神岡が育児休業に入り、約3週間が経った。 

 息子達は、生後3ヶ月の真っ只中だ。めきめきと大きな成長を見せる時期である。

 晴も湊も、頰や体の丸みは一層赤ちゃんらしく健やかに、そして瞳や表情などの動きも次第に大きくなってきた。視力が少しずつ上がり、外界への興味がぐんぐん増しているようだ。

 授乳や排便の間隔が少しずつ開くようになり、睡眠もまとめて取ることが多くなってきている。


 頭の方向を活発に動かしたり、うつ伏せにすると頭をぐっと持ち上げてみたり。カラカラと音のするおもちゃを顔の前で振ったりすると、「あう、あう」と声を上げつつ手足をパタパタ動かし、おもちゃに小さな手を伸ばす。

 こんな反応が見え始めると、今まで感情のない曖昧な生命体にしか見えなかった彼らが、俄かに「人間」に見えてくる。

 こうした感情のやりとりが生まれるというのは、それに関わる者の心にとってこれほど大切なことなのだ。

 ぶっちゃけた話、死ぬほど可愛く、愛おしい。

 


 そして、俺と神岡の育児ライフも二人で回していくペースがだんだんとできてきた。

 毎日概ね夕刻、子供達を風呂に入れるのは神岡、風呂上がりの二人を受け取り、着替えなどをするのは俺である。

 子供一人なら一度で済むものが全て2回づつ、というのはやはりなかなかに体力のいる作業だ。これがひとりきりだったらどれほどの重労働か……改めてそんなことを振り返る。


 先に入った湊を神岡から受け取ると、広げたバスタオルの上にまん丸い身体をころりと置く。そのふっくらと白いお腹はまさに「肉饅あん饅」を思わせるフォルムと柔らかさだ。

 柔らかいタオルで髪の水分を拭き取られながら、湊が風呂上がりの上機嫌な桜色の頬で俺を見上げた。

 その瞳に不意にはっきりと見え出した「湊」というキャラクターのようなものに、俺は思わずその小さな顔をじっと見つめた。


「……」


「柊くん、晴まだー?」

 風呂場で次の晴を待っている神岡の声が届く。


「あっはい今連れていきますー!」


 ふっと気持ちを引き戻された俺は手早く湊にベビーウェアを着せ、晴の服のボタンを外しにかかった。



「ん、どうしたの? いつもとスタイルが違うね?」


 二人を風呂に入れ、自分自身も手早く入浴を済ませた神岡がバスルームから出てきて、俺にそう声をかけた。

 俺は神岡から受け取った晴の着替えも済ませると、先に上がった湊への授乳を始めていた。最近は風呂の後はミルク、というリズムが二人にできつつあり、二人とも日に日にぐいぐいと強く俺の胸に吸い付いてくる。

 一方に授乳する間、いつもならもう一方をベビーベッドに上げておくのだが、今日は着替えさせた晴をそのままリビングに敷いた毛布の上に置き、俺は腕の中の湊と晴の顔を交互に見比べつつ授乳していた。


