3-③
九時くらいになると、僕はそわそわし始めた。何時に寝るのかわからないし、ある程度早めに送らねばならない。
話題についても、先に考えておいた。もうすぐ校外学習だから、それについてだ。
その前に、「今、大丈夫か」という質問も必要だろう。忙しそうなら……また今度。
部屋のベッドに寝ころびながら、僕は心を落ち着かせようと努力する。緊張するけど、ここを乗り切らないと話すこともできない。
それに、春奏さんは待っている――ということにしているのだ。送らなければ。
書いた文章を、多少手を震わせながら送信。続けてさらに送信――
〈 こんばんは〉
〈 今、大丈夫かな?〉
送ってから、すぐに不安が訪れる。すぐに既読がつくだろうか。つくまでどうしようか。
すると、意外にもあっさりと既読がついてくれた。今この瞬間、春奏さんもスマホを見たと思うと妙にドキドキした。
〈大丈夫だよ〉
〈ひまだったからマンガ読んでた〉
すぐに返信が来ると、それだけでうれしくなる。少しでも色んな話がしたいので、本題に入る前に軽く質問をぶつけてみることにした。
〈 なんのマンガ読んでたの?〉
〈かわいい感じの四コマ〉
〈女子高生のキャラばっかりの〉
〈妹から拝借しました〉
妹もいるんだ。本の内容よりもそっちが気になる。よし、そういうのも質問してみよう。
〈 妹がいるんだ?〉
〈うん〉
〈私の欠点を修正して生まれたようなできた妹〉
〈まるであのネコ型ロボットの妹のような存在〉
〈 なにそれ笑〉
春奏さんは一つ尋ねるたびに二倍、三倍で返してくれる。やっぱり、LEENの方が饒舌なのはまちがいないらしい。僕は調子に乗ってどんどんしゃべりかける。
〈 でもいいな、僕は一人っ子だから、兄弟とかちょっとうらやましい〉
〈お母さんと二人暮らしなんだよね?〉
〈 うん、美和ちゃんから聞いた?〉
〈ううん、お昼に聞き耳を立ててたから〉
〈 会話に入ってきてくれたらよかったのに笑〉
そうすれば、もっとしゃべれたのに。これは僕の都合だけれど。
〈なんだか入れない雰囲気だった〉
〈 そんなことないと思うけど〉
〈いちゃついてたよ〉
〈あーん、って〉
そこを突っ込まれるとは思わなかった。
〈 あれは美和ちゃんの冗談・・・〉
〈顔を赤くして困ってた〉
〈萌え〉
〈 またそれ!?〉
やっぱり見られていたらしい。僕は改めて顔を赤くしてしまう。
〈ああいう表情が見たいがために、美和は要求するんだよね〉
〈わかる〉
〈 わかっちゃうんだ・・・〉
〈くーくんは困らせたくなる魅力がある〉
〈そんな気がします〉
そんなこと言われてもなあ。困らされるのも恥ずかしいけど、それを客観的に見られたらなおさら恥ずかしい。
〈 その発言が困ります・・・〉
〈うふふ〉
〈あ、なんか用だった?〉
すっかり忘れていた。話題のためだったから、正直、別にいいのだけれど。
〈春奏さんとしゃべりたかっただけです!〉
ドキッとする。僕の本音が勝手に書き込まれたような錯覚。
〈なんて言ってくれたらキュンとします〉
〈萌え〉
またそれか。僕の本音に萌えてしまうらしい。
本当に校外学習のことを訊きたいわけじゃないし、ちょっと魔が差してしまう。――送信。
〈 そのとおりかも〉
〈 なんちゃって〉
こちらからもちょっと困らせるつもりで肯定してみた。これは勢いのもの。甘えてるみたいだし、露骨な好意にも見える。冗談っぽく聞こえてくれたらいいのだけれど。
少し返信が滞る。途端に、自分の送った文字が気持ち悪いものに見えて後悔してきた。僕は慌てて弁明する。
〈 あの、ごめんなさい〉
〈 キュンとしてくれるなら、って思って〉
〈でへへ・・・〉
困ったのか、よくわからない返信がきた。とりあえずごまかすために謝罪を続ける。
〈 ごめんなさい・・・〉
〈ええええ、謝ることじゃないよ〉
〈まったく。全然。謝る必要なんてない〉
〈もし本音だったら普通にうれしいし〉
〈キュンとしたし〉
〈私、あんまりしゃべりたいなんて思われないほうだから〉
うれしい、という言葉に僕は再び顔を赤くする。喜んでくれるのなら、正直に言いたい。
〈 春奏さんとしゃべるの楽しいよ〉
〈 LEENするのも楽しいし〉
〈 だから、本音です〉
僕は緊張しながら、心の中の言葉を素直に綴った。
〈そうでしょうか・・・〉
〈 なんかごめんね〉
