奈央チームside

「なんだか寂しいね。」

 わたしはみんなと別れた後で思わずそう零す。

「弱音を吐くだなんて奈央ちゃんらしくないわね。」

 隣で里沙が困ったような表情で笑っている。

 それから里沙はふっと真顔になるとわたしに対してこう言った。

「でも分かるわ。わたしだってみんなと別れて寂しいもの。

 明日美ちゃんとだって…。」

 里沙は明日美の名前を出した途端に黙り込んでしまった。


「明日美ちゃん達元気にしてるかな〜。」

 美晴ちゃんが寂しそうな口調でポツリと言う。


「きっと大丈夫よ、元気にしてる筈。それに明日美ちゃんには4人がついているから。」

 里沙が美晴ちゃんを元気づけようと励ましの言葉をかける。


 4人がついているから明日美ちゃんが危なくなる事はないだろうな。

 ただ、4人はイノシシの如く自らの命の危険を顧みずに突っ走る所があるから正直に言って心配。

 明日美ちゃんが彼らのストッパーになってくれると良いのだけれど…。


「それより明日美ちゃん達上手くやってるかしら?」

 里沙の5人を案ずる声にわたしはこう答えた。

「きっと上手くやってるに決まってるわよ。

 あの4人だって時々素が出てるし、何より明日美ちゃんの両親がついているもの。」

 そう。明日美ちゃん達には彼女の両親がついている。

 だから何も心配する事はない。


 わたしも奈央も里沙も美晴ちゃんも友里亜さんもそう思うことにした。


 本当は明日美ちゃん達の事が心配だったし、九郎君の家臣である佐藤君や伊勢君、弁慶さんの事も心配。


 でも勝手に心配されたら向こうだって困るし、何より「もしも…」なんて最悪な事を考えるのはやめる。

 だって今から最悪の結果を考えてどうするの?

 今から最悪な事を考えて悲しむ、悲しまれること程に迷惑な事はない。


 きっと大丈夫。

 明日美ちゃんも山崎君も一翔君も九郎君も五郎君も明日美ちゃんの両親も、忠信君も継信君も伊勢君も弁慶さんもみんな大丈夫なはず。


 そう信じなくてはならない、きっとまた会えるって信じなくてはならない。

 こんな状況だからこそ悲観的になってはいけない気がする。

 何よりもみんなの事を信じてあげなくては。


「そうだよね、みんなの事を信じてあげなきゃ駄目だよね。」

 美晴ちゃんが精一杯に強がるかのような笑みを浮かべながら言う。


 美晴ちゃん…。あなたはなんて強かなのかしら。

 両親も妹も失って、死にたいと思うくらいの辛い目に遭っているというのに…。


 美晴ちゃんなら大丈夫。きっとこの世界で生きて行ける。


「奈央ちゃんの言うとおりね。気は強く持たなきゃ、挫けちゃ駄目ね。」

 友里亜さんが栗色のポニーテールを揺らしながら、何処か遠い所を見つめながら言った。


 その目はまるで、どんなに手を伸ばしても届かないような、彼方遠い場所を見つめていたかのように見えたのは気のせいだろうか?


