第11話 逆さに流れたお星様
輝く
椿は数歩前に進んで、錦だけを石畳の上に置いてけぼりにした。美しい布にたいして、なんの興味も示していないように、スミレには感じた。
「ほー。我らの通力が届かぬとは、
「左様、頑なじゃのう。もっと多量に力を注いでやっても良いが、椿が破裂してしまっては、元も子もないでのう」
白狐二体が黒目を細めて椿をにらんでいる。
勝手に歩きだす椿を、スミレが抱え上げた。宴の短いため息が聞こえたので、タオルも丁寧に拾っておいた。
「こんな状況が、もう何年も続いている。私はお母さんと地上に降りるたびに、辺りから縁を集めては、こうして巻いているのだが、どれも椿の心には届かないのか、変化が見られないのだ」
「ふしぎな修理の仕方ね……でも、こんなにキレイなタオルなのに、心に届かないなんて。あ、そうだわ、なにか別のことで頭がいっぱいなのかも。そうじゃなきゃ、こんなにきらきらしたタオルをもらって、嬉しくないわけないわ」
それはスミレ独自の価値観だったが、宴は椿にも当てはまるような気がして、うなずいた。
「別のことかぁ。んー……特に心当たりはないのだ。そもそも私は、椿のことをよく知らないしな。すみれと和尚様は?」
「わたしも、ないかしら。椿ちゃんが一言でもしゃべってくれたらいいんだけど」
「儂も、いっそ教えてもらいたいぐらいだよ。どうして動くんだろうね」
三人してふりだしに戻ってゆくのを、二体の白狐たちが見上げていた。
「うーむ、我らも何か忘れておるような気もするのう」
「おぬしもかぁ。椿とは長い付き合いであるのに、ちーっとも心当たりがないのう」
二体の狐は、うーむ、うーむ、と目を細めて、右に左に頭をこてん、こてん。その大げさな動きにスミレは、彼らがとぼけているように感じた。狐たちにしゃがんで、「本当は何か知っているんじゃないの?」と小声で尋ねると、「なんのことかのー?」「かのー?」と語尾を跳ね上げられた。
(やっぱり何か知ってるっぽいわね……そして教えてくれないという……)
なぜこんなことをするのか。ジト目で見つめ合うスミレと狐たちを、「お?」と声を上げて我に返したのは、背後の赤い鳥居が透けて見えるほど色が薄くなった宴だった。
「私はここまでのようだ。それでは白狐様、すみれと和尚様も、また明日お会いいたそう。そうそう、椿もな。明日、よくなれば良いな」
タオルを無視した椿にも、宴の優しい声がかかる。スミレの腕の中の椿が、宴の声に反応したように顔を上げた。
スミレと和尚さんが見守る中、宴は小さなまばゆい光となって、一瞬で夕空のかなたへと飛んでいった。そうやって帰るものとは知らなかった二人は、しばし呆然と、空を、カラスを、見上げていた。
「なんだか、流れ星が逆に流れたみたいだったわね」
「菫ちゃん、すっかり慣れちゃったね」
和尚さんが苦笑しながら、スミレに振り向いた。彼女の腕に大事に抱えられている椿が、まばたきしている。
「椿ちゃんは儂が回収しておこう。このままここにいたら、参拝に来た人がびっくりするからね」
「椿ちゃんが逃げ出さないようにしてね」
「あ、そうだね、段ボールに毛布を入れて、椿ちゃんをしまった後にガムテープで閉じ込めておくよ。さらに蔵の中にしまって、しっかりと鍵をかけておこうね」
すらすらと出てくる解決案。じつは和尚さんが普段から椿対策に取っている方法だった。
和尚さんもお寺へと戻ってゆき、一人になったスミレは、ランドセルの砂をタオルで払うふりをして、神社に一人になる時を待っていた。
「さーて、わたしはあきらめないわよ! 知ってることを教えてちょうだい!」
ヒントをくれるまで帰らない意気込みで、二体に振り向いたスミレだったが、
「あら?」
そこにふわふわの姿はなく、もとの硬い狐の石像が、定位置である石の土台へと戻っていた。風にもなびかず、その胸が呼吸に上下することもなく。小柄な人間の娘を見下ろしている。
「そっか、わたしは、椿ちゃんがいないと、霊感がなくなっちゃうのね……」
狐たちに置いて行かれた気持ちになったスミレは、つーんと口をとがらせた。
「どうしていじわるするのかしら。いつかそのわけを聞かせてね!」
最寄りの狐の前足を、指先で軽くつっついた後、あきらめて帰ることにした。去ってゆくスミレの背中を眺めて、二体が含み笑いをこぼす。だが、霊感のないスミレには、枝葉のこすれる音しか聞き取れなかった。
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