第13話 庫裏(くり)で起きた大事件
本堂(仏像を安置する建物)から廊下で一続きの、
そして斜光用の窓が、左右の壁に一つずつ。窓から見える、花の多い庭も、この時間になると薄暗く不気味な雰囲気を出し始める。
「ん?」
今、なにかが動いた気がして、和尚さんは窓の外へと目を
「あの子は、城山に住んでる妖怪の、えーっと名前は……」
いつも何かしらのコスプレ衣装を着せられている彼は、今日も
「こんな時間に、どうしたのかな」
和尚さんは声をかけるために、窓を開けようとして片手をのばした。そのとき、腕の中の椿がじたばたしだしたので、慌てて両手であやした。
再び窓に視線を向けると、そこには、誰もいなかった。
「何か、用事だったのかな」
きっとまた来るかもしれない、そう思った和尚さんは、もがく椿を落とさないうちに廊下を渡りきった。
障子戸と板壁で仕切られた、
黒光りするほど、つやつやに掃除された床や柱は、この寺で修行中の小坊主さんや、僧侶の手によるもの。
磨かれた廊下の、その曲がり角から、夕飯の
和尚さんを見上げるなり、生気のなかった目がハッと見開く。
「和尚様、もうすぐ夕飯ができます」
「ああ、呼びに来てくれてありがとう」
和尚さんは、腕の中でばたつく椿を押さえつけているのが大変になってきた。
「ええっと、このお人形を蔵にしまいたいんだけど、どこかで段ボールを見かけなかったかな」
「段ボール? それなら、古い書物を整理したときに、一つ余った物があります。持ってきましょうか」
「助かるよ。お願いするね」
「はい」
少年はすぐに大きな箱を持ってきた。
「他に何か、お手伝いできることは」
「ああ、ありがとう。あとは儂がやっておくから」
「はい。では、夕飯の手伝いに戻っています」
一礼して、少年の背中が曲がり角へと消えてゆく。礼儀正しいというよりは、正しい事に固執しているように、和尚さんには見えた。
「あの子は、肩の力が自由に抜けるようになったら、きっと笑顔が増える。いつか、そうなったらいいね」
和尚さんは、あの少年を急かさない。今はなにを言っても、聞く耳を持たないと知っているから。もうしばらく、彼のしたいようにさせてみるつもりだ。
段ボール片手、もがく人形片手といった忙しい状態で、和尚さんはぴかぴかに磨かれた廊下を、
「今日の椿ちゃんは、本当に元気だねぇ。よし、じゃあ、いつもよりたくさん
押し入れのある一室の引き戸を、片手であけて、淡いパステルカラーの小さな毛布を、というより、膝掛けを、数枚ほど取り出した。
しかし、和尚さんも、少年も気づいていなかった。この段ボールは、底がぱかりと開いてしまうことに。畳に置いた段ボールを開けて、和尚さんは毛布を丁寧に、底に敷いた。椿を、孫と同じようにそっと寝かせる。
そして、静かに蓋を閉めた。
「これで、よしと。えーっと、蓋が開かないように貼るガムテープはどこにしまったかな」
和尚さんが部屋のあちこちを眺めているうちに、中身の椿は、毛布をめくって、かぱかぱする底の隙間に、指を引っかけた。
「ああ思い出した。となりの部屋にあった」
和尚さんが「よいしょっと」と段ボールを持ち上げたと同時に、椿が畳に着地した。和尚さんの目線では、段ボールが陰になっていて、真下にいる椿が見えない。
「あれ? なんだか、いつもと重さが違うような……いつもより多く入れた毛布のせいかな?」
段ボールが重いというより、軽いような気がする和尚さんだったが、今日は立ったり座ったりして膝も疲れたので、体が妙な錯覚を起こしたのだと勘違いしてしまった。
ご老人を責めてはいけない。歳を取ると、体が重いのか荷物が重いのか、それとも両方重いのか、だんだん判断がつかなくなってくるのである。
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