始まった悪夢

「なんか、さっきから町の様子がおかしい……。ちょっとわたし、様子を見てくる。」

「だったら俺も行く。お前一人に行かせられないし。」


 普段はわたしのことをからかったりしているくせに。こういうときは頼りになるのだから。

「じゃあ僕も行くよ。弟と明日美ちゃんが心配だし。」

 一翔もついてくるらしい。

「我もついて行こう。明日美殿には任せられない。」

 へぇー義経もついてくるんだ~。

「ちょっと待ってくださいよぉ~。」

 継信君に忠信君に伊勢君もついてくるんだ。

「明日美殿が行ったら戻って来そうにないから一緒に行こう。」

 そういって季長までついてくるはめになった。

「でも、みんなが心配だから私もついて行くわ。」

 奈央に里沙も。まさに心配が心配を呼ぶ状態。

「今の状況を知れるからあたしもついていくよ。」

 友里亜さんまで。まぁ友里亜さんは心配というよりは今の状態を知りたいという好奇心から。

「へぇー。みんな意外と心配性なんだね~。ついてきたかったらいいよ。一緒に来なよ。」

 本当は嬉しいのにこうやってツンっとしてしまうのがわたしの悪い癖。

 わたしたちは外に出ようとした。

「どうしたの?」

 祐太のおばあちゃんが聞いてくる。

「ちょっと様子を見てくるよ。」

「そうなの?祐太。みんな、すぐに戻って来るのよ。」

「はーい。」

 祐太と一翔は木刀を手にしていた。

 玄関のドアを開けると、そこはもう、わたし達の知っている世界ではなかった。

 空は黒く、周りは恐ろしい程に静まり返っている。

 アアアアアアアアアアアア

 かわりに聞こえてきたのは喉から絞り出すかのような苦しそうなうめき声。

 周りにはゾンビが足を引きずるように歩いていた。

「うっ…………………。」

 みんな顔をしかめていた。なぜなら町にはゾンビの腐敗臭が充満して、すごく臭かったから。

 幸いなことにゾンビはこちらに気付いていないようだ。

 ガチャリと家のドアが開いた。祐太のおばあちゃんだ。

「あなた達、大丈夫?」

 と同時に祐太のおばあちゃん(以下美代さん)

 が足元に落ちていた石を蹴る。そして、運悪く石はそこにあった鉄の棒に当たった。

 カァァーン………………

 静まり返った町にそのおとが響いた。一瞬、周りにいたゾンビの動きが止まる。

 そして、ゾンビ達がぐるりとこっちに顔を向ける。

 白く濁って見えているのか分からないけど、明らかにわたしたちを見据えているようだ。

「どうしよう……見つかっちゃった。」

 奈央がポツリと言う。

「大丈夫よ。あたしらのチームは最強。」

 友里亜さんがそっと微笑む。

「みんな!!大丈夫?」

 すぐに美代さんが駆け寄ってくる。

「おばあちゃんは戻ってて!!」

「何いっているの?一翔?危険よ。あなたたちなんかにこんなこと任せられないわ。」

「大丈夫。俺らには最高戦力がついているから。」

「えっでも……。」

「いいから美代殿はなかに入っておれ。ここは我らが食い止める。」

「わかったわ。祐太と一翔、忠信君の言う通りにする。でも、必ず帰って来てね。」

 美代さんは悲しそうに言うと家のドアを閉めた。

 きっと、これ以上大切な人を亡くしたくはないのだろう。

 ゾンビはすぐそこまで来ている。

 義経達武士五人は太刀を抜いた。ものすごい速さでゾンビに斬りかかっていった。

 素早くゾンビの首を次々に切断していく。

 祐太はゾンビの脳天に強烈な面を喰らわしていた。ゾンビの頭は陥没して、その動きを止める。

 一翔は弓を手にして矢を放っていた。ゾンビの頭に矢が貫通する。

「わたしには見ているだけしか出来ないの?みんなを助けられないの?」

 例えわたしをからかって面白がっているような奴らだけど、困った時は助けてくれる。彼らが今、危険を冒してまで戦ってくれている。そんな彼らをただながめている訳には行かない。