〈ええええ〉
〈不要な謝罪を三回もされてこっちがもうしわけなくなるよ!〉
〈謝り癖、ダメ、絶対!〉
すっかり忘れていた。しかも、投げやりに感じられるものばかりだった。
〈 うん・・・〉
〈そもそもこっちから照れるようなこと言わせてるし〉
〈私は見事なカウンターを食らっただけだと思う〉
なるほど。言い得て妙だった。
〈モールで言ってくれたことを思い出して〉
〈顔を赤くしてくれるかなーって〉
〈まさかこっちが照れることになるとは・・・〉
ということは、困らせ返すことに成功しただけらしい。
〈 なんか恥ずかしい・・・〉
〈私も・・・〉
スマホを通じて恥ずかしがり合う。ちょっと良い気分だった。
〈今日、全然しゃべれなかったね〉
気を取り直して、とばかりに春奏さんが言う。僕はそれに強く同意した。
〈 うん〉
〈 しゃべりたいなって思ってたんだけど、勇気でなくて〉
こうなると、僕は全部正直に伝えたくなっていた。全てが本音だ。
〈そう思っててくれただけでもうれしかったり〉
〈私としては、美和と楽しそうだから邪魔しちゃダメかなって思って〉
〈遠慮しちゃった〉
その理由は、とても春奏さんらしいものだった。
〈 そうなんだ〉
〈うん〉
たしかに、逆の立場だとそう感じただろう。間違いなく僕だったら会話に入らない。
〈それにね〉
〈あそこで会話に入っても、私はうんうんうなづくだけになると思う〉
〈 そう?〉
〈うん〉
〈プロおしゃべラー美和がいて、自分発信の会話は難しいのです〉
プロおしゃべラーという用語はともかく、思えば僕も返事しかできていなかったかもしれない。おしゃべり上手な美和ちゃんのリードに任せっきりだった。
〈 美和ちゃんって会話を引っ張ってくれるよね〉
〈うんうん〉
〈私、あんまりしゃべれないから、美和がしゃべってくれてるとホッとする〉
この前のモールでも、みんなが集まってからは、僕と春奏さんが自分から話すことはなかった。質問に対しては答えられるけれど、話題を生み出すことができないのだ。
夏菜にも指摘されたけど、みんなでいるときに会話に入るのは苦手だ。春奏さんもそうなのだろう。僕にサギがいるのと同じで、おしゃべりな友達に会話を委ねてしまうようだ。
〈 プロおしゃべラーかあ〉
〈 僕ももっと話せるようにならないと〉
〈くーくん、いっぱいしゃべりかけてくれたじゃない〉
春奏さんがそんなことを言ってくれる。僕は思い出して照れる。
〈 あれはなんか思い出すと恥ずかしくて、心臓がぞわっとする・・・〉
〈えー〉
それによって話せるようになったのはいいけど、あまりにも不自然だったため、僕としては恥を晒したような気分だった。
〈 なんか必死だったし〉
〈 しゃべるの苦手、って感じが隠せなかったし〉
〈そんなことないよ〉
〈美和が言ってたけど〉
〈あれ、私と美和のためだったんでしょ〉
どうやら、あの時のことは美和ちゃんの見解をもって話されていたらしい。
たしかに、二人の口論がきっかけだけど、しゃべりたいのは僕の意思だった。
だから、二人のため、というほど格好良いものではない。不当な評価を得たようで後ろめたいから、訂正することにした。
〈 えっと〉
〈 あれは本当にただしゃべりたかったからです〉
〈 春奏さんが僕のことを嫌がってないなら話しかけてみようって〉
〈くーくん、普段は口数少ないけど〉
〈相手が弱ってるとがんばってくれるよね〉
僕の訂正を無視して、春奏さんは続ける。
〈今日だって、美和がしょんぼりしたらいっぱいしゃべってくれてたし〉
〈くーくんはちゃんとしてるよ〉
また過大評価な気がするけど、そんな風に見られていたことに少し感動する。自分の知らない自分を見てくれているような気分だ。
僕は返事に困る。肯定も否定も変だし、正しい返し方が思いつかない。
〈 あんまり良く言われすぎると、がっかりさせちゃうのが怖くなる〉
思ったままを送ってみると、卑屈っぽくなってしまった。夏菜が相手なら怒られそうだ。
〈その気持ちはすごくわかる〉
すると、意外な返事が来た。でもそれらしいとも思った。
〈実は私、そんな感じだった〉
〈 そんな感じ?〉
〈この前、私からLEEN送ったでしょ〉
〈あの時すごいテンション上がってて〉
〈もし、モールでちょっとお姉さんできてたとしたら〉
〈思ってたのと違う、って思われたかなって〉
