15-3

「うん? それで?」

 予想に反して、アミーリアは怪訝そうな顔をした。ジューンは、これで終わりなのにと思いながら、追加した。

「結婚した後で、わたしと結婚したことを後悔しているホワイトストンさまを見るのが辛いというか……」

 相手を想うゆえ、などと善人ぶるつもりはないのだと言いたかった。

 アミーリアが、ふっと鼻で笑った。ジューンはなぜ笑われたのか分からなかった。

「で? それだけなの?」

 呆れたような眼つきをして、アミーリアが尋ねた。

「ホワイトストンさまは四男なの。爵位も財産も相続できないから、結婚相手はちゃんとした家柄で、ちゃんとした持参金がある女性がいいのよ」

 ジューンはなにか見当違いなことを言っただろうかと不安になりながら答えた。

「そりゃあ誰だってさ、結婚相手にお金がないよりは、あるに越したことはないだろうけど……」

 アミーリアは話しながら、自分のベッドに広げてあった毛織のコートを取り上げ、それを羽織るとまたジューンのベッドに腰かけた。彼女はわざとらしく溜め息を一つつき、こう続けた。

「後からもっといいのが現れるかも、なんて思ってたら、きりがないよ。いいじゃん、ホワイトストンさまが、ジューンがいいって言ってるんだから」

「だからそれは、一時の気の迷いで……。それにホワイトストンさまは普通の人とは違って、伯爵の令嬢とだって結婚できる人なのよ」

 アミーリアは呆れと苛立ちが交じるような眼でジューンを見つめた。

「ジューンは遠慮なんかしてる場合じゃないと思うよ! だって、玉の輿だよ。こんなチャンス、もう二度とないよ。一生分の生活が懸かっているんだよ。断ったら、一生後悔するよ!」

 ジューンは、何がアミーリアを苛立たせるのかが分からず、怖くなりながら答えた。

「だ、大丈夫よ、わたしは後悔しないと思うわ。結婚しなくても、ここで働かせてもらえれば生活に困ることはないし。それで、ゆくゆくはウォルト坊っちゃんがコッツワースを継ぐところを見るのよ。わたし、ウォルト坊っちゃんとそう約束したの」

「ウォルト坊っちゃんと? も~う、なにそれ」

 アミーリアは厄介だなというように、頭を掻きむしった。長い黒髪が逆立って、ぐしゃぐしゃになったまま戻らなかった。アミーリアは気にもせずに話を続けた。

「とにかく、ジューンは絶対に断っちゃだめだよ。ホワイトストンさまと結婚するの。ウォルト坊っちゃんには『ごめんなさい』って言えばいいわ」

 燭台のほの暗い光の中で、アミーリアの黒い瞳が確信に満ちて輝いていた。

「でも……、そういうわけには……」

 ジューンはたじろぎ、口ごもるしかなかった。

 エドマンドと同じだ。楽観的な人というのは難しいことをさも簡単なように言う。けれど、そう断言されるとジューンでさえ、少しだけその通りのような気がしてくるから不思議である。

「ジューン、まさか、さっきの手紙の返事で断るつもりじゃないよね?」

 アミーリアが切迫した声を出した。

「それが、迷っているの。どうせ断るのだから早く断ったほうがいいとは思うのだけど、ホワイトストンさまは今、お仕事が大変な状況なの。ショックを与えてしまってお仕事に影響があってはいけないと思って。相手が誰でも、プロポーズを断られたらショックはショックだろうと思うから……。わたし、こういうことはよく分からないのだけど、プロポーズを断ったら、相手を侮辱したことになるのかな?」

「えっ、どうだろう?」

 質問が唐突だったらしく、アミーリアは眼を見開いた。

「たしかに、そういう風に思う男の人はいるみたいね。でもそんなの気にしてたら、女の子は断りにくくなってしまうわ。そこまで気を使わなくていいんじゃない?」

 アミーリアはそう答えたのちに、ふと気が付いて、慌てて訂正した。

「いやいやいや、その通りよ! 断るなんてホワイトストンさまに対する侮辱だわ。ジューンにそんなことされたら、あの人、ショックで死んじゃうかも!」

 ジューンは大袈裟に言う冗談なのだろうと思い、微笑した。

「そうね……今はわたしも、書ける気がしないわ。……早く断らなきゃ、とは思うのだけど……」

「断っちゃだめだよ! ジューン」

 アミーリアが一回り大きな声を出し、ジューンの肩に腕を回して揺さぶった。

「う、うん。次の手紙には書かないわ」

 ジューンは当惑しながら答えた。アミーリアが心配してくれるのは嬉しいのだが、なぜそこまでと、疑問にも思えてくる。

「次の手紙には? ……まあいいわ。とにかく、はやまらないでね。まったく、こんな幸運、ジューンが要らないっていうなら、わたしに分けて欲しいものだわ」

 アミーリアはぶつぶつ言いながら自分のベッドに戻り、どさっと座った。

「あ~ダメだ、眠くなってきた……もう寝るわ」

 ジューンを見る眼の瞼が、どろんと半分落ちかかっている。アミーリアはコートを着たまま寝具にもぐりこんだ。

「お、おやすみなさい」

 覗き込むと、ついさっきまで最高潮に起きているように見えたルームメイトは、もう寝息を立てていた。ジューンは信じられないという思いでしばらく寝顔を見つめていたが、やがて自分も床に就いた。


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