ白な花があちらこちらに咲いていた。
「おお!!」
その白い花がある場所は天からの光を受け、幻想的な空間となっていた。
その光景に夕日は思わず声が出る。
(セルフィスはこの花を摘みにきていたのか。⋯⋯それでセルフィスはどこだ?)
「おっ、いた」
セルフィスを見つけ、彼女に近づいていく。
だが、ある程度近づいたところで声が聞こえてきた。
その声はセルフィスの泣き声だった。
嗚咽混じりに聞こえる泣き声に夕日は咄嗟に木の後ろへと隠れてしまった。
(なんか行きづらいな)
一度隠れてしまっては出るタイミングが見当たらない。
「ぐっす、ぐっす」
幻想的な光景の中、涙を流す者が一人。
セルフィスは先ほど探し出した遺品を持っていた。
「シリス、コトゥエ、エリスト、ウリガド、ソーシャ、ゴドス。みんなゴメンね。私に力がないばっかりにみんなを死なせてしまった」
遺品を胸にギュッと抱きかかえ、謝辞を述べる。
その中のエリストという名前に見覚えがあった。
(さっき俺が拾ったペンダントに書いていた名前だ。ということはセルフィスが言っていた名前は亡くなったもの達のことか)
シリスという名と、エリストという名を言ったことからすぐに亡くなった者たちのことだと気がついた。
「⋯⋯」
夕日は何も見なかったことにし、その場を後にする。
(シャルネアには何て言おうか。たどり着く前に考えておかなきゃな)
花があった場所は湖から二分ほどかかる。
夕日は言い訳を考えているうちに、湖にたどり着いた。
夕日が着いたとき、シャルネアはちょうど遺体を一箇所に集めているところだった。
辛いはずなのに苦を感じさせない表情で作業を続けている。
作業に集中しているのかシャルネアは夕日の方を向こうとしなかった。
「早かったな」
シャルネアが夕日の気配を察知したのか問いかけてくる。
その問の答えはここに戻ってくる二分間の間で考えていた。
「花はあったにはあったんだが、いい花がなかったんだ。だから帰ってきた」
だが、実際はあまり言い訳が思いつかなかった。
苦し紛れに放った言葉にシャルネアが固まった。
(ん? なんか間違えたか?)
「あんまり良いの!? どういうことだ?」
「いや、だから良い花がなかったってことなんだけど」
驚いた顔で振り返るシャルネア。
夕日の言った言葉により、シャルネアの頭に疑問符が浮かんだ。
少しして疑問が解けたのか再び作業に戻った。
「コホン。その⋯⋯夕日たちは花を摘みに行ってたのか?」
「急にどうしたんだ? 最初からそう言ってるじゃないか」
またしてもシャルネアの動きが止まる。
今度は手だけではなく体が全体が。
「本当にどうしたんだ?」
「べ、別に⋯⋯花を摘みに行くということをトイレに行く、と勘違いなどしていないからな」
(何か勘違いしていたのか)
シャルネアの嘘はバレバレだった。
そんな変なやり取りをしているうちにガサガサっという音が聞こえる。
その音の主はセルフィスだった。
帰ってきたセルフィスの手には遺品とは別に花を持っていた。
「ああ、セルフィスか。結構長いこといなかったな」
シャルネアは作業に戻っており、またしても気配を察知したのか振り返りもせず言い当てる。
相変わらずシャルネアは辛そうな顔を浮かべていなかった。
「なあ、セルフィス。なんか知らないがシャルネアが花を摘みに行くっていうのをなんか別のことと勘違いしてたんだけど」
シャルネアは作業をしていた手を止め、振り返り慌てて訂正しようとするがあまり意味はなかった。
シャルネアが口を開く前にセルフィスが口を開いていた。
「別のこと⋯⋯あ、もしかしてトイレのことですか? 私が言ったお花を摘むって別にトイレに行くってことじゃないですよ。本当に花を摘みに行っていただけですから!!」
先程シャルネアが言った長いという単語がトイレがという事を言ったのではないかと思い、思わずセルフィスが赤面し、シャルネアの勘違いを訂正する。
シャルネアも恥ずかしさから顔が赤くなり、勘違いを誤魔化そうと振り向き口を開く。
だが、その時目に入ってきたセルフィスの顔をみて、誤魔化すことなどどうでもよくなっていた。
「ああ、なるほどな」
シャルネアはそう言ったっきり作業に戻り、シャルネアは黙ってしまった。
シャルネアが見たのは、顔を赤くしたセルフィスの顔。
だが、それだけで急に黙ったりしない。
それもそのはず、真っ赤な顔でもはっきりとわかるほど目元が赤かったのだから。
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