第27話   舎弟!?

「和尚さ〜ん、スマホを貸してくださって、ありがとうございました。椿ちゃんも無事に帰ってきましたよ」


 夕紅寺の縁側に腰掛けて、野良猫のジーナとひなたぼっこしていた和尚さんが、ゆっくりと顔を上げた。うたた寝していたのか、寝ぼけ眼をこすり、そしてスミレと宴の元気そうな様子を見て、顔を綻ばせた。


「やあ、大丈夫だったかい? どこも怪我はしてないかい?」


「ええ。なんともないわ」


 スミレは、どうして自分たちが怪我の心配をされたのかと、少し不思議に思った。山道で転んで、膝をすりむく事はあれど、なんとなく、そういった些細な類を心配されたのでは無い気がした。


「わたしたちは、どこも大ケガはしてないわ。みんな無傷よ」


「そうかい、それはよかった。じつは助介くんからね、スミレちゃんたちが人魚の妖怪とケンカしてるんだって聞いて、心配になって千里眼のお店の人に相談したんだ。息子のスマホを借りてね」


「あらま、そんなことしてくれてたの? どおりで千里眼の店員さんが優しいわけだわ」


 千里眼の店主と和尚さんは、骨董を勉強する師弟関係である……にもかかわらず、和尚さんが我流で行う椿の修復作業は、千里眼の店員も目を回すほどだった。


 スミレは和尚さんに、椿を丁寧に返した。そして椿がなぜ走ってしまうのかの原因を伝えた。


 一つは、昨日宴が注入した神通力が、椿を十万馬力にしてしまったこと。


 もう一つは、椿の中には女の人の魂が入っていて、どうやら旦那さんを待つために赤い鳥居のある場所へ移動してしまうとのことだった。


「女の人の魂が?」


 和尚さんが目を見開いて、スミレを見上げた。


「心当たりがあるんですか?」


「う〜ん、じつはこの夕紅寺の初代住職は、尼僧さんなんだよ。旦那さんがいたみたいなんだけど、生き別れになったそうでね。ずっとあちこちの神社で、旦那さんが帰ってきていないかと、尋ね歩いていたそうだよ。結局、再会することはなかったそうだ」


 スミレは、和尚さんの腕に抱えられた椿を見下ろした。


「その人の魂かもしれないわね……でも、江戸時代末期のご夫婦みたいだから、旦那さんも、もう……」


 宴が辺りを見回している。


「和尚様、助介はどこにいるのだ?」


「ああ、助介くんなら、さっきまで一緒にいたんだけど、すれ違いになっちゃったかな。あの子も椿ちゃんを捜してくれてたんだよね。人魚の妖怪について、いろいろと調べてたみたいだよ」


 顔が広い子だから、いろんな子と相談してたのかもしれないね、と和尚さんは付け足した。


(アホネくんのぶっきらぼうな口調で、相談に乗ってくれる子がいるのかしら)


 スミレは内心で疑っていた。


「肋介くんは、てっきりうちのお寺がどこかに引っ越すんだと思い込んでたそうだよ。一人で山を守ってる子だから、周囲が何も言わずに去っていくのは寂しいみたいだね」


「人騒がせよねぇ。和尚さんとスマホで話せてなかったら、今頃肋介くんは、まーだ椿ちゃんを抱えたまま山をうろついてたかもしれないわ」


「誤解が解けてよかったのだ。これにて一見落着なのだ」


 和尚さんはスミレから返ってきたばかりのスマホを操作して、耳に当てた。


「椿ちゃんが見つかったって、助介くんに伝えないとね。まだ捜してくれてるかもしれないから」


 助介は電話を持っていないと聞いていた宴が、小首を傾げてスミレを見下ろし、スミレも肩をすくめて宴を見上げた。


「助介くん、スマホ持ってるのかしら?」


 和尚さんは電話越しの相手に、気さくな様子で会話し始める。わずかに漏れ聞こえる、明るい女性の声。


 和尚さんは電話を切ると「助介くんは、こっちに向かってるそうだよ」とスミレたちに伝えた。


「ねえ和尚さん、さっきの電話の相手は誰だったの?」


「助介くんの、彼女さんだよ」


「彼女ぉ!?」


「うん。助介くんには人間の彼女さんがいて、同棲してるんだよ。と言っても、助介くんが山の見回りの合間に、時間を作って彼女さんと一緒にいるって感じだね」


 スミレは正直に言って助介には彼女どころか、友達すらできるわけないと思っていたからショックだった。


 肋介が住んでいる住所は、この付近なんだろうかと和尚さんに聞こうとしていた矢先、


「うおおおおお!!」


 と言う掛け声とともに、春の乾燥した空気に土煙を舞いあげながら、青いジャージ姿の肋介が走ってきた。色素の抜けきった白い髪を、おでこが見えるくらい後ろにまとめて、黒いヘアゴムで縛っている。


