4-③
○
次の日になると、昨日ほどの不安や苦しみはなかった。付き合っているわけではないし、春奏さんの気持ちがわからないので、少し冷静になった。
それでも、前向きになんてなれない。僕が競う相手は桝田先輩だ。
中学のころからの人気者で、将来性もあって、しかも春奏さんを追って進学校へ入学するという熱意もある。まるで漫画の主人公だ。
それに比べて、僕は彼女にとって、弟に似ている後輩にすぎなかった。はなから恋愛対象じゃないのかもしれない。そんな男が主人公に勝てるわけがない。
もう諦めたほうがいい。そのほうが傷は浅い。今ならまだ耐えられる痛みで済むはずだ。
思わぬ形で恋が終わりを迎えそうなことに、僕は呆然としていた。本当はまだまだ春奏さんとしゃべりたい。
でも、春奏さんと桝田先輩が結ばれる姿を近くで見ているなんて、僕にはできそうにない。
恋に失敗して崩れ落ちる姿が、僕の目に焼き付いている。自分自身がそうなること想像すると、恋が恐ろしいとすら思えてきた。
僕はできる限り春奏さんのことを考えないようにしようとした。きっとまともだと耐えられない。だから、痛みに耐えられるような思考を今から作らなければならないのだ。
でも、そう思ってもすぐには変えられない。昨日の姿を思い出しては、嫉妬で胸が苦しくなってしまう。僕は恋が病気であるということを改めて痛感させられたのだった。
○
その日から、僕は勉強に没頭した。それが、春奏さんのことを考えなくするのに最も都合がよかったのだ。帰宅後、家事以外は寝る前までずっと勉強をした。
テストが迫ってきたある日の夜、LEENの通知音が鳴った。僕はスマホを確認する。
〈誕生日おめでとう!〉
それは美和ちゃんからだった。気づけば日が変わっていて、僕の誕生日になっていた。
〈 ありがとう〉
〈一六歳もキュートなクッくんのままでね〉
ハッピーバースデイ! というスタンプをくれる。わざわざこのタイミングを待っていてくれたのかと思うと、心が温かくなった。
〈 キュートじゃなくて、もっと男らしくなれるようにがんばるよ!〉
そう返したのと同時くらいに、またLEENの通知があった。見てみると、牡丹さんからの誕生日おめでとうスタンプだった。
〈 ありがとう〉
〈いつまでもやさしいクッくんでいてね〉
〈 がんばります!〉
〈クッくんに直接LEENするの初めてだ〉
〈テスト勉強がんばってる?〉
〈 うん〉
美和ちゃんと牡丹さん。新鮮な気持ちで、二人に忙しなくLEENを返す。
いつの間にかスマホの文字を打つスピードも速くなったものだ。これもみんな、春奏さんとの毎日のLEENの成果なのだろう。
二人とのやり取りが終わったあとも、僕はジッとスマホを眺めていた。きっと春奏さんからも来るだろうと思ったからだ。
でも、一時間くらい待っても、春奏さんからのメッセージは来なかった。
……自分から遠ざかったのだからしかたない。僕は深いため息とともに眠りについた。
○
誕生日の学校では、サギ主導のもと、クラスメイトに祝ってもらえた。恥ずかしい気持ちになりながらも、新しい生活になじんできていることを実感してうれしくなった。
いつも通り夕食を作り、昨日までと同じように勉強をし、そろそろ寝ようかというところで思い出した。それは、春奏さんに教えたメールアドレスのことだ。
見てみると、スマホと正しく連携できていなくて通知がオフになっていた。受信ボックスを開くと、ちょうど〇時に知らないアドレスからのメールが届いていた。それは、春奏さんからのものだった。
お誕生日おめでとう!
くーくんは私たち三人にとって弟のような存在になっています。結構ネタにしちゃってもいますけど、そこには愛があります。信じてください。
私は出会いから迷惑かけっぱなしだね。美和と仲直りさせてくれたこと、本当に感謝してます。いつか恩返ししたいと思っているので、なんでも頼ってください。・・・頼りになれるかはわかんないけど、くーくんのためならがんばるよ!
しゃべりたいって言ってくれたこと、すごくうれしかった。くーくんがそうやってまっすぐに来てくれるから、こんな私でも安心して話せるんだよ。
超のつく人見知りが、バカみたいなこといっぱい言えるんだもん。くーくんはきっと人に好かれる才能っていうか、人の警戒心を解く力があるんだよ。だからもっと、くーくんは人と話すことに自信をもっていいと思う。
そうすると、人見知りなんて簡単に克服できるんじゃないかな。置いてかないでーって気持ちですが、応援しています。
いつもLEENしてきてくれてありがとう。癒し効果絶大で、にやにやしながらスマホ打ってるよ。また落ち着いたらいっぱい話そうね。
いつまでも、やさしくてかわいい、素敵なくーくんでいてください。
年齢追いつかれちゃった春奏より。
それは動く背景とオルゴール音楽の付いたお洒落なメールだった。この演出のためにメールを選んだのだろう。
メールの文章を見ていると、春奏さんとLEENしていたときの気持ちが引き出された。
誰より話していて楽しく、共感するところの多い春奏さん。僕らしさを認めてくれて、僕と話すことを求めてくれる。そんな春奏さんだから、僕はより強く好きになったんだ。
こんなに誰かを好きになるなんて初めてだ。これから先に出会えるかもわからない。そんな人と、僕は毎日話をしていたんだ。
……諦められるはずない。もうとっくに、耐えられる痛みで済む段階は終わっていたんだ。
春奏さんが好きだ。この気持ちにウソなんてつけない。たとえ痛みが伴おうとも、僕は自分の気持ちに正直に向き合わなければならない。
気づけば、もう僕の誕生日は終わっていた。せっかくくれた誕生日メールを、丸一日遅れで返信してしまうのは気が重かった。
謝罪とお礼のメールを、夜遅くまで悩みながら作成する。さすがに迷惑になる時間だったので、これは朝に送ることにした。
布団をかぶっても、すぐには眠れそうにないほどドキドキしていた。この恋は確実に、僕を変えようとしていたのだ。
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