「明日美ちゃん?大丈夫よ。貴方にだって助けられる。」

 友里亜さんはそういって大鎌をうちに渡してきた。

「あなたの幼馴染み君を手伝ってあげて。」

 でも運動神経イマイチのわたしには自信がない。

「明日美ちゃんなら大丈夫よ。ムカデを素手で触るんだもの。きっと勇気は一番あると思うよ。」

 奈央……。

「そうよ。大丈夫よ。みんな明日美ちゃんを信じてるんだよ?」

 奈央と里沙がはげましてくる。きっとわたしの不安が顔に出てたのだろう。

 里沙と奈央は薙刀を手にしてゾンビに突っ込んでいった。

 わたしも大鎌を手にして、ゾンビに近づいていく。

「わたしに、かかって来なよ!!あんたなんか怖くないんだからね!!」

 ゾンビがわたしの声に気付いて、2体のゾンビがこちらに向かって来る。

 そのゾンビを大鎌で払ってやった。一瞬ゾンビの動きが鈍る。

 でも、奴の脳ミソを傷つけない限りは奴が再び死ぬことは出来ないのだ。

手こずっていると、友里亜さんがやって来て手にしたロングソードを奴の脳天に振り落とした。

 「明日美ちゃん、早く家の中に入って!」

わたしは友里亜さんの指示に従い、裕太の家の中に入った。

 


「あの、わたし、歩いて帰ります・・・・・・・。」

「えっ?大丈夫なの?」

「はい、なんとか。」

「おい。お前が1人で大丈夫かよ。」

「送って行ってあげようか?」

「祐太にかず兄、わたしは全然平気だよ。」

 

 わたしは玄関のドアを開けて、

「みんな、今日はありがとう。じゃあね。」

「じゃあな。」

 何故かみんな心配そうだったけれど、本当は怖くてしょうがないけど、みんなを毎回頼る訳にはいかない。少しは自分が頑張らなければならない。玄関を出ると足音を立てずに歩く。ゾンビには気づかれていないけど、荒んだ町を一人で歩くのは怖くて怖くて仕方がなかった。

 すると、後ろから聞き覚えのある声がした。

「明日美殿。」

 えっ?って思って振り返ると義経と伊勢三郎、忠信、継信が立っていた。

「ついてきたの?大丈夫だったのに。」

「大丈夫な訳ないだろう?明日美殿は強がりだからな。」

 

 そうだよ……わたしは強がってばかりだよと心の中で呟く。大丈夫ではないのに大丈夫って嘘を付いてしまうことも。

 それで後で取り返しのつかないことになってさ。嫌になっちゃうよ、この性格。

 そんな言いたいことが言えない自分が嫌い。

「今回は素晴らしかったな。」

 忠信君が誉めてくれる。

「そっちに比べたら全然。本当に助かったよ。ありがとう。」

 怖さを紛らわす為に喋りながら歩いていたら、石につまずいて、足をくじいてしまった。

 