僕はてっきり、LEENだったら春奏さんが人見知りなく話せるだけだと思っていた。あれは春奏さんとしても特別だったのか。
〈 そうだったんだ〉
〈だから今日LEENくれてホッとしてたり〉
〈 それなら送ってよかった〉
心からそう思う。ある意味では、夏菜の言うとおりだったのだ。
〈悪く言われたら、しょうがないって諦めて〉
〈良く言われたら、期待外れが怖くなって〉
〈そうして話せなくなってる気がする〉
同じだ。僕が会話を回顧するのも、相手の中の僕という存在を裏切ることが怖いからだ。春奏さんと会話していると、よくこうしてハッとさせられる。
〈 春奏さんもそうなんだ〉
〈うんうん〉
〈やっぱり感性が近いのかもね〉
共感。それは、僕が春奏さんに惹かれた理由の大きな部分を占めている。こうしてそれを確認すると、改めて春奏さんのことをもっと知りたいという気持ちが強くなった。
楽しいだけじゃない。彼女と会話することで、僕の中の何かが変わる気がする。きっとそれで「一緒にがんばろう」という言葉が心に刺さったのだ。
春奏さんは僕と思考が似ている。気を遣ったり遠慮したりしては、彼女に近づくことはできない。だから僕は、彼女には素直に、正直になろうと思った。
〈 またこうしてLEENしてもいいかな?〉
会話の流れとしては変かもしれない。でも、このやり取りが終わる前までに、これだけは絶対に訊いておきたくなったのだ。
そして、春奏さんは当たり前のようにいい返事をくれる。
〈もちろんだよ〉
〈というか、いつでも歓迎言ってたし・・・〉
〈 ああ、そっか〉
〈全然、毎日でもいいくらい〉
〈 それはさすがに迷惑なんじゃ・・・〉
〈本当に大丈夫だよ。私は〉
〈学校じゃ話せないし〉
〈毎日できるもんならどんとこい!〉
良すぎるくらいの返事。それなら、僕も遠慮はしない。
〈 そんなこと言ったら本当に毎日送るからね〉
〈ふふふ、楽しみ〉
〈あ、でも無理しないでいいよ〉
〈 全然大丈夫!〉
がぜんやる気が出てきた。何せ学校で話せないのだ。毎日話せるというだけでうれしい。
〈ああ、もう寝る時間?〉
やっぱり急にそんなことを言ったからか、終わらせにかかったように思われたようだ。
〈 ううん。僕は大丈夫〉
〈 春奏さんは?〉
〈大丈夫だけど〉
〈明日もくれるならこのくらいにしておこっか〉
たしかにそのとおりだった。明日も僕は、こうして春奏さんとLEENをしているのだ。
〈 そうだね〉
〈じゃあ最後にね〉
春奏さんの改まった言葉に僕は身構える。
〈くーくんばっかり言ってくれてるけど〉
〈私もくーくんとしゃべりたいって思ってるよ〉
〈だから、LEENしてきてくれてありがとう〉
ドキッとする。うれしすぎて悶えそうだ。
僕が返信にとまどっていると、また追加のLEENがくる。
〈私ってすごい自虐的思考だから〉
〈くーくんの言葉ってすごい自信になる〉
〈本音で言ってくれてるって、当たり前みたいに信じられるし〉
〈それに、似てるところが多いはずなのに、くーくんって嫌なところがなくって〉
〈なんとなくそれが、他の人から見た自分もそうだったのかなって思えたりして〉
〈なんか頭の中がまとまってないんだけど〉
〈とにかく、くーくんと話すと安心するんだ〉
連続でくるLEEN。それは、春奏さんが懸命につづった本音だった。
流れが終了すると、僕は焦って文字を入力する。うれしくて恥ずかしくて、今の僕の頭では簡単な言葉しか出てこない。でも、それだけは伝えようと思った。
〈 こちらこそありがとう〉
なんとか送ると、同時に春奏さんのLEENも表示される。同じタイミングだったようだ。
〈長文失礼しました〉
〈恥ずかしいからもう寝る!〉
〈また明日ね!〉
矢継ぎ早にそう連なると、ZZZというスタンプが押される。春奏さんとのやり取りで初めてのスタンプだった。
〈 おやすみなさい〉
僕はそう送ってから、サギに教えてもらっていたスタンプで就寝のあいさつを済ませた。これで今日の会話は終わり。また明日。
僕はベッドに横になり、スマホを握ったまま布団を抱きしめた。
この小さな機械の中に、僕の大事にしたい言葉がいっぱい残った。それはとても幸せなことだと思えた。
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