5-③

「そうなのかな」


「リア充、的な感じ。私らもそう呼ばれることになるのかもって思ったよ」


 リア充……僕にとっては現実離れしている存在だ。


 でも、今自分はグループの一人という扱いをしてもらえているし、自身にも周りにも恋の種が生まれている。いつの間にか、すっかり僕も高校生なのだった。


「恋愛禁止とかにするのもよく聞くよね。クッくんはグループ内恋愛賛成派? 反対派?」


 困惑する二択だ。自身のこともあり、当然反対派なんて言えるわけはない。でも、賛成派と力強く言ったら、きっと美和ちゃんから追及されるだろう。


「わ、わかんないよ」


 だから、無難ににごしておく。それしか選択肢がなかった。


「春奏は?」


「どうだろう」


「なんで二人ともあいまいなのさ……」


 美和ちゃんは呆れた顔をして言った。僕としても、春奏さんの答えは気になっていたのだけれど。


「……なんていうか、今までどおりにいられなくなるなら嫌かなって」


 それは、僕の胸にズキリとくる言葉だった。どうやら、春奏さんは関係の変化を恐れているらしい。


「ってことは反対派じゃん。反対派の理由って大体それじゃない?」


 春奏さんが反対派……となると、昨日夏菜が言っていたような、告っても関係が変わらないという期待が薄くなってしまう。思わぬ形で、僕は危機におちいっていた。


「ううん、反対ってほど強くはないよ。今までどおりにいられたらいいし……だから、隠してくれたほうがいいのかな」


 すると、春奏さんはそれを否定した。でも、相変わらず微妙だった。


「えー。うーん、でもそのほうがいいのかな。クッくんはどう?」


「えっと、僕も今までどおりにいられるなら……。僕の場合、こうして呼んでもらわないと話す機会も少ないし」


 学年が違う僕は、グループというくくりに入れられていないと、関わることがなくなってしまう。それはどうしても困るので、ここは春奏さんの意見に賛同したのだ。


「そんなこと言わないでよ。別にLEENとかしてくれたら、いくらでも話せるじゃん」


 それは美和ちゃんの言うとおりだった。単に、自発的に人と関わろうという意識が、僕に足りていないだけなのだ。


「遊びにだって誘ってくれていいよ。なんなら、二人きりでもいいよぉ」


 とんでもないことを言う。二人きり……それってモロにデートじゃないか。美和ちゃんのいたずらっぽい顔を見て、動揺したら負けだとわかっているものの、それを抑えられる余裕が僕にはない。