「痛っ!!」

 痛さのあまり大声を出してしまった。まずい。

 ゾンビにばれたかも。一斉に奴らがわたしたちに近づいてくる。

 ー嘘……。わたしのせいで……ー

 奇声を発しながら動く死体は変色した歯をカチカチ鳴らしながら噛みつこうとしてくる。

「そ……そんな……わたしのせいで……ごめんね……ごめんなさい……」

「まずいな。明日美殿は我らのうしろにいろ。」

 継信君の言う通り、彼らの後ろに回る。今のわたしは武器の大鎌を持っていなかった。

 わたしは、彼らがいなければ既に奴らの仲間になっているだろう。

 さっきまでわたしのことを狙っていた奴らはもう、彼らを狙っている。

 義経、継信、忠信、伊勢三郎は四方八方から来るゾンビに包囲されていた。

 でも彼らは余裕そうだった。

「ふんっ」

 鼻で笑うと、太刀を鞘から抜き放つ。そして、素早くゾンビの首を斬りつけた。

 ボトリッーと鈍い音を立ててゾンビの首がアスファルトの地面に落ちる。奴らはその動きを停止させると、ドスンと重い音を立てながら首のない胴体が地面に倒れた。


「うわぁぁぁ!!こっちにくるなぁ!!」

 誰かの助けを求めるような叫び声が耳に入る。

「な、なんなの?」

「見てこよう……。」

 行こうとする義経達。わたしも彼らの後を追う。

 そこには、サラリーマンがゾンビに襲われていた。

 しかし、もう助けられなかった。奴らはサラリーマンに飛び付いていた。飛び散る肉片と鮮血。聞こえてくるのはゾンビが生きたまま人を咀嚼する音だけ。

「うっ……。」

 あまりの惨劇に声が漏れる。すると、奴らは自分達の方に顔を向ける。人の肉と血にまみれた顔を向けて、新しい獲物を見つけたとでも言うかのようにこちらに向かってくる。

 そこにあるのはゾンビに食い荒らされてめちゃくちゃになった無惨なサラリーマンの遺体だった。

「ひゃあああああ!!」

 わたしは衝撃のあまり、ひどい吐き気を覚えた。周りには助けを求めて泣き叫ぶ者や、生きたまま喰われる者。食われたものは間もなく奴らの仲間になる。

「まさに阿鼻叫喚……。」

 乱世に生まれ、死体などを見慣れた義経や継信、忠信、伊勢三郎でさえも吐き気を覚える程だった。

 しかし、奴らは待ってくれない。すぐにわたしたちを狙ってくる。

 義経達はすぐに刀でゾンビの首を切り落とす。

 また助かった……。しかし、安心している暇などなかった。喰われて無惨になったサラリーマンの死体が動き出したのだ。サラリーマンはうちに向かって近づいてくる。

「ひぇぇぇぇぇぇ!!」

 あの状態でうごくの?

「明日美殿!?」

 わたしが襲われているとわかった彼らが太刀を手にしてサラリーマンのゾンビに切りかかった。ボトリと首が落ちた。

 

 

 

 以前と周りは阿鼻叫喚の惨劇だ。でも、みんな生きてまた幸せに過ごせるように願った。この悪夢が早く覚めたらいいのに。

 でも、そんな願いをまた壊すかのように次々と残酷なことがわたしを待っていたのである。

「お母さんー!!」

 近くから泣き叫ぶ女の子の声が聞こえてきた。小さな女の子がゾンビに囲まれたお母さんを助けようとしている。そして、女の子はわたしたちを見つけるなり、

「ねぇお兄ちゃん、お姉ちゃん、お母さんを助けて!!真由理じゃ助けられないの!!」

 お兄ちゃんとお姉ちゃんって明らかにうちらのことだ。

「ゾンビ、こっちよ。」

 小石を蹴りながら奴らをわたしが引き寄せた。

 そして、義経、継信、忠信、伊勢三郎が奴らを斬りつけていった。ゾンビの首が次々と切り落とされていく。

 女の子は唖然としていたが、すぐにお母さんに駆け寄る。

「お母さん、お母さん!!」

 しかし、お母さんはぐったりとしたまま動かない。

「お兄ちゃん!!お姉ちゃん!!なんでお母さんぐったりしてるの?」

 イマイチ状況が理解出来ていない女の子。わたしがその子のお母さんに近づくと、その子のお母さんは腕にいくつも噛まれた傷があった。間違いない。彼女はゾンビに噛まれている。そう……もう助けられない。

 すると、女の子のお母さんが最期の力を振り絞って女の子の頭を撫でた。

「真由理……逃げ……て……お願い……お母さん……もう……駄目……あなた……だ……けでも……助かって……あと……ねぇ……私……真由理……のことを……愛している……か……。」

 息も絶え絶えになりながら彼女はそう言うとピクリとも動かなくなった。

 きっと最期は愛しているからと言いたかったのだろう。

 早くしないと女の子のお母さんはゾンビになってしまう。

 

