14-10
ジューンは反論を続けた。
「と、とにかく、ホワイトストンさまは、ちゃんとした女性と結婚するべきなんです。……そう、男爵家を相続できないのなら、なおさら持参金のたくさんある、家柄のしっかりとした女性と結婚しなければなりません」
ジューンはその場でひらめいたことを口にした。言ってみると、それは思いつきにしては自分でも感心するほど、筋が通っていると思った。果たして、サー・ウォルターの表情が真剣になった。
「それについては本人とよく話したよ。彼が言うには、自分が結婚するときにホワイトストン家がくれるものは食器セットぐらいだろうということだ。その代わりではないが、母方のお祖父さんの財産を相続予定だそうだよ。お祖父さんは芸術家で若いときは結構売れたんだそうだ。今はノーサンプトンの屋敷で絵画教室を開いてる。エドマンドくんが結婚するときには、資産の一部を譲り受けることになっているそうだよ」
ジューンは頷いた。ジョンから聞いた話と一致する。
「けれど、家柄は? ホワイトストンさまが建築家になるにしても、お子様の将来のためにも、貴族の人脈があったほうがいいに決まっています」
ジューンが言い返すと、サー・ウォルターは重々しく頷いた。
「それをどう考えるかは、人それぞれだよ」
ジューンは息を呑んだ。サー・ウォルターは続けた。
「ホワイトストン卿はね、上の三人の兄よりもむしろエドマンドくんに、貴族の娘との結婚を薦めるそうだよ。エドマンドくんの母君は社交界に興味もないし、ホワイトストンの一族とも馴染まずに孤立している。卿はそれを憂いているんだ。エドマンドくんが平民の娘と結婚したら、卿亡き後、その血筋は上流社会から完全に脱落してしまう」
ジューンは最初に感じた以上に問題が重大であることに気づいてショックを受けた。このことに、最初に気づかなかったことが情けない。やはり迷う余地などないのだ。プロポーズを受けるなんて、してはならないことなのだ。
すると、サー・ウォルターは見透かすように言った。
「本人も、それはよく分かっているんだ。そのうえで、エドマンドくんはきみを選んだ。彼の人生をどうするのかを決めるのは、彼自身なんだ。ホワイトストン卿ではないし、きみでもない」
ジューンはドキリとした。今、傲慢さを咎められたのだろうか。尋ねる代わりにその眼を見上げると、サー・ウォルターはくいと片眉を上げてこう答えた。
「断ってはいけないと言っているのではないよ」
ジューンが小さく頷くと、サー・ウォルターはにっこりとした。
「ジューン、我々は彼の判断力を信じてあげようじゃないか。彼は無鉄砲に見えて、案外しっかりと色々なことを考えているよ。きみが戸惑うのも無理はないが、勘違いもあったことだし、わたしの話を聞いて印象が変わった部分もあるんじゃないかな?」
「はい、仰る通りです」
ジューンは考えがまとまらず、なんだか呆然としながら答えた。
「彼は待つと言っていたよ。だからもう一度、よく考えて返事をしてごらん。そのための相談なら、いつでも乗るからね」
サー・ウォルターは微笑みながら、ジューンが頷くのを待っていた。ジューンはもったいなくて恐れ多くて、どんなお礼の言葉も不十分な気がして、口ごもりながら答えた。
「はい、あ、あの……、旦那さま、本当にありがとうございます。わたしのことを気にかけてくださって。……わたしのことを引き取ってくださったときから、ずっと今まで、……本当に言葉もないくらい、全てのことに感謝しています」
サー・ウォルターは驚いたようだった。そして照れたような、困ったというような、複雑な笑みを浮かべた。
「こちらこそ、きみの誠実な働きに今までどれだけ助けられてきたか知れない。いつも本当にありがとう」
思いがけない言葉に、ジューンは胸が熱くなり、とっさに何も言えなかった。サー・ウォルターは立ち上がった。
「さあ、わたしも午後のお茶をもらいに行くとしよう。ジューンは仕事に戻ってくれてけっこうだ。呼び出してすまなかったね」
ジューンはとんでもないと首を横に振った。サー・ウォルターは先に行って扉を開け、ジューンを送り出すと、自分も図書室を後にした。
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