再会
暫くわたし達を狙う奴らも来ないだろう。そんな呑気なことを考えた矢先だった。いきなり背後から肩を叩かれたのは。
「ひい…!」
いきなりの事に驚いて振り返ると、そこに居たのは同い年くらいの男の子だった。
男の子はわたしの顔を見るなりひどく驚いたような顔をして
「あれ、もしかして明日美さん…?」
とわたしの名前を口にする。よく見るとその顔は…2年くらい前に転校して行った佐田君だった。
「もしかして佐田君…?」
わたしがそう問い掛けると彼はこくりと頷いた。
「覚えていてくれて嬉しいよ。家がゾンビにやられてしまったから家族と一緒に車に乗って避難していたらガソリンが切れちゃってね。
歩いて避難所まで行くとなったんだけど、家族からはぐれちゃったみたいで。」
彼はそう言いながら恥ずかしそうに頭を搔く。彼はこんな状況にも関わらず、呑気に笑みを浮かべている。
底抜けの明るさは以前のままちっとも変わっていないみたいだ。
佐田君は裕太達の方に顔を向けると爽やかな笑顔を浮かべながら
「あなた達は…確か3年近く前、何処かでお会いしましたね。覚えてませんか?」
と迫る。
「確か明日美殿に馴れ馴れしくしておったな。」
義経が素っ気なく返す。佐田君はそれでも怯まずに彼らに話しかけていく。
「確か、裕太君に一翔さん、義経さん、季長さんですよね!」
佐田君の笑顔とは裏腹に4人は如何にも不機嫌そうな表情を浮かべている。
「なんでお前みたいな奴が俺たちの名前を知ってんだよ?」
裕太の問いに佐田君は明るい表情で
「明日美さんから聞いたんですよ。変な男友達が居るって。」
そう言われて裕太は面白くなさそうだ。
「誰が某と九郎殿の事を諱で呼んでいいと言った?」
佐田君に諱で呼ばれたことが気に食わなかったのだろう。義経と季長が殺気の籠った視線で見つめてくる。
「じゃあ九郎さんと五郎さんでいいですか?」
佐田君が少し後退りながら言った。
「「好きにしろ。」」
2人がぶっきらぼうに答えると佐田君から目を逸らす。
佐田君はわたしに近づくとこちらにしか聞こえない声で一言。
「僕、裕太君達のこと苦手かも…」
わたしはその一言に思わず笑いそうになる。確かに彼らと佐田君は正反対のタイプだ。馬が合わないのは無理もないだろう。
「明日美さん、まさか今まであんなぶっきらぼうな子達と一緒に居たの?」
「うん。でも何かあったら助けてくれるから大丈夫だよ。別に悪い子なんかじゃないし。」
「ふうん…。顔はなかなかかっこいいのに勿体ないね。何と言うか頭固そうだし。」
「あはは…佐田君それ言っちゃダメ。」
何故だろう?佐田君と話していると例えどんな状況であったとしても明るい気持ちになれる。
「そうそう。明日美さんの中学校に居た奈々と奈津と奈絵って子覚えてる?」
突然佐田君が真面目な表情になって言った。その名前を耳にした瞬間、思わず呼吸が止まりそうになった。彼が口にした名前の主のことをわたし達は決して忘れることはないだろう。
奈々、奈津、奈絵…周囲から女子3人グループと呼ばれていた彼女ら。
噂好きで誰かの悪い噂を聞いては周囲によく言いふらしていた。
サキ達が里沙、裕太、一翔、義経、季長の悪い話をでっち上げて吹聴した時にそれを耳にした奈津達が率先してその話を周囲に吹聴していた。
考え方を変えれば彼女らだってサキ達に踊らされた被害者であるとも言えるのかもしれない。
けれど、彼女らがわたし達の悪口を言う時の楽しそうな表情。軽々しく「死ね」と言葉のナイフを投げられたことはそう簡単に水に流せるようなものじゃない。
だから今でも奈津達のことは許していないし、憎いとすら思っている。
わたし達は奈津達にも苦しめられたのだから。
「奈々達がどうしたの?確かあの子達、去年あたり佐田君の学校に転校したよね?」
「うん。そうなんだけど。奈々達さ、学年中から無視されて、誰にも口を聞いてもらえなくて可哀想だったよ。」