 母親を亡くしたショックのあまり女の子は走ってどこかに行こうとした。

「あっ駄目!!ねぇ待って!!」

 呼び止めようとしたけど女の子は走って行ってしまったのだ。

 わたしたちは女の子の無事を祈った。しかし、また願いを踏みにじるかのような出来事が起こった。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、痛いよぅ」

 女の子が戻ってきた。

「どうしたの?怪我したの?」

 わたしが聞くと、女の子はうんと頷く。

「んーどれどれ。」

 女の子の腕を見ると、噛まれたようなあとがあった。

 ー嘘でしょ?ー

「そんなに蒼い顔してどうされたのだ?」

 伊勢三郎が心配してうちの顔を覗きこんでくる。

「この女の子……もう助からない……あの化け物に噛まれたら死ぬの。そして、奴らの仲間になっちゃう!!」

 すると義経が、

「そうか……。では、継信、あの女子の頭を射よ。」

 えっでも……。

「でもまだ生きて!!」

 しかし、継信はもう女の子の頭を弓で射ていた。女の子は倒れる。

「ちょっと何……」

 彼らを責めようとしたけれど、責める気にはなれなかった。

「すまぬな……。」

 彼らだって辛かったのだから。

「ごめんね……」

 人の気持ちも考えないで彼らを責めようとした自分が許せなかった。



 その後どうやって家に帰ったのかわからない。

 気が付いたら家にいた。

「やっと起きたの?あなた途中で気絶して、抱き抱えられて家に送ってもらってたのよ?

 本当、継信君重かったでしょうに。」

 途中で気絶した……そうだった……。阿鼻叫喚の有り様が衝撃過ぎて気絶してしまったんだ。

「もう、学校からなかなか帰って来なくて心配したんだぞ!?」

「ご……ごめんなさい。」

 自分っていっつもこうだ。限界まで我慢して耐えられなくなって大変なことになって、それで、大丈夫じゃないのに大丈夫大丈夫って言って、なんでも1人で抱え込んで、しまいには誰かの世話になって、迷惑ばっかりで。

 幼馴染み達にものすごい迷惑を掛けまくって、本当自分って最低な奴だ……。

 守ってもらってばっかりのわたしが、いざとなったら家族をみんなを守れるのだろうか?

 誰かの為にしてあげられることはないのか……。

 本当、自分って意気地ないよな。

 ああああ……と、庭で変な奇声が聞こえる。

 急いで、庭に出ると一体のゾンビがいた。

「明日美?明日美?」

 お父さんが様子を見に来る。

「明日美、おい明日美!!」

 お父さんが大声を出してわたしを呼び戻そうとする。しかし、気づいてしまった。奴がお父さんを狙っていることに。

 歯をカチカチ鳴らしながらお父さんに襲い掛かる。

 駄目!!お父さんが!!

 わたしはそこにおいてあった電動草刈り機のスイッチを引っ張った。

 電源がついたのを確認すると、草刈り機の歯をゾンビの頭めがけて一直線に振り下ろす。

 キュイイイイイイイイイイイイイン!!

 ゾンビの腐った肉片が飛び散る。そして、ゾンビの動きが鈍くなったところで、近くにあった三角ホーを奴の脳天に振り落とした。

 ザクッ

 不快な感触と音が伝わってくる。脳ミソが傷ついたのか、ゾンビはその動きを停止した。

「お、お父さん!!」

 わたしはお父さんに抱きついた。こんな自分でも1人の大切な人を助けられたのだ。

 世界で一番大切な人はと聞かれたら、それはもう、家族と幼馴染みしかいない。

 彼ら彼女らに頼るのではない。わたしにもみんなを守ることだってできるのだ。

 守りたい……大切な人を……。

 誰も悲しませなくないし、自分も悲しみたくはない。

 大切な、大好きな人と一緒なら悪夢を斬り抜けられそうだ。


 しかし……これは悪夢の序章にしか過ぎないのだと……。

 壊れる空……崩れる町……奴らはどんどん増えてゆくのであった……

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