「——何だか、二人の顔つきや表情が、急にはっきりと見えてきた気がするんですよね。なんだかじーっと見比べずにはいられなくて。

 湊は、あなたによく似てますね。明るい髪の色や、眉の感じとか。目元なんかもそっくりで、さっき湊にじっと見つめられて思わずドキッとしました」


 そんな言葉に神岡はクスッと微笑みながら俺の横に座り、空腹でぐずりかけた晴の髪に優しく指を伸ばす。


「うん。そうだな。僕もここ数日で、同じことを感じてたよ。

 そして晴は、君に似てるな。髪も瞳も艶やかに黒くて、眉間が何とも賢そうで」

「……二人は、これからどんな男になっていくんでしょうね。

 これから性格もそれぞれはっきり分かれていくんだろうなあ」

「中身は、二人とも君に似たらいいな。

 頭脳明晰で、理性的で、愛情深くて。君みたいな内面を持っていれば、何も怖いものはない」

「いいえ。あなたの柔らかな大らかさがなければ、二人とも本当の幸せを掴むことはできません」

「ははっ、そうなのかな」


 そんな話をしながら、何気なく笑い合う。



「——あ、そうだ。

 晴が君によく似てるところは、他にもあるぞ。むしろ一番大事なとこだ」

「え、どこですか?」

「風呂に入ってる時の恍惚と気持ち良さげな唇が、君にそっくりだ」


「……なんか言葉にエロさが滲んでる気がするんですが、気のせいですかね?」


「ん、気のせいだと思うか?」


 そんなことを囁くと、彼は胸をはだけた俺の肩から首筋にゆっくりと鼻を擦り寄せる。


「……このシチュエーションで我慢できる男の方が異常だ。

 ——ああ、たまらなくいい匂いがする」



 肌を伝うその甘い感触に、身体の奥が微かに疼き出す。

 思わず、小さな吐息が唇から漏れた。


「……樹さん、まだこの後もやることがたくさん……」

「そんなことは知ってる。やるべきことはいつでもてんこ盛りだ。

 そうなんだが……」



 同レベルに抑え難い欲求が、互いの肌を通して行き来するのをありありと感じる。

 なにぶんにもこういう状況下だ。ゆっくりとそういう時間を持つ事もここしばらく全く出来ずにいる切なさが、熱を持って込み上げる。



「——……柊……」


「んあ、んああ……!!」

「……ふぐ、ふぐ……っ」

「うぐっいてっ、こら晴っ!」

「あーーーっ湊! それやめてっっ!!」


 どうやら神岡は晴の威力あるキックを尻に受けたらしく、俺と言えば母乳の出が悪くなった乳首に湊が八つ当たりを始めている。

 愛おしい息子たちに「いつまでもいちゃついてねーで仕事しろ!!」と言われたようで、思わず苦笑いを見合わせる俺たちである。





* 





 その夜。

 二人を寝かしつけた俺たちは、全ての仕事を放り出してベッドルームへ向かった。


 戯れ半分のつもりだったさっきの微かな刺激が、猛烈に勢いを増して互いの中で暴れた。



 ベッドの上、熱い肌で俺に覆い被さる彼は、ゆっくりと事を進めるのももどかしげに俺のセーターを捲り上げる。

 そのしなやかな指が脇腹を伝い、舌が甘く乳首に戯れつく。

 子供たちとは全く違う意図を持って吸い上げられるその強烈な快感に、呆れるほど甘い喘ぎが抑えようもなく唇から零れ落ちる。


「……待っ……そんな強く…………あ……っ」


「——……っ、甘い……

 君の味は、蕩ける蜜のようで……

 狂いそうだ……」


 うわごとのような囁きに、俺の下腹部が俄かに激しく疼き、強烈な熱がその奥深くを猛烈に掻き回す。

 自分の身体もまた、もう一瞬も待ちきれない。

 絶望的なほどに、そのことを思い知る。


 彼の肩を掴む指に、ギリギリと無意識に力が篭った。



「…………早く」



「——……」


 理性を完全に投げ捨てた言葉で、急かし、求める。

 剥き出しの欲求を乗せた微かな囁きが、彼を烈しく煽った。


 彼の掌が、俺の下腹部を愛おしげになぞる。

 その唇と舌が俺の芯を熱く包み、それらがもたらす目の眩むような絶頂を超え——

 やがて、力の漲る彼自身の逞しい芯が、俺の待ちわびた場所に押し当てられた。

 絶え間ない疼きを生み出すその奥を、少しずつ押し開き——次第に深く抉り始める。


 腹の奥の強烈に甘い的を目掛け、熱された剣を繰り返し突き立てられる感覚。

 脳から火花の散るような快楽に揺さぶられ、混乱した涙を滲ませながら、悲鳴とも嬌声ともつかぬ激しい喘ぎをこれでもかと撒き散らす。



 許容量を遥かに超えて押し寄せる、凄まじい快感の波。

 自分自身すらを遠く手放して、俺はその波にただ深く呑み込まれた。






 どのくらい眠ってしまったのか。


 ふと瞼を開けると、ベッドサイドの光を背から仄かに受けながら、すぐ隣で神岡が静かに俺を見つめていた。



「——……樹さん……?」



 俺が目を覚ましたことに少し驚いたように、神岡は淡く微笑む。


「——ごめん。

 明かりが眩しかった?」


「いえ……。

 あなたが眠っていないから……


 ——どうしたんですか?」



「……ううん、なんでもないよ。


 ……これから、頑張っていこうな、柊くん。

 何があっても」



「……そうですね」



 耳に入った彼の言葉をただ受け止め、ぼんやりとする視界のまま頷く。

 俺を見つめる彼の微笑みの意味を深く考える間も無く、俺はまたすぐに深い眠りに引きずり込まれた。





* 





 翌朝。

 目覚めると、窓がすっかり明るい。

 朝の陽射しも既に燦々と部屋に注ぎ込む時間になっていた。


 横には、神岡はいない。

 きっと俺を起こさないよう、ひとりで家事や育児を進めてくれているのだろう。


 急いで着替え、リビングへ出て行く。


「樹さん、すみません! 思い切り寝坊しちゃって!!」


 彼はたった今まで誰かと通話していたのか、スマホを耳元から下ろしながら振り向き、微笑んだ。


「おはよう、柊くん。よく眠れた?

 子供達はさっき目を覚ましたから、粉ミルクをあげておいた。今二人ともよく眠ってる。

 で、ちょっと急なんだけど、これから宮田くんと会ってくるよ。近くのカフェにいるらしいから——少し家を空けても大丈夫?」


「ええ、それはもちろん大丈夫ですが」


 そう答えた俺に、彼はいつもの笑顔を崩さず続ける。


「宮田くんには、君と子供達のピンチを救ってもらったお礼をしようって、この前二人で話したろ? その件を今彼に連絡したところだったんだが……できればちょっと外で会えないか、って。

 いろいろひとりで無理はしないで。ついでに買い物に寄ったらすぐ帰ってくるから」


「わかりました。……急がなくても大丈夫ですから。行ってらっしゃい」




 俺は、その時気づかなかった。

 玄関を出ていく彼の眉間が、微かな険しさを帯びて引き寄せられていたことに。




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