「そうだったんだ…。」
佐田君の言葉にわたしはどうやって返事をしたら良いのか分からなかった。
確かに奈々達には酷いことをされた。けれど、転校先でそんな目に遭うだなんて。
「多分有希子が奈々達が転校してきた理由を言いふらしたんだろうな。」
有希子…。中学2年生の頃に学級委員をやっていたクラスの女子。普段は成績優秀で真面目。委員会の仕事も抜かることなくしっかりと熟す優等生というイメージだった。
だけれど、有希子が行ったサキや正美、美香、加奈子やその兄達に対するあまりにも惨い所業の数々。
普段は真面目な人であっても相手を悪だと認定した瞬間に人はここまで残酷になれるのかと。
実際、有希子がサキ達をいじめたり誹謗中傷している時の表情は清々しい程の笑顔だった。わたしの目にはそれが歪んだ悪鬼であるかのように映った。
「で、奈々達はどうなったの?」
ふと気になって奈々、奈津、奈絵のその後を佐田君に尋ねる。彼は少し考え込んだ後に重い口を開く。
「この騒ぎで酷いパニック状態に陥った人がナイフを持って学校に入ったんだ。」
「それで奈々達は…!?」
「奈々も奈津も奈絵も、ソイツに刺された。病院に運ばれたんだけど残念ながら…。」
その先は言われなくても分かった。奈々達は死んだんだ。この騒ぎで狂ってしまった人に刺されて。
「奈々達、最期に言ってたよ。明日美ちゃん達、ごめんねって。」
「奈々達が…わたし達に…。」
「うん。ずっと謝りたがっていたよ。本当に酷いことをしてしまったって。」
奈々達が謝りたがっていたのは初耳だった。謝った所で彼女らに付けられた心の傷が癒える日は恐らく一生来ないだろう。
わたしも美晴ちゃんも、奈央も里沙も裕太も一翔も義経も季長も。
辛いけれど、思い出したくないけれどあの日の傷を背負って生きていかなければならない。
あまりにも深くて、一生掛かっても癒えることの無い傷を隠しながら。
あの辛い日々が逃れることのできない呪縛であるかのようにわたし達を縛り付けたのだ。
「ねえ知ってる?裕太達って好きな子が居るんだって。」
あの頃の事を思い出すような話を続けるのは嫌だったからつい話を変えてしまう。でも、佐田君は一言も文句を言わなかった。それどころかかなり興味津々みたいだ。
「へー誰なんだろ?」
「分からない。けれど結構近くに居るみたいだよ。」
すると、佐田君はクスリと笑いながら
「あの様子で好きな子が居るとか笑っちゃうね。告白する時にあんな怖い顔で迫られたら警戒しちゃうよ。」
「佐田君、それも言っちゃダメ。本人達気にしてるから。」
「案外気にして無いんじゃね?あの手の人間って逆に自分の事を素直で愛想がいいって勘違いしてそうだし。」
「おい、全部俺達に聞こえてるぞ。」
裕太がこちらを睨みつけながら言った。
「聞こえてるも何も僕は事実を言ったまでだけど?」
佐田君が負けじと言い返す。すると、季長がこちらに向かって
「なあ、明日美殿。」
「ん?どうしたの?」
彼は佐田君を指さすと一言。
「この者を斬り捨ててもいいか?」
「ちょっと待ってよ!なんでそうなる訳?」
佐田君が慌てふためく。その姿が可愛らしくてついクスリと笑ってしまう。
「じゃあその場で潔く自害するか?」
「勘弁してよ五郎さん…!僕まだ死にたくないよ…。」
「ちょっと、本気にならないでよ。佐田君が此処に居たって別に良いじゃん。」
わたしがそう言うと彼は渋々ながら自分が座っていた場所へと戻って行った。
「はあ〜びっくりした。あんなのと一緒に居たら寿命が縮まるよ。て言うか明日美さんの言う事は大人しく聞くんだね。」
「うん。長い付き合いだからね。」
「明日美さん、一つだけ言って良い?」
「なあに、佐田君。」
「僕…裕太くんと一翔さん、九郎さんと五郎さんのこと苦手を通り越して嫌いかも…。」
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