15-2

 かつては「ジョン」と言っていたのが、「ホワイトストンさま」に入れ替わっている。ミセス・マイヤーがにやにやしながら「ジョンからだよ」と言って渡してくれた封筒には、「E・J・ホワイトストン」と明記されていた。ジューンがいないときに、大工のジョンは貴族だったという話題が使用人ホールに上がったのだろう。住み込みで働くメイドにプライバシーはないのである。

「ね、ねえ、ホワイトストンさまのことって、みんな知ってるのかなあ? 恋愛禁止のはずなのに、わたしだけ、なんだか特別扱いで……、みんな怒ってるよね?」

 ずっと抱いていた不安が口から溢れ出た。そして、言っただけで少しすっきりしている。

「えっ!」

 逆に質問されて、アミーリアは驚いたようだった。

「え~、みんな普通に羨ましがってるよぉ。だって、貴族と結婚だなんて憧れだし。ジューンがホワイトストンさまと結婚できたら、わたしたちも夢が持てるっていうか、希望が湧くっていうか……。あやかりたい! ……って感じかなぁ。だから応援してるよ。怒ってるとかじゃなくて」

 アミーリアは後ろめたそうに視線を泳がせながら答えた。その様子を見て、ジューンはやはり悪口を言う子もいるのだろうなと思った。

「それでどうなの? プロポーズされたの? もう婚約した? 結婚式はいつなの? 手紙にはなんて? 新居のことが書いてあったの? そうなの?」

 アミーリアの爛々とした黒い瞳が迫ってきた。

「えっと、プロポーズはされたんだけど……」

「きゃあああああああ!」

 断るの、と言う前にアミーリアが悲鳴を上げ、後ろへすっ飛んだ。真上を向いてベッドに倒れ、両手を胸のあたりでわなわなと震わせている。

「ち、違うの、断るのよ。わたし、断るの」

 ジューンはすぐに顔を覗き込み、アミーリアが気絶したのではないことを確認した。

「えっ、なに? プロポーズされたけど、断る、ってどういうこと?」

 ややあって、アミーリアはむくりと起き上がった。顔が真顔になっている。

「結婚はしない、ってこと」

 ジューンは、言葉通りの意味なのにと思いながら答えた。

「な、ぜ!」

 アミーリアが眼を剥いて叫んだ。

「えっと……、わたしね、ホワイトストンさまがどうしてわたしのことを気に入ってくれたのか、どんなに考えても、本当に全然分からないのよ」

 ジューンは隣室で眠る他のメイドたちを起こしてしまったのではないかとひやひやしながら答えた。

「そうなの? それで?」

 アミーリアは釈然としないという顔をしている。

「でも、ホワイトストンさまも人間だから、間違えることはあると思うの。何かの勘違いで、わたしのことが良く見えて、それで誤った選択を……」

「う~ん? それで?」

 アミーリアの眉尻が下がり、ますますよく分からないという顔になった。

「一時の気の迷いで人生を誤ろうとしている人が目の前にいるのに、それを止めてあげないのは罪深いことだと思うの」

 そう、ラングリー氏は過ちを止めようとしただけなのだ。

 彼はホワイトストン男爵の従者だから、息子のエドマンドではなくて、ホワイトストン卿の意向に沿って行動するのは当然のことである。しかも、彼なりにエドマンドを本気で心配しての行動だったかもしれないのだ。

 嘘をつくこと自体は悪いことなのだろうけれど、ジューンはとても責める気にはなれなかった。もし、ケイトお嬢さまがどこかの従僕と結婚したいなどと言いだしたら、ジューンだって、どうにかして思いとどまってもらうことは出来ないだろうかと考えるかもしれない。


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