どうか幸せであれ

「佐田君さ、いくらなんでも嫌いはないでしょ。」

 わたしが大袈裟に溜め息をつきながら彼に言った。

「だって裕太君達怖いんだもん。何考えているか分からないし、あんなのと仲良くできる明日美さん凄すぎでしょ。」

 しれっと4人を「あんなの」扱いする佐田君。多分彼は本当に4人の事が苦手らしい。

「付き合いが長いからね。時々気まずくなる時もあるけど。」

 わたしがそう言うと佐田君は小さく「ふうん」と言った。

「おい、佐田。さっきからずっと俺たちの悪口言ってんだろ?」

 裕太の不機嫌そうな声が聞こえてくるが彼は一切動じることなく一言。

「本当のことを言っただけだけど?」

 佐田君の威圧感を含む言い方に裕太はそれ以上何か言ってくることはなかった。


「ねえ、明日美さん。裕太君に一翔君、五郎君、九郎君ってどんな人なの?」

 佐田君が目を輝かせながら聞いてくる。わたしは今までのことを思い出しながら彼に全てを話した。


「明日美を守らせてほしい」と言ってくれたことも。両親が行方不明になったときのことも、沙耶さんという女性を避難所まで連れて行ってほしいと頼んだときのことも全て彼に話した。

 佐田君は真剣な表情で聞いてくれた。一通り聞き終えると彼は何も言わずに立ち上がり、4人の所へと向かった。




 僕は明日美さんの話を全て聞き終えると裕太君達の方へと向かった。

 僕は裕太君達のことが苦手だ。けれど彼らにどうしても言わなければならない事がある。


「ちょっといいかな?」

 僕が彼らに声を掛けると彼らは顔を上げてこちらをじっと見つめてきた。

 吹き出物一つない白い肌に切れ長の目、しっかりと筋の通った鼻。

 男である僕から見てもかっこいいと言わざるを得ない顔だ。

 年齢は裕太君が大体僕と同じくらいで、一翔君と五郎君、九郎君は僕よりも2、3歳程歳が上だろうか。

「いきなりなんなの?」

 一翔君が一瞬眉を顰める。どうやら彼らも僕に対して苦手意識を持っているらしい。


「ねえ、いい加減自分の気持ちに素直になったら?」

 回りくどいことを言うのは面倒なので言いたいことを真っ先に伝える。

 僕の唐突な発言に彼らは豆鉄砲を喰らったかのような顔をしていた。


「明日美さんから全部聞いたよ?危ない目に遭っていた人を助けたことも、明日美さんの願いを聞き入れたことも。」

 彼らは特に何も言わずに僕の話を聞いている。また怒鳴られたり、刀を突きつけられたりするのかと思ったがそうでもないらしい。


「明日美さんの無理な願いを何度も聞き入れたこと。明日美さんを守りたいと言ったこと。怪我をしてまで明日美さんを庇ったこと。

 隠したい過去を全部明日美さんに語ったこと。これが君らの正直な気持ちなんでしょ?」

「うるせえ。お前なんかに俺たちの何が分かるんだ?」

 裕太が不機嫌そうな表情を浮かべる。

「確かに僕には君らの気持ちは分からないかもしれない。けれど、いい加減に素直になりなよ。本当は明日美さんの事が好きなくせに。」

 僕がそう言うと彼らは驚いたかのように末広二重の切れ長の目を見開いた。


「確かにそうだな。」

 季長がポツリと言った。どうやら心の中ではちゃんと好きだと認めているらしい。

 それと同時にこの人達は何て不器用なのだろうと思ってしまった。本当は今すぐ明日美を抱きしめてやりたいに違いない。

 いくらこのパンデミックを生き延びてきたような人でも、いくら乱世を生き抜いて来た武士であっても所詮は10代の男子だ。

 見た目は大人びていても心の中はまだまだ幼い。


「何も言わなくていいの?」

 気が付けば彼らに向かってそんな事を言い放っていた。

「何でそのような事を聞かれる?」

 義経が微かに眉を顰める。

「だって生きているうちに想いは伝えておくべきでしょ?分かってる?死んだら何も伝えられなくなるんだよ?

 明日美さんと話をすることも、触れることさえも出来ない。」

「…。」

「…。」

「…。」

「…。」

 僕の言葉に対して彼らは何も言わなかった。

「自分から死に近づいてどうするの?好きな人を悲しませてどうするの?

 守りたいんじゃなかったの?守りたい相手を自分達で傷付けてどうする?

