私の気持ちってなんだろう

6-①

 今日の夕飯は、母さんが買ってきたお弁当だった。


「何よ、テンション低いわね。しょうが焼き、気に入らない?」


「別に」


 僕が落ち込んでいることを、母さんはすぐに見抜いてしまう。隠すのが苦手な僕と、見つけるのが得意な母さん。元々分が悪いのだ。


「ご飯を食べてるときに暗くならないでよー。美味しくなくなるじゃない」


「だから、別に暗くないって。母さんと一緒だからってテンションが高いのも変でしょ」


 家に帰ってから、すぐに春奏さんにLEENを送ろうとした。しかし、無理だった。何を言おうとしても投げやりな謝罪にしか思えず、帰り道に何度も空振りしたショックが抜けない僕には、それを送る勇気が出なかったのだ。


 僕自身、少し落ち着こうと思い、いつもどおりの時間に送ることにした。でも、どういう言葉を伝えればいいのかがわからず、今も悩んでいるのだ。


「いつもより暗いから言ってるの。何かあった? 今日どこか行ってたの?」


「なんでもないってば」


 僕は母さんの質問をさえぎる。でも、経験上それは悪手だった。


「……女?」


 ほら来た。今回は本当に好きな人であるだけに、詮索されると困ることになる。泣かれる前に、嘘でもなんでもいいから上手くはぐらかさないと。


「……ちょっと友達とケンカしただけだよ」


「ふーん。もうケンカするような友達ができたんだ?」


 母さんはなぜかうれしそうに言った。


「もう五月後半なんだし、友達くらいできるよ」


「でも、ゆうちゃんはケンカとかできないじゃない。心を開かないからね」


 わかったようなことを言う。しかし、こういうときはいつも、僕自身よりも母さんのほうが僕のことをわかっている。だから、もう少し正直に言うことにした。


「……ケンカというより、怒らせちゃったというか、傷つけたというか……」


「それでも十分珍しいわよ。ゆうちゃんは安全策を取るほうでしょ。怒る前に謝って、自分が悪いで終わらせようとする」


 馬鹿にするように言われるけれど、僕はぐうの音も出なかった。母さんは確実に僕の行動を言い当てているのだから。


「自分の主張をぶつけないから、矢面に立たない。人の心に踏み込ませない、踏み込まない。ゆうちゃんにそうして気にするほどの友達ができただけで、ママはうれしいわよ」


 母さんはこちらの悩みなど知らずに言う。自分としては、自身が弱いだけと思っているけど、母さんから見るとそんな感じらしい。


「……どうやったら仲直りできるものなの?」


「そうねえ……まあ謝るのも大事だけど、なんで謝るのか、つまりは何が悪かったのかをちゃんと伝えること」


 何が悪かったのか。それは桝田先輩の話をしたからだ。でも、それが直接的な原因とは思えない。


「あとはちゃんと話を聞いてあげること」


「聞いてあげる……?」


「怒ったにしても傷ついたにしても、ゆうちゃんの言葉や行動だけでそうなるなんてほとんどないわ。だから、何か別のことでイライラしてたりとか不安があって、ゆうちゃんはそれに触れちゃったんだと思う。そういうのを聞いてあげるの」


 今日の春奏さんは、変化を恐れていた。


 それは牡丹さんとサギのことや、美和ちゃんに桝田先輩との関係の進展を応援されていることで浮き彫りになった。


 春奏さんが悲しそうに言ったのは、桝田先輩を使って遠ざける、というものだった。だからきっと、僕が桝田先輩の話をしたことで、変化への不安に拍車をかけたのだ。


 きっとそれが春奏さんの不安の種だ。聞くことで解消されるなら聞きたいけれど、僕に話してくれるだろうか。まだ僕はそんな存在でいられるのだろうか。


「ゆうちゃんはどうしても仲直りしたいのね」


 僕が黙って悩んでいるのを、母さんはニコニコしながら見ていた。


「そりゃ、まあ……」


 なんだか小さい子の親のような目線だ。僕は少し情けない気持ちになる。


「ゆうちゃんがそういう気持ちをまっすぐに伝えたら、絶対に大丈夫よ。それがゆうちゃんの人徳だから」


「人徳……?」


「誠意が伝わりやすいっていうか、相手が本気で仲直りしたいんだってわかりやすいのよ。もっと自信を持ちなさい」


 それはきっと、僕が不器用だからだ。でも、だから僕の言葉を信じてくれる。夏菜が言ってくれたのもそういうところかもしれない。


 謝りたいならちゃんと本音を伝えないと。春奏さんはそんな僕だから信じてくれたのだ。


 僕は食べるスピードを速める。ほほ笑む母さんを見ないようにしながら、お弁当をたいらげた。





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