「わたし、頑張って生き抜いて見せるよ。お母さん、お父さん、遙のためにもね。」

 すっかり伸びてショートからミディアムになった黒髪を靡かせながら美晴ちゃんは微笑んだ。

 その姿は儚くも強く感じられて胸の辺りがなぜだかきゅうっと締め付けられるような気がする。


「わたし達ならきっと大丈夫ね。」

 そう言いながら笑った里沙はまるで白百合のように美しかった。


 すると、前方からゾンビが10体ほどこちらに見向かっているのが見えた。

 決意を語り合っている時間は早くも終わりを告げ、ヤツとの戦いが始まる。

 やはりこんな世界だからなのか、気が付けばわたし達は戦闘態勢に入っていたみたい。


 里沙とわたしは大鎌を、友里亜さんはロングソードを、美晴ちゃんはサバイバルナイフを構えいつでもヤツらを迎え撃つ態勢になる。


 ヤツらの気を引くためにわたしは地面に落ちている小石をわざと蹴った。

 小石はカツンっと音をたてる、その音を聞き逃さなかったらしいヤツらがその腐敗して醜く崩れ落ちた顔を一斉にこちらに向けてやってくる。


 わたしはヤツの足を薙刀で払う、足を切りつけられたヤツは一瞬動きを鈍らせる。

 その隙に里沙が薙刀でヤツの頸を切り落とした。

 ヤツはその動きを永遠に停止させ、残ったのは首のない腐乱死体のみ。


 友里亜さんはヤツの脳天にロングソードを振り下ろし、その脳を破壊していく。

 その破壊力は抜群でその頭蓋を叩き割り、潰れた脳みそがそこから零れている。


 ヤツを順調に倒していき、残りがあと2体になった時のこと。

 その2体のゾンビは男性と女性らしく、男性の方は黒いスーツ、女性の方はロングスカートを履いている。

 そのゾンビの面差しになんとなく見覚えがあった。


 誰だったっけ?

 そう思っていると美晴ちゃんがとんでもない言葉を口にした。



「お父さん…!?…お母さん!?」

 ひょっとしてこのゾンビ、美晴ちゃんの両親である康介さんと美帆さん…?


 確かによくみてみれば康介さんと美帆さんで間違いないだろう。

 腐敗が始まって肌の色が段々と変色し始めているがまだまだ原型を留めているため、容易に誰なのか判別がつく。

 ゾンビに成り果てた両親を見た美晴ちゃんは恐れることもなく近づいていくと



「お父さん、お母さん、わたしだよ?覚えてる!?」

 と声をかける。

 しかし、美晴ちゃんの両親は勿論、愛する娘の事を覚えている訳もなく彼女に襲いかかろうとする。

「近づいちゃダメ!!」

 里沙は襲われそうになった美晴ちゃんを咄嗟に後ろに引っ張る。

 引っ張られた美晴ちゃんはなんで?とでも言いたげな顔でわたし達を見つめている。

 そんな彼女に対して友里亜さんは静かに告げた。

「美晴ちゃん、あなたの両親はもうあなたの事を覚えてはいないのよ…。

 あれはあなたの両親であってあなたの両親じゃないの。

 だからあなたが終わらせてあげて。愛する娘の手によって永遠の安らぎを与えられるのならきっとそれは本望の筈だから…。」


 美晴ちゃんは粒らな瞳に溢れんばかりの涙を溜めて友里亜さんの話を聞いている。


 だが、彼女はわたし達を振り払ってヤツの仲間になってしまった両親に再び近づいていく。


「イヤだよ…!ゾンビでも良い、覚えてくれていなくても良い!お父さんをお母さんを殺すだなんて…出来っこないよ!!」

 美晴ちゃんは大粒の涙を流しながら言う、というよりわたし達に叫んだ。



「ダメ!!近づいたら、あなたが、美晴ちゃんが…!!」

 わたしがそう叫んで止めようとするが、その思いには反して美晴ちゃんは段々、両親と距離を縮めていく。


 ダメ…。そんな…。あなたまで犠牲になっちゃうよ…。

 そして彼女は両親と手を伸ばせば触れられるくらいの距離に近づいた。


 そして、サバイバルナイフを取り出すとお母さんの頭にその分厚い刃を突き刺す。

 続いてお父さんの頭にもその刃を突き刺したのだ。

 ゾンビの急所である頭を刺された康介さんと美帆さんはその場で倒れ、2度と動く事は無かった。

 美晴ちゃんは両親である康介さんと美帆さんに取りすがりながら、声をあげて泣きながら


「お父さん、お母さん、ごめんなさい。助けられなくて…。

 わたし…お父さんとお母さんの事、大好きだから…これからも…ずっと…大好き…愛してる…。」

 とずっと繰り返している。


 幾らヤツになったからと言っても大切な人をその手に掛けるのは凄く辛いことに違いない。

 放っておけば人を襲うと分かっていたとしてもなかなか手を下せないに違いない。



 わたしは両親の亡骸に取りすがって泣いている美晴ちゃんをそっと抱きしめる。


 辛かったよね?苦しかったよね?なんて慰めの言葉も安っぽいものに思えてしまってわたしはただ、無言で彼女を抱きしめることしか出来なかった。





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