ローストチキン
その週末、クリスマスイブの午後6時半。
予定していた通り、午後7時から我が家にてクリスマスパーティが開かれる。
「わあ、おっきいクリスマスツリー! きれい〜!!」
小学一年になった優愛ちゃんは、リビングに飾られたツリーに目を見張る。表情も言葉遣いも、しばらく会わない間にずいぶんお姉さんになった。子供の成長の速さにはいつものことだが驚かされる。
「ツリーの飾り付けはね、晴と湊も一緒にやったんだよ」
キラキラした瞳でツリーを見上げる優愛ちゃんに、神岡がそう話しかけた。
「えー、そうなの? 私もやりたかった!」
「はは、そっか。なら来年の飾り付けの時には、優愛ちゃんにもお手伝いに来てもらおうかな?」
「うん、手伝う! はるくんやみーくんが届かない高いところは、私がやってあげる! いっくん、来年はぜったいゆあも呼んでね!」
神岡の言葉に、優愛ちゃんは嬉しそうに頬を染めた。去年のクリスマスパーティで、神岡を「いっくん」と呼ぶことにしたその場しのぎの取り決めは、彼女の中で絶賛継続中だ。小さい子だからすぐに忘れてしまうだろうという侮りは禁物である。
「ちょっと優愛、神岡さんにそんな呼び方、ダメって言ってるでしょ!」
紗香さんがあわあわと焦りながら
「いっくんがいいって言ったんだもん。ママにはかんけいないもん」
「か、関係なくないでしょ!!」
「はるくん、みーくん、ゆあとあそぼー!」
母の言葉を敢えて無視するかのように、優愛ちゃんはプレイマットの晴と湊へと駆け出していく。
「こら、優愛!」
「ははは! 紗香さん、優愛ちゃんにタジタジですね。呼び方は全然構いませんから、気にしないでください」
「ほんとすみません……最近、自己主張がますますはっきりしてきて。しかも、言っていることが思った以上に正しかったりして、うっかりするとこっちが返す言葉を見つけられなくて困るんです」
紗香さんの苦笑に、神岡も穏やかに微笑む。
「ああ、それ、よくわかります。うちも、晴と湊の喧嘩の様子なんかをよく見ていると、どっちの言い分もちゃんとあったりするんですよね。反抗にも喧嘩にも、ちゃんと子供なりの理由がある。
それって、子供たちの心が健康に成長しているっていう証拠ですね。ただ単純に『あれはダメ、これもダメ!』って怒ればいい話じゃないなあ、なんて思ったりします」
キッチンで大皿をテーブルに出しながら、まどかさんが深く頷きながら二人の会話に加わった。
「すごいなあ。神岡さん。
いちいち反抗したり喧嘩したりする子供の姿に向き合うと、どうしても叱るのが先になってしまって、私なんかいつも自己嫌悪の連続です……そんなふうに子供の心を深く汲み取るって、簡単じゃないのに」
「いや、すみません。実のところ、僕もガミガミ言っちゃってから気付くんですよね毎回。柊に後から言われて反省してます」
「あっ、そうか。じゃあつまり、一番立派なママは三崎さんなんですね?」
「……えっと、そういう言い方はちょっと……とりあえず、ママじゃないつもりなんで……」
思わず俯いて頭を搔く俺に、その場が明るい笑いに包まれた。
「今日は、須和くんは来られなくなっちゃったんですね。久しぶりに宮田さんと須和くんの顔も見られると思ってたから、ちょっと残念です」
「でも、よく考えたら、彼は大学生の男の子なんだし、イベント盛り沢山なこの時期だし、いろいろ他にも誘いがあって当然ですよね。何だか巣立つ息子を見るような気持ちというか」
紗香さんとさやかさんが、グラスをテーブルに並べながらそんな話をする。
「……いえ。
須和くん、本当はここにくるつもりでいたんですけどね」
これは、宮田が来る前に二人に言っておかねばならないことだ。マルゲリータピザを皿に並べながら、俺は重い口を開いた。
