春奏のことが好きなの

4-①

 次の日から本当に毎日、春奏さんとLEENをした。


 話題は学校や部活から始まって、お互いの家族の話へと広がる。


 春奏さんはなんと五人兄弟らしい。春奏さんは次女で、上にお姉さん、下に妹さん、そして亡くなった弟くんよりもさらに下に弟がいるそうだ。お姉さんはもう家を出ていて、現在は家族五人で暮らしている。


 音楽一家らしく、妹さんや小学生の弟くんには音楽の才能があり、お姉さんにいたってはすでに音大に通い、プロ目前だという。春奏さんはそういう家庭だからこそ自信を失うことが多かったようだ。


 以前は横浜に住んでいて、中学三年に上がるタイミングでこちらへ引っ越してきたらしい。


 実は僕も、時期や場所は違うものの、中学一年のときにこっちへ越してきた身だ。そんな共通点まであることに、二人で驚いた。


 僕らの会話はいつもLEENだ。近くに住んでいて、同じ学校に通っているにしては寂しいやり取りなのかもしれない。


 でも、LEENだとお互いの口下手が影を潜めるため、実際に会うよりも快適に話せていることはまちがいなかった。


 それに、文字として残るのは回顧がしやすいのも良い。毎日の会話を読み返すのは楽しくて、もうどんな自分で接しているのかを考えられなくなるほど、自然体でいられた。


 根はすごくおしゃべりな春奏さんは、いつも冗談を交えながら話題を振ってくれる。僕はそんな彼女のことが、以前よりももっと好きになっていた。


 ゴールデンウィークには、また五人でショッピングモールへ出かけた。グループだと、やっぱり僕らの会話は少なかった。でも、毎日LEENのやり取りをしていると思うと、それでいいかとも思えた。


 それに、その日の晩に反省会のようなやり取りをしていると、むしろこっちのほうが仲間意識というか、連帯感があってよかった。僕は春奏さんを近くに感じることができたのだ。