 なんでそんなに命を捨てるような真似が出来る?」

 つい興奮してしまった。けれど、彼らが今までに明日美さんに見せてきた挙動はきっと彼女を傷つけたに違いない。

 そう思うと、裕太達に対する怒りが次々と湧いてきてしまう。


「そんな考えじゃ守りたいものも守れないよ?」

 僕の一言に彼らが悲しそうな表情で俯く。その表情は今にも泣き出しそうだった。

「じゃあ、どうすれば良かったんだよ…。両親も家族も友達も居なくなって、何を糧に生きていけば良いんだよ?」

 裕太が自嘲気味に言った。その声は微かにくぐもっていて、震えていた。

「今まで何回も消えたいって思ってきたよ。いっその事刀で自分の首を掻き切ったら楽になれるのかななんて思っていた。」

 一翔の瞳は微かに濡れていた。

「我を匿ってくれた恩人にも、家臣にも、竹馬の友にも死なれた今は最早生きる望みすらない。」

 義経が消え入りそうな声で言った。別に生きる望みなんて無くったって良いんだよと言ってやりたい気分だった。


「いっその事討死出来たらどれ程良かっただろうかとずっと考えてきた…」

 季長が俯いたまま口を開いた。その口調は淡々としていていたが、何処か悲しかった。

 彼らの人生に何があったのかなんて僕には分かりっこない。

 けれど、こんな事を平気で口走る彼らが許せなかった。今すぐにでもぶん殴りたい衝動に駆られるが必死で我慢する。

「その言葉、今すぐ取り消して。」

 思わず漏れた声は自分でもびっくりする程低かった。彼らは面食らった表情で僕のことを見つめている。

「今の言葉取り消してって言ったのが聞こえなかった?なんでそんなことが平気で言えちゃうの?

 悲しむ人が居るってことが分からない?」

 僕の問に裕太が小さな声で答える。

「分かってるよ。だから今まで何とか生きてきたんだし。」

 僕は返す言葉も無くその場に立ち尽くした。


「ねえ、僕達からお願いがあるんだけど?」

 ずっと黙っていた一翔が不意に口を開いた。

「お願いって何?」

「明日美ちゃんを幸せにしてやってほしい。」

 彼らの表情は真剣だった。その顔を見た瞬間分かってしまった。

 ああ、この人達は心の底から明日美さんのことを思っているんだなって。

「馬鹿。君らも居なくちゃ明日美さんは幸せにはなれないよ。」

 僕がそう言うと裕太が自嘲したような口調で

「分かってる。それまでは明日美の傍に居てやるつもりだ。だから全力であいつを幸せにしてやってくれ。」

 と言った。

「明日美さんが幸せになったらどうするつもりなの?」

 裕太は少し黙った後に淡々とした声で言った。

「もう俺達の役目は終わり。4人で一緒に何処か遠い場所で死んでくるよ。」

 その一言に、思わずブチ切れてしまいそうになった。

「馬鹿なの?なんでそんな考えに辿り着くのかが僕には分からない。死んだら終わりって言ったよね?明日美さん、知ったら悲しむと思うよ。」

「だから明日美ちゃんには僕達の事を知らせないでほしい。」

 一翔が縋るような目で僕の事を見つめてくる。

「やっぱり馬鹿だね。さっきからそんな事ばっかり言ってるけれど誰も君らに死んでほしいだなんて思ってないから!」

 気が付けば大声を出していた。まずい、明日美さんに聞こえたかもしれない。

「両親が命を捨ててまで裕太君と一翔君を守ったこと。明日美さんが自害しようとしている五郎君と九郎君を止めたのも、家臣達が九郎君を必死で守ったのも、君らに生きていてほしかったから。死んでほしくなかったから。ただそれだけなんだよ。」

 僕の言葉に彼らが答えることはない。ただ黙って聞いているのみだ。


「だからみんなの気持ちを踏み躙るようなことだけはしないで。

 生きる望みなんて無くたっていい。これから先に見つけていけば良いだけだから。だから、生きる意味が見つかるまでは死なないで。

 それから絶対に幸せになって。悲しい想いをしてきた分幸せになってほしい。だから、それまで一緒に生きよう?」

 僕はあれだけ苦手意識が強かったはずの裕太達に対して必死になっている。

 明日美さんから話を聞いた時、見捨てる訳にはいかないなって思った。僕がなんとかしなきゃって思った。


「分かったよ。」

 裕太が何処か晴れやかな表情を浮かべて言った。その隣で一翔と季長と義経が静かに頷く。

 彼らの口角が少し上がっているように見えた。


 この人達はこんな顔で笑うんだなって思った。まだ微笑むという言葉にすら届いていないかもしれないけれど。

 その表情はまるで、今にも花を開きそうな桜の蕾のようだった。

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