探偵Nシリーズ!

桜松カエデ

凶器はどこだ!

 その日、牛肉の卸売を行うビーフンにて殺人事件が起こった。安くて早く提供することをモットーとしている店は閉店の危機を迎えている。

「で、この大型冷蔵庫がその現場だな。」

探偵Nが白い息を吐き辺りを見渡す。コートのポケットに手を突っ込むと天井から吊るされている肉と肉の間を歩き回る。

「こらN、あまりうろつくな」

 叱咤するのはNの相棒。Mだ。

「君も入ったことないだろう?見ろよ、立派な骨付き肉だ。Mはベジタリアンだったかな?」

「そんなわけがない。僕は肉が好きだ。ただここは現場だぞ」

 Mが険しい顔をすると、死体が転がっていたであろう場所を見下ろした。

 ドラマで見る様な白線が床に書いてある。

「そうだなここは現場だ。で凶器ってのは分かったのかい? ここには骨キリ包丁から一般的な包丁もあるぞ。それに見ろよあれ、まるで電動糸鋸だ」

「鮮度を保つためにここでカットするって店長も言ってただろ」

 Mが僅かに苛立つと、それを押さえるようにNは手の平を下にして押さえつける様な仕草をする。

「はあ、まあいい。死亡時刻はよく分かっていない。見つかった時は既に霜がついてたそうだ。そして犯人に絞り込まれているのは四人だ」

 肉を加工する専門の職人A

 冷凍庫内のごみを捨てるB

 加工したものをすぐさま外に持って行くC

 冷凍庫内を点検するD

 この四人に絞り込まれている。

 Mは持っている紙に目を落とすと続けた。

「それと凶器はまだ分かってない。なんかその……特殊な形しているそうだ」

「特殊な形?」

「ああ。刺殺と言うことだが。どうやら凶器は真っ直ぐしていないらしい。刺した後に少しだけ弧を描いてるようなんだ、体の中で」

 Mは自分で言っておきながら訳が分からないといった顔をして、髪をクシャクシャにする。

 探偵Nは顎に手を当てながら、世話しなく歩きまわる。

「弧を描いてるもの……」

「ここには無いかもな」

 冷凍庫内にある物で凶器になりそうなものは傷跡と一致しない。

 Nが肉を揺らすと視線を上にあげた。

「これは? いや、さすがにないか」

 肉を吊り下げるフックを視界にとらえたが、すぐにNは自分の考えを否定する。

「そうだな、凶器が刺さった場所は丁度鳩尾の辺りだ。これだと持ち上げてもかなり難しい」

 Mもすぐに同意する。

「外から持ち込むのはどうだろうか? ほらバッグの中に入れたら……」

 Nが天井を見上げながら呟く。

「手荷物検査がある。報告されている傷口から推測すると幅は五センチ・長さは二十センチほどだ。そんなものをバッグに入れてたら気づくだろ」

 即座にMが呆れ声を出し、Nはひらひらと手を振って

「今のは無しにしてくれ。この寒さで頭が回っていないようだ」

 と前言撤回する。

「そんなに寒いならまた今度にしようか?」

「ダメだ予定は詰まっている。特に……今週はネット○リックスでシャー○ックを一気に見ないと」

「はいはい。それじゃあさっさと凶器見つけるとしますかね」

「持ち込まれた可能性も、持ち去った可能性もない。だけど、ここに在るどんな道具とも一致しない」

 Nが思案していると壁に着いている氷を見つめていたMが声を上げた。

「そうだ! 氷だよN。氷を加工したんだ! だから形も自在に変えられる! どうだい名推理だろ!」

 Mは興奮したようにパチンパチンと中指と親指で音を鳴らす。今にでも踊りだしそうだ。

「Mはどちらかって言うと、激しいダンスよりも社交ダンスみたいなゆったりしたものが似合ってるな」

「どっちでもいいじゃないか。それより、これで決まりだろう?ちなみに僕は帰ってから魔術師○―リンを見る予定さ。さあ、帰ろう!」

「ちょっと待ちたまえN」

 現場から出ていこうとするMをNが引き止めた。

 Mは踵を返すとニヤニヤと口元が緩くなった顔を近づけてくる。

「なに? もう終わっただろ。犯人は氷を加工して被害者に突き刺したんだ。凶器はその場で砕いて隠滅。完璧じゃないか!」

 嬉しそうな相棒ををじっと見ていたNだが、やがて意地悪な笑みを浮かべる。

「M、君はどこから氷を持ってくる気だい?」

「どこって、ほら壁や天井に引っ付いてるじゃないか。そこらじゅうにあるし、時間が経てば削った場所だって分からなくなる」

 あちこちを指さすMにNは僅かにため息をつく。

「だからその削った氷さ。部屋中にあるのはいいとして氷の塊をどうやって削るんだい?」

「そんなもの、そこら辺の骨キリ包丁でも使えばいいだろ? 氷なんてすぐに切れるさ」

 肩をすくめて見せたMは自信満々だが、Nは額に手を当てる。

「ここの冷凍庫に何分入ったままでいられるか忘れてるぞ」

 そう、従業員にもしものことがあってはいけないと、キッチリと冷凍庫の中は十五分しか入れない。それ以上長居をしてしまうとアラームが鳴り他の従業員が駆け付けるのだ。

「氷を斬りだすのは簡単じゃない。ましてや手ごろなサイズに切り出してそこから加工となるとなおさらだ」

「いやでも連続して入れば……」

「冷凍庫の入出記録に不審な所は無かっただろ。何回も出入りしていれば怪しまれるぞ」

 ぐうの音も出ないのかMは「じゃあどうしろってんだ」と吐き捨てる。

 Nは被害者が倒れていた場所から目を移し、やがて冷凍庫内のある個所に目をつけた。

「なあM。ここで余った食材はどうなるんだ?」

「基本的には客からのオーダーで量を切り分けていて、それでも残った部分はミンチにして出すそうだよ。まあどうしてもいらない部分は破棄してしまうらしいけどね」

「ここに居れるのは十五分、店の売りは早くて安い……てことは店員はそれなりの加工技術を持っていたって事だ」

「そうだな」

「そうか……そう言うことか! 分かったぞM!」

 目を輝かせた探偵Nは口の端をつりあげた。

 だが思考が追いつかないMは何がなんだかと言った表情をして、Nの肩を掴んだ。

「僕にも分かるように説明してくれ」

「そうだな。まず凶器は加工された物じゃないんだ。いや、性格には加工されたものだけど」

「どういうことだ?」

「君が言ったように犯人はこの中で凶器をつくり、そして破棄したんだよ!それも業務の途中でね」

 Nは嬉しそうに手をすり合わせてもったいぶるが、それも長くは無かった。早くMに打ち明けたいのだろう。

「つまり、え? 業務中にそんなことができるのか?」

「ああ。もう一度言うけど、凶器の加工は業務の途中で行われていたのさ」

 そしてNが人差し指でつついたのは吊るされている肉だった。

 ゆらゆらと揺れていて今にも落ちそうだ。

「肉で人を刺せるのか?」

「違うよM。骨だ。肋骨だよ。肉を加工する時に骨はもちろん外して出すだろ?加工速度が自慢の店なら、肉と骨を切り離したあと、骨キリ包丁で手ごろな長さで斬れば手間一回で凶器が出来てしまう」

「そうか!骨は直線じゃない、緩く曲がっているから被害者の体内で弧を描いてるのか!」

「そういうことだ。犯人はAさ。それじゃあ報告してさっさと帰ろう。ここに居るといずれ凍死してしまいそうだよ」


 






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