「……さ、誘えるわけないよ」


「ふっふーん。あ、でもマジでいいよ。別に今彼氏とかいないし、クッくんに誘われたら喜んで行くよ」


 今度は優しい顔で言う。美和ちゃんの母さんに似た緩急のつけ方は、僕の弱いところを的確に突いていた。なんとなく、一回くらいは誘わないと、って思わされる。


「私らほら、ファンだし。ねっ」


「え、あ、うん」


 春奏さんに振ると、とても困ったような返事をした。そりゃ、春奏さんは僕と二人きりなんて困るだろう。もちろん、いつかは、とは願うけれど。


「その……二人ってのはともかく、誘えるようにならないとね」


「そうそう。こういうのは音頭とってくれる人のほうがモテるもんなの」


 たしかに、美和ちゃんがモテそうに見えるのは、こういうところなのかもしれない。


「じゃあとりあえず、うちは恋愛禁止ということで。こっそり育みましょう」


 美和ちゃんがそんな締め方をする。なんだかドキドキするルールだった。


「美和はなんにもないの?」


 春奏さんが訊く。そういえば、美和ちゃんは僕ら二人に委ねっぱなしだった。


「ん? 私はルールがあってもなくても関係ないから」


「……じゃあもうなんでもいいんじゃない」


 春奏さんが呆れた顔でにらむ。美和ちゃんの前だとこういう表情が見れるから楽しい。


「実際、好きになっちゃったらそんなの関係なくない? 今までどおりがいいって言う春奏だって、付き合っちゃえば彼氏のほうに夢中になっちゃう気がするよ」


「そんなことないと思うけど……」


「春奏みたいなタイプのほうがはまるんだよ。そうなったら私らのことなんて相手にしなくなるかもよ」


「絶対にないよ」


 美和ちゃんペースで恋愛トークが続く。果たして僕がここにいていいのか。色んな意味で、不安で気まずかった。


「……私はね、四コマ漫画みたいなのがいい」


 春奏さんがボソッと言う。僕と美和ちゃんは目を合わせ、首をかしげた。


「どゆこと?」


「秋音が持ってる漫画は、女子高生が恋愛とかせずに、ひたすら仲良しなのが多いんだよ」


「漫画って――あ、あかねちゃんってのは春奏の妹ね」


「あ、うん」


 美和ちゃんがわざわざ補足説明してくれるけど、毎日LEENしていた僕はすでに知っていた。春奏さんに愛されてる妹さん。たしかちょっとオタクなんだとか。


「友達同士のゆるいやり取りが世界の全てみたいで、こういうの良いなぁって思いながら読んでるんだけど」


「いや、知らんがな。ただ、その感じだと男子高生のクッくんをはじくことになるけどいいのかい?」


 春奏さんが僕を見る。そして、何か思いついたような顔をする。


「……くーくんはこっち側」


「だよねー」


「ええっ……」


 どうやらいじられてしまったようだ。LEENだといつものことだけど、リアルだと初めてだ。


 それに対し、僕は怒らなければならないのだけれど、うまく反応できず、あたふたしてしまう。


「じょ、冗談、だけど……」


「う、うん」


 すると、春奏さんはあっさり抜いた刀を戻した。悪いことをしたかもしれない。


「あ、でも冗談だけじゃなくて、くーくんはゆるい感じでいてくれそう、かも……」


「じゃあ結局女子枠じゃん」


 美和ちゃんが意地悪な顔をしてそう落とした。僕はムッとした顔をして返す。


 きっと春奏さんもこういう表情を求めていたのだろう。もう一度春奏さんを見ると、少し不満げに見えた。


「てかさ、そんなこと言って、春奏が一番先に彼氏を作りそうな気がしてるんだけど、その辺りはどうなの?」


「……それはもういいって」


 美和ちゃんは、今度は春奏さんに意地悪な顔を向ける。春奏さんとしては困る話らしく、露骨に嫌そうな顔で返した。


 そして、その質問は僕が不安になるものであり、胸がギュッと絞られる感覚になった。


「……まあ、また怒られそうだから止めとこう。クッくんはそういう浮いた話はないの? お姉さん、応援しちゃうよ」


 春奏さんの反応に対し、美和ちゃんは意外とあっさり身を引いた。何かあったのだろうか。


 そして、今度は僕に話が振られる。この場ではかなり困る質問だ。とにかく春奏さんにバレないように、美和ちゃんに追及されないようにしないと。


「いや、その、特には」


「むしろ、変な女が寄ってきてない? ちゃんと私を通さないとダメだからね」


「うちの母親みたいなこと言わないでよ……」


「あははっ」


 美和ちゃんは機嫌良さそうに笑う。よかった、ただ僕をいじりたかっただけか。


 チラッと春奏さんを確認すると、ジッと僕の表情をうかがっていた。僕は思わず目を伏せる。


「何? 春奏、なんか知ってるの?」


 美和ちゃんもそれに目ざとく気づき、即座に質問する。


「えっ? ううん、別に」


 春奏さんはそう言って、ストローをくわえる。何を考えていたのだろうか。


 それを不審に思ったのか、美和ちゃんはにらむような目で春奏さんを見た。


「ちょっとー、ファンクラブ会員ナンバー〇号さん? 情報共有が必要じゃないですかー?」


