死なないで
わたしの叫びは彼らに届いたのか届かなかったのかは分からない。
裕太と一翔は今にも頸動脈を切りそうだし義経と季長は今にも腹を掻き切りそうだ。
このままじゃまずい。
明日美は手首を全力で押さえつけられている事も忘れたかのように暴れた。
暴れれば、粘り強く抵抗していれば振り解けるような気がして。
だけれども想像以上に男の人の力は強く幾ら暴れても振り解けやしなかった。
相手は中年の小太りの男性で見るからに運動などしてなさそうだから抵抗すれば何とかなると思っていたのに力の差は歴然としていて幾ら暴れても叫んでも中年男に効かなかった。
それに抵抗すればする程手首を強く捕まれ爪まで立てられる。
爪が強い力で皮膚に食い込んでいく、肉が避けてゆくのが、段々と増してゆく痛みがハッキリと感じられた。
わたしは痛みに歯を食いしばった、口いっぱいに広がる鉄の味が自身の無力さを表しているようで。
「イヤ!!裕太が、4人が死んじゃう!!」
わたしは叫びながら涙で霞んでよく見えない視界にわたしの命と引き換えに死のうとしている4人が目に飛び込んでくる。
閉じられた瞼に被さった黒くて長いまつ毛が4人の白い肌に美しくばえている。
彼らは何処か穏やかな表情をしていた。
「それで良いのですか?」
途端に誰かの悲痛な叫びがわたしの鼓膜を揺さぶった。
美晴ちゃんだった。彼女は悲痛な表情で裕太達に語りかけている。
「仮に明日美ちゃんを助けられたとしても、明日美ちゃんを傷つける事になるのですよ!?
それでも良いのですか?」
美晴ちゃんの訴えに彼らが目を見開く。
美晴ちゃん、わたしの事をそんなにも思って…。
「うるせえ、テメーは黙ってろ!」
ナイフ男達のリーダー格らしき人物はそんな美晴に腹を立てたのか彼女に掴み掛かろうとするが、その間にうっかり明日美の手首を離してしまった。
明日美はその隙を見て抜け出し、美晴に襲いかかるリーダーの脳天を大鎌の柄で殴打する。
彼女に殴られたリーダー格の男は脳震盪を起こしてその場に倒れる。
リーダー格の男がヤラれた事に怯えたのか他のナイフ男達は逃げ出そうとするが裕太達によって呆気なくやられてしまった。
ナイフ男を倒してすぐに4人は明日美の元に駆けつけた。
「怪我は無いか?」
季長がわたしを心配して優しく声を掛けてくる、彼らの姿を見た瞬間、美晴ちゃんに抱きしめられた瞬間、止まっていた筈の涙が洪水を起こしたかのように溢れ出る。
そんな明日美を見て4人が困ったような表情で見つめる。
「何かさ、これじゃあまるで」
一翔が困ったように肩をすくめた。
「「我らが…」」
義経と季長が珍しく困り果てているみたいだ。
「俺らが泣かしているみたいじゃないか。」
裕太が不貞腐れたかのような声色で言った。
「あんた達がが泣かしたようなものでしょ!?」
わたしが涙を拭うこともなく4人を睨みつける。
すると徐に裕太が手の平を伸ばしてきてわたしの涙を拭う。
「もうそれ以上泣くな。そんなに泣かれると俺達まで悲しくなる。」
裕太のぶっきらぼうだけれど何処か優しさの籠もった口調に返って涙が止まらなくなる。
「年頃の女子がそんなに泣くな、美しい顔が台無しになるぞ。」
義経がわたしの頭に手を起きながらそんな事を言ってくる。
あれ?今わたしの事を美しいって言わなかったっけ?
「いい加減涙を拭いたらどうだ?折角美しい顔をしておるのに台無しだぞ。」
そんな事を言いながら季長が手ぬぐいを此方に差し出してくる。
それを受け取って顔を拭く。
「明日美ちゃん確か、怪我してたよね?」
一翔がそう言いながらわたしの手首の怪我を手当してくれる。
「ねえ、なんであんなに必死になってくれたの?」
わたしがそんな事を彼らに尋ねると
「なんとなくだな…。」
裕太がそっぽ向く。
「「なんとなく」」
義経と季長が何でもないですよとでも言いたげな口調で言った。
「そう、そうなんとなく」
一翔までそんな事言ってるし。
なんとなく助けた割には随分と必死だった癖にね。
「なんとなくだなんて嘘も良いところだね…」
美晴ちゃんがわたしにボソッと呟いた、全くの同感。
「あのさ、約束して欲しいんだけど」
「何、裕太」
「もうお前を悲しませないってひとりにしないって約束してくれねえかな?」
突然そんなセリフを口走る彼に驚いて思はずポカーンとなってしまう、美晴ちゃんもびっくりした表情で彼らを見つめている。
「えっ本気で言ってるの?」
わたしが聞き返すと義経と季長が答えた。
「「ああ本気だ。武士に二言はないからな」」
反応に困っているわたしに一翔が続けて
「もうこれ以上君の悲しむ顔は見たくないからさ。」
そんな彼らを美晴ちゃんがポカーンとした間抜けな表情で眺める。
「あ、言っとくけどお前の事が大切って訳じゃねーからな!
泣かれると俺らが困るってだけだからな!!」
照れ隠しなのか裕太がぶっきらぼうな口調で言い放つ。
「でもわたし、あんた達のそういう所好きだよ。」
思わずそんな事を口にしたわたしに
「べ、べべ別に嬉しくねーからな!!」
裕太が早口でまくし立てるが、明らかに動揺を隠し切れていない事が手にとって分かる。
「へえーそうなんだ〜」
一翔が冷静を装ったかのような口調で言った。
「なんだ、そんな事か」
義経がまるで他人事のように口にする。
「そうか。」
季長がいつものように素っ気ない口調で言った。
いつも通りにツンと澄ます裕太にクールに振る舞う以下三人だが、その顔が傍目に見て明らかに赤く染まっているのが手に取って分かった。
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