 お寺への石階段を駆け上ってきて、山門をくぐってきた彼は、和尚さんの腕に収まっている椿を見て、ほっとしたような肩の動きをすると、スタスタとこちらに歩いてきた。


 和尚さんは勢ぞろいしたみんなを見上げて、ニコニコしている。


「ありがとうね、みんな。椿ちゃんが帰ってきたよ」


 まるで笑った赤ちゃんのような顔で喜ぶ和尚さんに、肋介はいっときだけでも、自分に黙って引っ越してしまう人だと疑ったことを、ちょっとだけだが、反省した。


 そして宴に向かって「おい!」と声をかけた。


 宴がキョトンとして肋介を見上げる。


「どうしたのだ?」


「これはお前が解決したのかよ」


「すみれと、骨董屋が助けてくれた。私はその場にいただけなのだ」


「ウソよ、宴がいなかったら人魚さんにバカにされて逃げられてたわ」


 スミレがフォローを入れると、肋介はスミレを見てジト目でうなずいた。


「じゃあ、お前らが解決したってことでいいんだな」


「その場にいなかったくせに、すごい上から目線ね」


「俺様がお前らと対等に口利くわけねーだろ」


 肋介と会話していると頭が痛くなってくるスミレである。


「俺様がジジイと喧嘩しないで済んだこと、あと寺の宝を奪還したことは褒めてやる」


 肋介の目線は、宴のほうに向いていた。


「お前はこの街の人間に、結構尽くしたよな。しかも無報酬で、だ。椿やこの寺がどうなったって、よそ者のお前はなんの不利にもならないのに、だ」


「言われてみれば、そうだな。大雑把に言えば、これまでの事は、ただの私のお節介なのだ」


 照れ笑いする宴に、しかし肋介は大真面目な顔で向き合っていた。


「お前をうちの舎弟にしてやるから、俺様の名を借りるにふさわしいかどうか、実力を見せてみろ」


「ん? 実力とな?」


「ただの力比べだよ。場所は城山のてっぺん、朝の九時集合だ。いいな?」


 ちょっと待って! と言って遮ったのはスミレだった。


「理不尽よ。どうして何もしなかったあなたの手下に、宴がならなきゃいけないの? 普通に友達でいいじゃない」


 スミレはこれから宴と遊ぼうとか、椿のことに関して和尚さんと話し合ったりとか、椿が動き回る原因をもっとみんなで深く探ろうと思っていた矢先だったから、肋介の個人的な舎弟うんぬんに振り回されるのが納得いかなかった。


「宴もイヤでしょう?」


「いいや、私にはむしろありがたい機会だが?」


 なんと、宴が乗り気であった。


「よそ者である私が、あの大きな山の番人をしている肋介から、仲間に加えても良いかどうかの試験をされる事は、いろいろと認められた証なのだ」


「なに喜んでるのよ宴! 人魚さんに帰ってもらったのも含めて、いろんな問題を解決したのは、わたしたちよ? たとえ城山に入れなくなっても、他の場所でなら、たくさん遊べるわ」


 しかも、なんで宴が舎弟なのか。昨日まで対等な友達のように振る舞っていた肋介の下につくのは変だ。それもスミレが訴えると、


「すみれ、肋介は城山の番を務めて長い。私は昨日今日に肋介に顔を見せた新参者で、この地に降りる機会も滅多になかったしな、これからこの地を活動拠点に据えるなら、ここらの住人からオ前ハ誰ダと尋ねられる機会も増えるだろう。その時に、城山の番人である肋介の世話になっている者だと名乗れば、周りと打ち解けるのも早くなると思うのだ」


「そういうことだ! 人間は口出しすんじゃねーよ」


「アホネくんはそこまで考えてしゃべってないでしょ! もう、宴が乗り気みたいだから、これ以上言わないけど、二人ともケガはしないでね」


「たぶん、するのだ」


「まあ!」


 何の役にも立たなかった上に、人の彼氏に怪我を負わせるような相手に、宴が今から挑もうとしているのが、スミレは言葉に詰まるくらいに納得できなかった。


「うんうん、力競べがしたい子と、心配だから止めたい子、うんうん、青春だねぇ」


「和尚さん、何とかして〜」


 二対一の不利な状態から抜け出すべく、スミレが助けを求めた和尚さんは、朗らかに笑っている。


「それじゃあ、儂とすみれちゃんも、その試験に同行しよう。いいかい? 肋介くん。きみの妨げになるようなことはしないから、見学だけさせてくれないかな」


「ダメだ」


 即答する肋介。そんな彼に、宴が小声で何やら話しかけた。


「肋介、あの調子では、すみれは絶対にやって来るのだ」


「……ハァ、しょうがねぇなー。そんじゃあ、お前らはあぶねーから離れてろよ」


 スミレと和尚さんは見学という形で、特別に許可された。無論スミレは許可などなくとも飛び入りするつもりであった。


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