「調子良さそうじゃない」


 夏菜が先輩みたいな調子で言う。


「そう?」


「わかるわよ。音で」


 吹奏楽部にいる限り、夏菜に隠しごとができないらしい。恐ろしい話だ。


「そ、そっか」


「恋は順調?」


「じゅ、順調っていうか……毎日LEENはしてるけど」


「へー。ほーう」


 夏菜がニヤニヤしながら下から顔を覗き込んでくる。僕の顔がすぐに紅潮するからおもしろいのだろう。こういうところも直したいものだ。


「青春してるわねえ、音にもよく出てる。恋って音楽の隠し味よね」


「あ、じゃあ夏菜も誰かに恋してたりするの?」


「あぁ? しばくわよ」


 演奏が上手だから言ったのだけど、気に障ったらしい。そこまで怒らなくてもいいのに。


「えっと……あ、色々アドバイスくれてありがとう」


「お礼を言われるほどのことじゃないわよ。っていうか、まだ付き合ってないんでしょ?」


「それは、もちろん……」


 距離は縮まった気がしているけれど、恋愛に発展しそうな気配などみじんもなかった。あくまでも後輩、あるいは弟くらいに思われてるのではないだろうか。


 そもそも、出会いからそうだ。弟くんに似ていることがきっかけだった。


 仲良くしてくれるのも、それが根底にあるからというだけかもしれない。そう仮定すると、僕は複雑な気持ちになるけれど、話せるのならそれでいいとも思っていた。


「次はそろそろデートにでも誘ってみたら? いけるんじゃない?」


「ええっ!? ぜ、絶対無理だよ。付き合ってもないのに……」


 デート……。僕にとっては、未知のイベントだった。


「二人で遊びに行く、ってだけのことよ。グループで行ってるんなら大丈夫だって」


「誘ったりしたら引かれるんじゃ……?」


 今の関係をどこかで脱却したいけれど、行動を起こしたことで、関係がふりだしに戻るのは絶対に嫌だった。


「そんなことないって。……そうそう、相手の人は誘ってくれなくて悲しんでるかもよ。なんで誘ってくれないんだろう、って」


 もうその手には乗らない。というか、春奏さんの性格からしてあり得なかった。


「あっ……でも、言ってる間にテスト前になるわね。さすがにそのあとのほうがいいか」


「そういえばそうだね」


 もうすぐテスト期間になる。それまで一週間ほどしかなかった。


「テストが終わったら、がんばりなさいよ。終わったその日に誘うんだからね」


「ええ……」


 夏菜が怖い笑顔で言う。応援してくれるのはありがたいけれど、ちょっとスパルタなのが困るところだった。



〈もうすぐテストだけど、くーくんは勉強得意なほう?〉


 いつものやり取りの中で、春奏さんからもテストの話題を振られた。


〈 運動よりは・・・〉


〈運動苦手なんだ?〉


〈 もうからっきしダメ〉


〈 春奏さんは文武両道なんだよね〉


〈 すごいな〉


〈そんなことないよ〉


 春奏さんはそう謙遜するものの、実際すごいと思う。学年で常に五位以内にいるほどの成績で学業をこなしながら、運動だって胸を張れるほどできるのだ。


 以前、短距離走の速さを目撃した。足が速いのは転校前に陸上部に所属していたからだそうだ。今、部活動では激しい運動をしてないけれど、自主的に走っているらしく、それで運動能力を保っているらしい。


 音楽のことで劣等感を持ったという春奏さんだけど、それ以外がここまでできるのなら、もっと自信を持っていいと思う。春奏さんの能力と自信は、全くつりあっていないのだった。


〈運動苦手かあ〉


〈今度の体育祭ではくーくんに注目します〉


〈 やめてください・・・〉


 六月には体育祭。僕にとっては恥をさらすイベントでしかない。なんとか、運動神経がなくても悪目立ちしない競技を選びたいものだった。


〈横断幕とか作って応援してみたい!〉


〈 そんなことされたら学校に来られなくなるから!〉


〈我々ファンクラブとしては義務だと思うのですが〉


〈 ダメです!〉


 ちなみにファンクラブとは、最初は春奏さんがおもしろがって言っていただけだった。


 しかし、三人の中でネタが膨らんだあげく、美和ちゃんの鶴の一声で、とりあえず作られたらしい。


 なぜか、牡丹さんが最高顧問になったという報告まで受け、クラブの名前は『困らせ隊』に決まった。それが設立された時点で僕は困っている。


〈困らせ隊の記念すべき第一歩・・・〉


〈 踏み出さなくていいです〉


〈ええー〉


 相変わらず僕は春奏さんから『萌えキャラ』という扱いを受けている。それも、結局僕を困らせたいがためのものだろう。


 でも、僕としても春奏さんに困らされるのは楽しいので、それでいいと思っていた。


〈 テスト前って、やっぱり部活は休みになるんだよね?〉


 話を戻すために、僕は新入生らしく質問をしてみた。


〈そだよ〉


〈うちは個人での練習すら許可してくれないらしいよ〉


〈一応進学校だから〉


〈 そうなんだ〉


〈 勉強がんばらないとなあ〉


 中学の時は成績上位でいられたけれど、高校だと同じレベルの人が集まっているから、がんばらないと一気に落ちそうだ。実際、最初の実力テストは中の上くらいで怪しいものだった。


