16-2

「それは置いて、そこに座れよ」

 ウォルトは指で指図をした。ジューンは手燭を脇机に、シーツは床に置いて、彼が指さした通りに、ベッドに腰を下ろした。

「裏切り者」

 ウォルトは歩み寄ると、ジューンを見下ろした。

「なんのことでしょうか……」

 恐ろしさにすくみながら、ジューンはウォルトを見上げた。

 彼はジューンのことを怒っていたのだ。身に覚えのない罪で、裁判に引っ立てられた。これから、何を断罪されるのだろう。

「しらばっくれるのか?」

 ウォルトは苛立たし気に吐き捨てると、次に何を言うか何度も迷った末に、何も言わず、ぷいとそっぽを向いた。彼は腕を組み、不自然なほどの大股で窓のところまで歩いた。そして窓枠に両手を掛けると、いきなり振り返り、やけくそのような調子で一気にこう言った。

「夏期休暇のとき結婚しないって言ったくせに、やっぱりするんじゃないか!」

 伸びた前髪に半分隠れるようにして、少年の憤りに満ちた瞳が、ジューンの反応を待っていた。

「ち、違いますよ。本当にしません」

 ジューンは息を呑み、途方に暮れるような思いで答えた。彼がなぜ怒っているのか、ようやく分かった。

 エドマンドに対する自分の中途半端な態度が、ウォルトの耳に入ったのだ。けれど、約束を破ったわけでもないのに、こんなに怒られるなんて、誰が想像できるだろう。

 それが今、ウォルトの眼を見ていると、ジューンには彼の感情のすべてが感じられる気がした。

 憤り、悲しく、不安なのだと。傷つけてしまったのだと、はっきりと分かった。

 どうやってなだめたらよいのだろう。もう手遅れかもしれない。簡単なことでは許してもらえないのかもしれない。

「大工じゃなくて男爵の息子だって分かったから、気が変わったってことなのか?」

 ウォルトはこちらを向いて、窓枠にもたれ掛かった。いつもの皮肉な調子が戻ってきていた。

「いえ、だから、結婚しませんってば」

「みんな『する』って言ってる。グリーンの爺さんに、父上も、ケイトも。周りが騒いだらジューンが気まずくなって、まとまる話がまとまらなくなってはいけないから、そっと見守っているところなんだってな」

 ウォルトは顔を背け、嘲るように鼻で笑った。

「ああ……旦那さまたちはそんな風に思っていらっしゃるのですね。けれどわたしは、このお話はお断りするつもりなのです。あの……坊っちゃん、わたしはあなたとの約束を忘れていませんよ。ちゃんと守り……」

「プロポーズされて喜んだのかよ?」

 ウォルトは最後まで聞かずに、非難がましく言い放った。

「……えっと、とにかく、わたしはずっとここにいますから」

 ジューンは答えられず、そう言って無理に微笑んだ。

「そんなんじゃもう信用できない!」

 ウォルトは怒りを込めて言った。ジューンは顔を見るのも申し訳なく、恐ろしい気がしてうつむいた。

「本当におまえに断れるのか? どうせ周りの人間に気を使って、そいつの思い通りにされてしまうんだろ? そいつは汚い手を使って、ジューンが断れないように追い詰めているんだ。 やり方が卑怯だと思わないか?」

 まるで、目を覚ませと説得するような口ぶりだった。ウォルトの足音が近づいてきた。彼はすぐそこまで来て立ち止まり、激しい口調で話を続けた。

「大工だって嘘をついてジューンに近づいた! 初めからホワイトストンだと知っていたら、ジューンは仲良くなんかしなかったはずだ。そして父上に取り入った。父上を味方にしたら、ジューンは従うしかなくなる。雇い主には逆らえないんだから」

 ジューンは恐る恐る顔を上げた。

「いえ、あの……旦那さまは断ってはいけないと仰ったわけではなくて……」

 ウォルトは無視し、腕組みをすると一人で考え事をしているように窓と反対側の壁に向かって歩き出した。

「どうやって父上に取り入ったんだろう? きっと、父上が変わり者だってところをうまく突いたんだ。父上は変な奴が好きなんだ。自分と同じように優秀で、真面目で、だけどちょっと変わった奴が……」

 ウォルトは壁際まで来ると踵を返し、組んだ腕をいらいらと指で叩きながらまた窓の方へ向かった。

「そいつは使用人にまで話を広めて、ジューンが周りに流されてしまうようにした。そのうえ妹を雇って恩を売って、妹を……人質にして、ジューンにどうやったって断れないようにしてしまったんだ!」

 ジューンは手の施しようのない事態を目の前にして、泣きたいような気持ちだった。

「誤解です、坊っちゃま。わたし、ちゃんと断りますから……」

 ウォルトは何も聞こえていないかのように、演技めいて見えるくらい怒りをまき散らしながら、ベッドに座ったジューンの前を、また右から左へと歩いた。

「ぼくはただの大工だと思って油断してた! 貴族で……こんなずる賢くて卑怯な奴が相手だとは思わなかった」

 ウォルトは立ち止まり、じろりとジューンを見下ろした。

「だから、ぼくも卑怯な手を使うことにした」


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