「実は須和くん、少し前に宮田さんと喧嘩したようで……彼、今は宮田さんの部屋をちょっと出ちゃってるんです。
彼が今日参加を取り消したのは、そんな経緯があったからです」
「え……そうなんですか?」
「去年のクリスマスパーティの時のお二人の様子、よく覚えてます。性格は正反対なのに、会話がまるでコントみたいで。すごく気が合うんだな、なんて感じていたんですけど……」
紗香さんとまどかさんは、少し驚いたような顔でそう呟く。
「うん。相性は間違いなくいい二人なんだけど……
まあ、そんな感じなので、この後宮田さんが来たら、須和くん関係の話は一応NGっぽくしといた方がいいかな、と……でも、あまり腫れ物に触るような空気も宮田さんには辛いと思うから、わざとらしくならない感じでみんなでパーティ楽しめれば、と思ってます」
神岡も、オードブルを皿に並べる手を止めて静かに微笑んだ。
「宮田くん、もしかしたら微妙に落ち込んでる様子が窺えるかもしれないけど、お二人ならばきっとうまく楽しい空気に持っていってくれそうだと……僕たちも、何も心配はしてないんですけどね」
「……わかりました」
「任せてください」
紗香さんとまどかさんは、小さく顔を見合わせてから深く頷いた。
*
ダイニングテーブルの支度が概ね整った、午後7時少し過ぎ。玄関のベルが鳴った。
「こんばんは〜。メリークリスマス!」
いつもと変わらぬ軽いノリの宮田の声に、優愛ちゃんと遊んでいた晴と湊が素早く反応した。プレイマットからすくっと立ち上がり、二人して玄関へだっと出迎える。
「ゆーと!」
「ゆーとっ!」
どうやら我が家の双子にとっては、宮田はダントツの大人気であるらしい。自分たちを背中に乗せてガチな馬をやってくれる存在、というのが大きな理由だろう。
「こらこら、今日はこんなにいっぱい料理運んできたんだから、足元にじゃれつくのはやめろって! それに、今夜はマジで馬もなしだからな!」
宮田は苦笑いを浮かべながらもどこか嬉しそうだ。そして、確かにその両手に驚くほど大きな紙袋を二つ提げている。
「宮田くん、メリークリスマス。ってか、ほんとに随分荷物持ってるな……?」
出迎えた神岡が、
「はは、そうなんですよ。なんかいろいろ考えながらパーティ用のローストチキン準備してたら、うっかり焼き過ぎたというか……」
「焼き過ぎた?」
「二つ焼く予定だったのを、四つ焼いちゃったんですよね」
テーブルに運ばれてきた、まるまると立派なローストチキン四つ。見事な出来栄えだ。
あまりの壮観に、俺は思わずぽろっと漏らした。
「今日は食べ盛りの男子大学生がいないってのに……」
「……」
やばい。
はっと口を抑えたが、手遅れだ。もはやその場には微妙な空気が流れている。
「うん。だよな。須和くんから聞いてた。今日はパーティ出られないって」
宮田がさらりと微笑んでそう呟く。
「……すまん」
「いや、むしろ皆さんにあれこれ気を遣ってもらう方が、僕的にはいたたまれなくて辛い。三崎くん、今のはナイスプレーだ」
「……」
「あーー。ダメダメこの空気!」
宮田は、顔の前で手をバタバタさせて重い空気を追い払う仕草をした。
「三崎くんと神岡さんのことだから、前もって紗香さんとまどかさんにも僕を傷つけない空気を作ってくれるよう話してくれてるんだろうけどさ。そんなんじゃ、パーティ楽しくないって。
こうなったら、今夜は皆さんにもばーんとぶちまけちゃおうかな、僕の今の気持ちを」
何かが吹っ切れたかのように、宮田はいつになく素直な笑顔を見せた。
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