 運動に自信がない以上、勉強で下位になるわけにはいかない。両方に優れている春奏さんと話す資格を失う気がする。なんとかある程度以上はキープしないと。


〈がんばらないとね〉


〈だから、テスト前は無理にLEENしてくれなくていいよ〉


 思わぬ言葉に、僕は衝撃を受けた。


〈私の挑発に乗って毎日くれるけど、実際大変でしょ〉


 そんなことはない。ただ、やっぱりテスト前だと控えなければならないのだろうか。


〈 僕は別に無理してないけど、やっぱり迷惑になるよね〉


〈私も全然大丈夫だけど〉


〈それでくーくんの成績が落ちたりしたら悪いし〉


〈ファン失格だし〉


〈 ファンじゃないけどね〉


 春奏さんは決して迷惑がったりしない。でも、成績上位である春奏さんの勉強量はきっとすごい。絶対に邪魔になってしまう。


〈 テスト前は控えるようにするよ〉


〈そのほうがいいと思う〉


〈あ、でも質問があったらなんでも言ってね〉


〈一応先輩だし〉


〈 うん。ありがとう〉


〈遠慮しないでいいからね〉


〈 うん〉


 そう言ってくれるけど、テスト前に一年の勉強範囲のことを訊かれても困るだろう。そんな図々しいこと、できるわけがなかった。


 習慣を止めると再開するのが難しくなる。だからLEENが途切れるのはまずい。


 でも、相手してくれるからと送り続けるのも迷惑きわまりない。ふりだしとまでは言わないけれど、後退するのはしかたないようだ。


〈ところで〉


〈くーくんの誕生日っていつ?〉


 なんの脈絡もない質問だった。僕は驚きながら返信する。


〈 今月の十七日だよ〉


〈やっぱり!〉


〈 やっぱり?〉


〈この前メアド教えてもらったでしょ〉


〈mayって入ってたから〉


 そういえば教えていた。そりゃmayって入ってたら五月が誕生日だと思うだろう。


〈 そうだったね〉


〈ファンなのに知らずにその日を終えちゃいけないからね〉


〈 ファンじゃないけど〉


〈ちょうどテスト前なんだね〉


〈お祝いしたいのに〉


〈 いいよいいよ〉


〈 中学のときもよく重なってたし〉


〈そっかあ〉


〈じゃあ時期をずらしてやりたいね〉


〈 気持ちだけでうれしいよ〉


 なんならわざわざ訊いてくれるだけでうれしい。とても。


〈 誕生日なんて、母親に連れ回されるだけの日だし〉


〈www〉


〈仲良いんだね〉


〈 まあ、唯一の家族だから〉


〈そっかあ〉


 もはや母さんを楽しませる日となる僕の誕生日。実際、外食が豪華になるくらいの違いしかないのだった。


〈 ちなみに春奏さんの誕生日はいつ?〉


〈二月二十二日です〉


〈 すごい覚えやすい!〉


〈でしょw〉


 何かしたいし、この日を胸に刻んでおこう。まだ先だからどうなるかはわからないけれど。


〈美和が八月で、牡丹が十月〉


〈私、くーくんのほうが歳近いね〉


〈 本当だね〉


〈なんか不思議〉


 どちらかが少しずれるだけで同じ学年だった。そう思うと不思議であり残念だ。


 でも、同い歳だったならこうして話もできていない気がする。どちらのほうが近づけるかはわからないけれど、今の形で仲良くなれたから、これで良かったのかもしれない。


〈 逆じゃなくてよかった〉


〈想像つかないー・・・〉


〈あ、そろそろ寝るね〉


 楽しい時間が終わりを告げる。でも、また明日にすればいいのだから、今はまだちょっとがっかりする程度だ。


〈 うん、おやすみなさい〉


〈ああ、その前に〉


〈テスト期間に入るまでは普通に送ってきてね〉


〈 もちろん〉


 当然、僕はそのつもりだった。その日までは遠慮しないでいいのだから。


〈テスト期間に入っても普通に送ってきてね〉


 さっきの文のまちがい探しのような文章に、思わず僕は首をかしげる。


〈 さっきの話と変わってる気が・・・〉


〈よく考えたら、くーくん、遠慮してまったく送ってこなくなりそうだし〉


〈送らなきゃいけないのに勉強を言い訳にしてサボる、くらいの感覚でいてほしい〉


 春奏さんらしい変な言い回しだけど、なんとなくわかった。とにかく、遠慮は無用ということだ。


 こうしてわざわざ言ってくれるのは、本当に迷惑じゃないのだろう。それでいて、求めてくれているようにすら思えた。


〈 うん。じゃあできるだけサボらないようにするために、勉強がんばるよ〉


〈義務だからね!〉


 おやすみなさい、というスタンプを送りあって、今日の義務は終了した。


 僕はLEENのトーク履歴を眺めながら、ドキドキしていた。春奏さんは僕としゃべりたいと思ってくれている。


 それが建前ではなく本音だと感じられたことに、僕の心臓が小躍りして落ち着かなかった。


 想いは積もる。でも、こうして仲良く話せるだけで幸せだった。今はそれだけで満たされていたのだ。



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