 冗談っぽく責める。ちなみに、春奏さんが〇号、美和ちゃんが会長と決まったらしい。


「そういえば二人はたまにLEENで話してるんだよね。クッくん情報を持ってるなら、ちゃんとこっちに流さなきゃダメだよ。規則違反ですから」


 どうやら、美和ちゃんはそこに答えがあると思ったようだ。しかし、僕が春奏さんに恋の話をするわけがないので、そんなことはないはずだけれど。


「情報なんてないよ。……最近はLEENしてないし」


 思わぬところで、僕の胸がズキリと痛んだ。やっぱり春奏さんも気にしていたらしい。


「あ、あの、ごめんね」


「え? いや、あ、謝ることじゃないし……」


 反射的に出た謝罪に、春奏さんは明らかに困っていた。また謝り癖を指摘されかねない。


「なんか怪しいなぁ」


 美和ちゃんは僕らのやり取りを見て口元をゆるめる。まるで下の兄弟を見ているお姉さんのような雰囲気。


「何が?」


「前より仲良くなった感じなのに、前よりギクシャクしてる感じがする」


 その感想は正しいように思えた。僕のせいだ。


「そ、そんなことないよ」


「ふーん……そういやさ、クッくんって私たちとしゃべるときにドキドキしたりする?」


 美和ちゃんは何かを思いついたように、話を転換させた。


「ドキドキ?」


「友達の超人見知りな子がね、男子相手なら全部ドキドキするから、ドキドキすることが恋じゃないって言うの。クッくんも同じようなタイプかなって」


 無意識に隣を見る。すると、春奏さんは不満そうな顔を美和ちゃんに向けていた。それはやっぱり春奏さんのことのようだ。


「……そうだと思う」


 片思いの相手が『私たち』に含まれる以上、参考になりそうな返答などできるわけない。


 美和ちゃんの質問は、多分、春奏さんの気持ちを予想したものだ。つまり、異性としゃべるだけでドキドキすることを認めなければ、春奏さんが桝田先輩を好きだということになってしまう。


 だから、僕は肯定するしかなかった。


「そんなふうには見えないなー。最初はそうだったけど、今は普通にしゃべってるじゃん」


「それは、みんなが接しやすくしてくれてるから」


 実際、美和ちゃんはクラスの女子よりもよっぽどしゃべりやすい。今でも緊張していないわけではないけれど、普通にしゃべる分には苦労しなかった。


「でもね、その子にしゃべりかける男子だってやさしく声かけてるんだよ。そのたびに顔を赤くするとか、もう惚れてるとしか思えなくない?」


 話が具体的になってきた。美和ちゃんは僕があの場面を見ていたと知りながら、僕に判定をさせるのか。あるいは、春奏さんの背中を押させようとしているのか。


 春奏さんはストローをくわえながら、視線をトレイの上の敷き紙広告に向けている。自分は関係ない、というポーズだろうか。


「二年以上もクラスが一緒で、もう人見知りの限界を超えてる期間顔を合わせてるんだよ。それでもドキドキしてしゃべれない、なんて好きじゃないとありえないと思うんだよね」


 よりわかりやすくなると、こっちの心まで痛んでくる。もし春奏さんの話じゃなかったら、美和ちゃんの意見を肯定していたかもしれない。無自覚の恋なのかな、と。


「わ、わからないよ」


「えー」


 美和ちゃんはあてが外れたような顔をする。僕は頭をフル回転させて理由を考えた。


「あ、相手がすごい人気のある人で、しゃべりかけられるだけでも注目されるなら、ずっと緊張すると思う。その人のこと以上に、周りの視線が重圧になるから」


 とっさに出たそれは、我ながら悪くないものだった。自分に置き換えて想像するとありえそうだったからだ。


「なるほど、そういう緊張はあるかもね」


 美和ちゃんもその意見を否定しなかった。ないことはない、くらいだろうけれど。


 調子に乗った僕は、さらに言葉を続けることにした。


「……本当に好きなら、どんなに緊張してもしゃべりたいと思うよ。周りの目とか考えられなくなるし、その人のことが知りたくて仕方がなくなっちゃうから」


 言ってから、チラリと隣を覗く。すると、春奏さんはこちらを見ていて、しっかりと目が合ってしまった。


 思わず視線を下げる。しかし、そのほうがまずかったかもしれない。僕の言葉は、春奏さんに対しての行動の解説になってしまっていた。僕は懸命に表情を隠す。


「クッくんの恋はそんな感じなんだねー」


 そして、そんな僕を見ると調子が良くなる人が目の前に……。ニヤニヤしてる美和ちゃんにこの話を膨らまされるわけにはいかない。


「み、美和ちゃんはどんな人が好きなの?」


 そう切り出してみると、美和ちゃんは「お」と声を漏らし、思考しはじめた。


「私はねー」


「うんうん」


 僕は興味深そうに相槌を打ち、美和ちゃんのおしゃべらー魂を促進する。すると、しゃべりたい欲が勝つのか、話がどんどん出てくる。案外、僕がいじられる展開を阻止することは簡単なようだった。

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